光の国の御伽噺





10









 華奢な莉洸の身体を大切に促しながら目の前に立った稀羅を、洸英はじっと見据えてから・・・・・ようやく口を開いた。
 「無事に式も終えたな。心より祝い申し上げる」
 「ありがとうございます、洸英王。光華国の大切な華をこの手に預けて頂いたことを感謝致します。必ず、我が命を懸けて莉洸
を愛し、守りぬくと誓います」
 「・・・・・当たり前のことを言われてもな」
 稀羅が莉洸を愛し、守るのは当然のことだが、仮に莉洸が泣くようなことがあったとしても、それはもう夫婦2人の問題だろうとさ
すがに分かっていた。
莉洸が自分に泣きついてこない限り、他国の王妃となった我が子の味方をすることはもう・・・・・出来ない。
 「莉洸」
 「お父様・・・・・」
 「今、幸せか?」
 「・・・・・はい」
 しっかりと頷いた莉洸に、洸英は目を細めて笑い掛けた。
 「お前が幸せなら、父はもう何も言うまい。一生稀羅王に可愛がってもらえるよう、心を込めて夫に尽くし、共にこの国を栄えさせ
るように力を尽力しなさい」
 「・・・・・お父様っ」
莉洸の手が稀羅から離れ、洸英へと伸ばされて抱きついてきた。
暖かい体温と、しゃくりあげる声。けれどそれは悲しみからではないと分かっているし、だからこそ洸英は莉洸の身体を抱きしめ、か
らかうように笑いながら稀羅を見た。
(もう少しだけ、私の子でいさせるぞ)
 手を離した瞬間に、莉洸は稀羅のものになってしまう。いや、正式に婚儀を挙げたのだから今も莉洸は稀羅のものなのだが、も
う少しだけ愛しい我が子の温もりを感じていたかった。



 大人げない洸英の態度に少しだけ笑みが引き攣る思いがする稀羅だが、それでも今だけと思えば心の中に余裕が生まれる。
莉洸を洸英にとられてしまった形になった稀羅は、そのまま他の光華国の王族、莉洸の兄弟達と向かい合って軽く頭を下げた。
 「本日は式に立ち会っていただき、ありがとうございました」
 「おめでとう。心より祝福する」
 堅苦しい洸聖の祝いの言葉の後には、
 「おめでとうございます。本当に良い式でした」
満面に笑みを浮かべた悠羽がそう言ってくれた。
 「莉洸様はとてもお綺麗だったし、稀羅様もご立派でした」
 「悠羽殿」
 「ね、洸聖様」
 裏表の無い悠羽の褒め言葉はくすぐったく、さすがに稀羅も苦笑するしかなかったが、悠羽はそんな稀羅に向かってさらに言葉を
継いだ。
 「今からお披露目の宴ですね。お疲れでしょうが、もうしばらく頑張って下さい」
 「ありがとう」
 「はは、さすがの稀羅王も悠羽殿には弱いとみえる」
 「洸俊様っ」
 不意に話の中に入ってきた洸俊は、新しく自分の義弟になった年上の稀羅に甘やかな笑みを向けてくる。
常からも目立つ華やかな王子だが、正装をすればさらにその容貌は引きたち、周りの女達の視線がチラチラと誘うように向けられて
いるのが分かった。
 堅物で、まだ花嫁を娶って間もない洸聖と、まだ成人前の洸莱は、とても妾妃をという雰囲気ではなく、独身で魅力的な洸俊
が自然に視線を集めてしまうのだろう。
(自身も、分かってやっているんだろうが)
 わざと女達の視線を自分の方へと向けるように仕組んでいるようにも思えるが、そんな細やかな配慮を全く感じさせないほどには
洸俊の言動は自然だった。
 「・・・・・確かに。私は悠羽殿を気に入っているからな」
 「へえ・・・・・兄上、お聞きになったか?」
 洸俊に話を振られた洸聖は眉を顰める。
 「お前は何が言いたい?」
 「心配じゃないのかなって」
 「心配になるはず無いだろう。悠羽の想いは私にしか向けられていないし、もちろん私も悠羽しか見ていないからな」
 「・・・・・」
傍から聞けば相当な惚気話だが、生真面目な洸聖は自分の言葉がそうとは全く気が付いていないようだ。
直ぐ隣で困ったような、それでも嬉しそうな笑みを浮かべている悠羽を見ていると、自分も莉洸にこんな表情をさせたいと思う。
 「確かに、悠羽殿は洸聖殿しか見ておらぬな」
そう言うと、洸聖は当たり前だろうと言い放った。



