爆ぜる感情



16







(く、空気、重い・・・・・)
 部屋に戻った楓は、自分の後ろから当然のように付いてくる伊崎にチラッと視線を向けた。
座敷では楓を庇ってくれた伊崎だったが、一同が解散し、長い廊下を歩いてくるうちに、その表情は硬くなってきたような
気がする。
(・・・・・やっぱり怒ってるんだな)
 勝手に家を抜け出し、勝手にウォンと接触して、勝手に危機に陥った楓を、本当は呆れているのかもしれない。
 「・・・・・恭祐」
 「・・・・・」
 「恭祐・・・・・」
廊下で津山に会った時、彼にも相当な心配をかけたのだと言った伊崎は、きちんと頭を下げて謝罪するように促した。
滅多なことでは頭を下げることは否という楓も、今回迷惑掛けたことは本当なので素直に頭を下げて謝った。
普段無表情な津山は、少し困ったような顔をしていたが・・・・・。
 「ごめんなさい」
 津山や家族にも謝ったように、伊崎にも改めて謝罪をしなければと思った。
何度同じことを繰り返し、こうして頭を下げる気なのだと言われれば返す言葉も無いが、それでも筋は通しておかなけれ
ばならないだろう。
振り返って深々と頭を下げた楓に、伊崎はなかなか反応を返してくれなかった。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「・・・・・きょーすけ」
 心細くなってその名を呼ぶと、頭上から深い溜め息が聞こえた。
 「全く・・・・・あなたは何度言っても同じことを繰り返しますね。危ないから近付くなと言っても自分から行くし、じっとして
ろと言っても、騙してまで突っ走っていく」
 「・・・・・」
 「疲れます」
 「・・・・・っ」
 まるで、もう嫌ですと言われたような気がして、楓は思わず伊崎の袖を握り締めた。
 「お、俺のこと、嫌いになった・・・・・?」
 「・・・・・」
 「恭祐っ」
そっと、掴んでいた指を離される。
呆然とそれを見つめていた楓は、不意に力強く抱きしめられた。
 「なれるはずが無いでしょう」



 どんなことをしても、どんなことをされても、自分が楓のことを厭うはずが無い。
いや、むしろ危険な目に遭うだけ楓を欲している人間がいるかと思うと、この細い足に鎖をつけて、屋敷から一歩も出さな
いようにしてしまいたいと思うくらいだった。
しかし、そんなことが出来るはずも無く、伊崎自身生き生きと飛び跳ねている楓こそらしいと思っていた。
(それでも、心配は一向に減らない・・・・・)
 年々、大人になるにつれてその容貌も更に際立ってきた楓。
きっともう数年もすれば、楓は大輪の薔薇のように咲き誇ることだろう。
そして。
(その一番近くにいたい・・・・・)
誰よりも楓に見つめられ、愛される存在になりたいと思う・・・・・だからこそ、楓が煩いと思っても、伊崎はことある毎に楓に
苦言を言うのを止めることが出来ない。
それが2人で成長していく必要不可欠なことだと思うからだ。
 「・・・・・本当に悪いと思ってるんですか?」
 「・・・・・うん」
 「誰に対して?」
 「父さんや、兄さん、組の皆・・・・・」
 「それだけ?」
 「・・・・・大東にも、迷惑掛けた」
 弱小の組である日向組の為だけに、大きな母体組織である大東組が動くことはありえなかった。大東組としても、ウォ
ンの行動を不審に思ったからということは大きい。
しかし、一方で大東組の上層部の中に楓のファンが多いという事も間違いはなくて、伊崎は彼らへの返礼も考えなけれ
ばならなかった。
(多分、楓さんの顔を見ながら一杯飲みたいと言うだろうが・・・・・)
 「本当に反省していますか?」
 「うん、してる」
 「・・・・・同じような返事は以前も聞いた気がします」
 「恭祐っ」
 「何かあるたびに反省してるという言葉を言われますが、なかなか守ってくださらない。だから私も、何度もあなたにお仕
置きをしなければならなくなるんですよ」



 重なった唇から伊崎の舌が侵入してくる。
楓は教えてもらった通りにそれに自分の舌を絡めると、ギュウッと伊崎の背中を抱きしめた。
(恭祐にしか・・・・・触れられたくない・・・・・)
 あのまま、ウォンに香港に連れて行かれたら・・・・・そう思うと、楓は改めて自分の行動がいかに無鉄砲だったかを思い
知っていた。
・・・・・何時もそうだ。
見掛けによらす気が短く、喧嘩っ早い楓は、後のことを考える前に行動してしまう。
それが幼い頃ならば身体に怪我を負う程度で(それも問題だが)済んでいたが、皮肉なことに成長するにつれてその危険
は別方向へと変わっていった。
(恭祐以外に触られるなんて、考えただけで吐きそうだ・・・・・っ)
 楓は男が好きなわけではない。
ただ純粋に伊崎が好きなだけで、伊崎以外の男に抱かれることはもちろん、抱くこともしたくない。
 「・・・・・ふ・・・・・んっ」
 「・・・・・」
 普段は楓にはとても甘くて優しくて、どこかストイックな伊崎。
しかし、楓に与えてくれるキスは何時も激しく情熱的で、愛されているのだという実感を感じていた。
今も、伊崎は楓に僅かな呼吸をすることしか許さず、まるで犯すという表現が似合うほどに、その口腔内を舌で愛撫し続
けた。
 「・・・・・」
 やがて、腰が抜けてしまった楓はその場に崩れ落ちそうになってしまったが、伊崎の腕にしっかりと支えられ、そのままベッ
トへと運ばれた。
 「大丈夫ですか?」
 「・・・・・こんな時、そんな心配するな」
もっともっと、激しくしてくれてもいいくらいだ。
普段忙しい伊崎との触れ合いは楓が焦れるほど少なくて、それでも意地っ張りな楓は淋しいという事は出来なかった。
 「恭祐・・・・・」
 「楓さん」
 「恭祐、もっと・・・・・」
 甘えるようにねだると、伊崎は困ったように笑いながら再びキスを与えてくれる。
しかし、そのキスは軽く、そのまま唇は楓の首筋に移った。
 「んっ」
 「楓さん、これはお仕置きですよ」
 「え・・・・・?」
 「だから、優しくはしません」
 「・・・・・いい、よ!」
(恭祐が触れてくれるなら、優しくなくってもいい・・・・・っ)
むしろ激しくしてくれた方が、伊崎がどれだけ深く自分を思っていてくれるかを実感出来る気がする。
楓は伊崎の首に両手を回して抱き寄せると、その形のいい耳に誘うように歯をたてた。