光の国の御伽噺





11









(あ・・・・・)
 黎は各国の招待客の女性に取り囲まれている洸竣を見て、眉間に皺を作ってしまった。
確かに、自分にばかり構ってくる洸竣に、

 「洸竣様は花嫁様の御兄弟でしょう?他の方をおもてなしされないと」

そう言って、気が進まないと零す洸竣の背中を押した。
 「・・・・・」
 洸竣が自分の言葉どおりに行動してくれているというのに、彼が女性と笑いあう姿を見ると胸が痛くなってしまう。それが社交辞
令だとしても、洸竣の笑みはあまりに魅力的で、相手が彼に特別な思いを抱いてしまうのではないかと怖くなってしまう。
(そんなことを考えるなんて恐れ多いのに・・・・・)
 「黎」
 「あ・・・・・サラン様」
 「どうした?顔色が悪いようだが」
 淡々としたサランの言葉は妙に安心出来て、黎は少しだけ気持ちが楽になった。
それでも、遠くから聞こえてくる洸竣と女性達の笑い声は耳に届いてしまい、そのたびにチラチラとそちらに視線がいってしまう。
そのことで、黎が何を気にしているのか分かったらしいサランが、唐突に黎の腕を掴んで歩き始めた。
 「サ、サラン様?」
 「私は、黎はもう少し欲を持ってもいいと思う」
 「よ・・・・・く?」
 「相手がそれを望んでいるのならば尚更だ」
 いったい何を言われているのか分からなかったが、サランが向かっているのが洸竣のもとだと気づき、黎は焦って掴まれた腕を振り
払おうとしたが、意外にも強い腕の力は黎を解放してはくれなかった。



 「洸竣様」
 「サラン?・・・・・あ、黎も」
 洸竣は名前を呼ばれて顔を上げ、そこにいるサランの姿に驚いた。サランの方から自分に近付いてくることなど滅多にあることで
はないなと思いながら視線を動かせば、そのサランが黎の腕を掴んでいる。
(いったい、どういうことなんだ?)
 先ほどまで煩く纏わりついていた女性達は、突然現れたサランの姿に気後れしたように黙った。
サランは婚儀に出席するのでそれなりの装いをしているものの、国の代表である女性達の衣装は当然のごとくそれよりも華美だ。
それなのに・・・・・サランの中性的な不思議な美しさにはとても敵わなくて、どうやら様子を見ているといった具合のようだ。
 「どうした?」
 その豹変振りが面白くて思わず笑みを浮かべてしまった洸竣に、サランは何時もと変わらない淡々とした口調で言った。
 「黎が1人でした」
 「え?」
 「サ、サラン様っ」
黎は何を言うのだと焦っているようだが、洸竣はサランの言った意味を自分の中で考えた。
今自分がここにいるのは黎がそうしろと言ったからで、自ら進んで女性達に話しかけているわけではない。そんな中、黎が1人でい
たとしても・・・・・。
(ああ・・・・・もしかしたら)
 そこまで考えた洸竣は、サランからその後ろにいる黎に視線を向けた。
顔を赤くし、身体を小さくして隠そうとしている様はとても愛らしく、どうして何時も自分の前ではきっちりと線を引いて隠そうとするの
かと思うが、それが黎にとっては自身の立場を守る拠り所になっているのかもしれない。
 幾ら言葉で黎を愛していると言っても、2人の立場の違いはどうしようもなく・・・・・それを諦めてしまっているからこそ、己は兄や
弟達のように踏み出すことが出来ないのかと自嘲の笑みが浮かんだ。
(黎には、足りるということが無いのかもしれないな)
 たくさんの言葉を、眼差しを、口付けを。
これ以上は嫌がるかもしれないと思っても、さらに積み重ねるくらいの強引さを持たなければいけないのかもしれない。
 「皆様方、申し訳ありません」
 洸竣は鮮やかな笑みを女性達に向けた。まるで愛されているかと錯覚するほどのそれに、一同が惚けてしまう中、洸竣はサラン
の腕の中から黎を取り戻し、自分の胸に抱いた。



 「こ、洸竣様?」
 いったい何をしようとしているのか、黎は洸竣の気持ちが分からなくてドキドキと胸が高鳴ってしまう。
そんな黎に蕩けるような笑みを向けた洸竣は、そのまま周りの女性達にきっぱりと言い切った。
 「愛しい婚約者が寂しがりますので、ここで失礼いたします」
 「え?」
 女性に見間違えられる外見をしているとはいえ、明らかに少年に見える者を抱きしめながら言った洸竣に、女性の1人が恐る恐
る訊ねてくる。
 「洸竣様、婚約者というのは・・・・・」
 「あなたの目の前に」
 「で、ですが、その方は男性では?」
 「同性同士の婚姻は、どの国でも認められているでしょう?」
 「ええっ!」
 大きな声を上げた女性に、周りが何事かと視線を向けてくる。
観衆の視線に晒されて恥ずかしくてたまらないのに、黎は自分を抱きしめてくる洸竣の腕を振り払って逃げ出すことは・・・・・した
くなかった。