 「おめでとう、莉洸」
 「洸聖兄様・・・・・」
 「おめでとうございます、莉洸様」
 緊張して、自分がちゃんと誓いの言葉を言えたのかも自信が無かった莉洸だったが、父や兄弟達の祝福の言葉を受けてようやく
安心して笑みを浮かべることが出来た。
 「莉洸様、とても綺麗です」
 「悠羽様・・・・・あ、ありがとうございます」
 「他国の列席者の方々も驚いていましたよ。何だか私の方が自慢したくなって・・・・・困ってしまいました」
 悠羽は軽い口調でそう言ったが、莉洸は改めて今回の自分達の婚儀に稀羅が熱を入れていたことを思い出した。
華美なことを嫌う稀羅が、今回の自分との婚儀に関しては絶対に恥ずかしい思いをさせないようにと衣装も料理も、広間の装飾
にもかなりの金を掛けてくれている。
 つい最近まで、ここまでしなくてもいいと思った莉洸がそれとなく言っても、稀羅は笑いながら、

 「お前は何も気にしなくていい。ただ、私との誓いの言葉は忘れぬようにな」

そう言って、準備を進めてしまった。
 自分の言葉は聞き入れてくれないのかと思い、今度は側近の衣月に訴えたが、

 「これは莉洸様の御為だけではなく、我が蓁羅のためでもありますので。あなたは稀羅様のお隣で微笑んでくださっていたら良い
のです」

と、彼も莉洸の懸念を笑み一つで退けてしまった。
 確かに、即位式や婚儀、または葬儀など、自国の力を列席者に見せ付けるのにはとてもよい機会だろうとは思うが、まだまだ国
自身に力の無い蓁羅がそれをしても良いものかと思っていた。
 しかし、今日婚儀を挙げた莉洸は思い知った。
今まで格下に見ていただろう蓁羅が、ここまで華やかな儀式が出来るほどに成長し、その妻となるものが絶対的な国力を誇る光
華国の王族だということは、蓁羅にとっても、王である稀羅にとっても、今後大きな武器となるだろう。
(私はまだただの人形のように立っていることしか出来ないけれど、それでも役に立てるのなら・・・・・笑っていよう)
 自分が幸せそうに笑っていることが、蓁羅の、稀羅のためになる。
莉洸はそう思い、嬉し涙を溜めた目でにっこりと笑みを浮かべた。
 「全て、稀羅様が考えてくださったこと。私はとても・・・・・幸せです」







 婚儀が終わると、披露宴が始まった。
用意された様々な料理に、多様な酒。楽団も用意され、人々の歓声が広間の中に響いた。
 「稀羅様、東の清真(せいしん)国の国王がご挨拶をと」
 「分かった」
 「稀羅様、文永(ぶんえい)国の御使者が」
 「直ぐに参ると伝えてくれ」
 新郎の衣装を着たまま、稀羅は忙しく来賓の間を回っていた。
今回の招待客の中で一番の大国は光華国だが、洸英王は身内には構わずにと言ってくれたので他国の使者への挨拶回りを優
先させてもらっている。
 今までは鼻も掛けなかった貧国の蓁羅だが、光華国の縁戚となった今はそれなりの地位に踊り出た。まだまだ見掛けを取り繕う
のに精一杯だが、そう遠くないうちに中身も伴ってやると誓っていた。
 「このたびはお越し頂きましてありがとうございます」
 「ああ、良い式でした」
 「そう言って頂けると」
 「ところで、稀羅王。私には姫がおるのだが、一度貴国に連れて来ても良いか?これほどの大自然が残っている国だ、我が姫も
心が洗われるだろう」
 笑いながら言う清真の王の言葉に、稀羅は見えないように口元に苦い笑みを浮かべた。
(もう、私にすり寄ってくるつもりか)
今現在の蓁羅の力はまだ小さくとも、王妃の祖国である光華国は間違いなくこの国に援助をするはずだ。その金はとても魅力的
であるし、王妃の莉洸は男なので、次期国王となる王子を産むことになればその座を奪うことも出来る。
 さらに考えれば、ここで繋がりを持っていれば光華国のまだ未婚の王子の妃に・・・・・何重もの考えを持ってそう言ってくるのだろう
男の考えには唾を吐きたい気持ちだった。
(大自然などと・・・・・どうせ、田舎だとでも思っているに違いない)
 「稀羅王?」
 「せっかくのお申し出ですが、私はまだ式を挙げたばかりの新婚の身。来国される貴殿の姫君のお相手はとても出来ないと思い
ますが」
 「あ、ああ、そうですな。少し気が早い申し入れだったかもしれない」
 「いいえ、そんなふうに我が国を気に入ってくださったことはとても光栄ですよ」
 「王、そろそろ」
 ちょうど機会を見計らったのか、衣月が声を掛けてきた。
 「分かった。清真の王、貴国と比べて物足りないかもしれないが、どうかゆりりと楽しんでいただきたい」
 「あ、ああ」
 「衣月」
ゆったりとした笑みを向けてその場を離れた瞬間、稀羅の眼差しは一瞬にして険しいものに変化する。
他国との関係を持つということは、今のような煩わしい社交辞令にも付き合わなければならないということだ。
(・・・・・あんな調子のいいような方だが、洸英王はよく馬鹿馬鹿しくならないものだ)
 蓁羅とは比べ物にならない大国の王である洸英の大変さを欠片でも垣間見たような気がして、さすがの稀羅も尊敬しないわけ
にはいかなかった。