 何をするのも派手な兄を見て溜め息をついた洸莱は、そのまま騒ぎの中から抜け出してきたサランを出迎えた。
彼が自ら動くのは悠羽に関してのことだけだと思っていたが、黎はとうにサランの心の内に入っているらしく、自分の身内同様の黎
のためにサランは動いたようだった。
 「ご苦労様」
 「洸莱様」
 洸莱の言葉に、サランは少しだけ困惑したような表情になった。こんなサランの表情を見ることが出来るのは、きっと悠羽と自分
しかいない。
自分だけだと言えないのは少し悔しいものの、サランにとって悠羽の存在がどれ程大きいのか分かっているつもりの洸莱は、サラン
に杯を手渡しながら先ほど彼が立ち去った場所に視線を向けた。
 「どうやら、兄上も逃げ出したかったようだ」
 「男性は、女性に囲まれるのは嬉しいのではないのですか?」
 「そうかもしれないが・・・・・傍に愛しい者がいたら、その者と2人でいたいと思うのが自然ではないか?」
 少なくとも自分はそうだと言えば、サランの目が細められた。
(あ・・・・・喜んでいる)
僅かな表情の変化でも、サランのものならば分かる洸莱は、自分の言葉がどうやら正しかったようだと確信する。
 「では、洸莱様は今どうされたいのですか?」
 「サランと共にいたい」
 「他の方におかしいと思われても?」
 「おかしいと思う者がいるのか?」
 いくら光華国の王子だとはいえ、第四王子の己のことを気にする者はいないと思う。
 「・・・・・洸莱様は私のことをよく分かっておいでですが、ご自分のこととなるとまだ鈍感でいらっしゃる」
その言葉の意味が分からなくて首を傾げれば、それでいいのですよと苦笑された。
なんだか歳の差を思い知らされて不満に思うものの、サランの手が己の手に触れ、しっかりと指先を絡めてくれたので、この不満は
言わない方がいいかもしれないと思った。



 「あなたが、新しい王妃でいらっしゃる?」
 「私は・・・・・」
 「和季という。見知りおいてくれ」
 「・・・・・洸英様」
(全く・・・・・ここで私が否定出来ないからといって勝手に・・・・・)
 光華国の王である洸英の前にはずらりと挨拶をする者の列がある。
形式ばったことを厭う彼が逃げ出さないよう傍で見張るつもりでいただけの和季は、何時の間にか自身の存在が洸英によって周
知のものにされていることに戸惑っていた。
 愛しい洸英の傍からもう逃げ出さないと誓い、心が通い合った上で身体も結ばれた。
王宮内では和季を洸英の長い間空席だった妃として見られていたが、内々のことであったし、否定すれば洸英の機嫌を損なうと
いうことも分かっていたので見て見ぬ振りをしていた。
 しかし、それが対外的な事実となってしまうと、洸英にとって良いのか悪いのか判断がつかない。
いや、元々光華国の王の影として仕えていた和季にとって、人前に出るということはあまりにも慣れないことだった。
 「なんとも、お美しい方でいらっしゃる」
 「本当に、神秘的な・・・・・」
 「そうであろう?」
 和季の容貌を褒められ、洸英は上機嫌のようだ。
(皆様、気を遣って下さっているだけだというのに・・・・・)
 「・・・・・」
少し、この場を離れていようかと動こうとした和季の手を、洸英が逃がさないとでもいうように掴む。
 「どこに行く?」
 「・・・・・少し、人あたりをしてしまったようですので」
 辞する理由など何でも良かったが、これが一番当たり障りの無い言葉のはずだ。今まで表に出てこなかった光華国の新しい王
妃(あくまでも実質だが)は身体が弱いとでも印象付けておこう。
 「では、私が付いていこう」
 ただ、洸英は長年和季を見つめていて、その性格も把握している。
何を考えているのかと今も予想した上で逃がさないようにしているのだと、こちらも洸英の考えを把握している和季は、にっこりと普
段は浮かべないような鮮やかな笑みを向けた。
 「・・・・・和季」
 「洸英様はこちらにいらしてください。主賓がいなくなってしまっては、稀羅王にも失礼でしょう」
これで、引いてくれるのではないかと思ったが。
 「愛しい妃に万が一のことがあったらどうする?お前ほどの美しい存在に手を出さずにはいられない愚か者は必ずいるだろうしな。
私が傍にいて守らねば」
 「・・・・・」
(そのようなことを大きな声で言われるなんて・・・・・)
 案の定、仲睦まじいと周りが囃し立てるように言い、洸英は当然だというように和季の肩を抱き寄せる。
これは絶対に確信犯だと、和季は深い溜め息をついた。