光の国の御伽噺
9
(おめでとうございます、莉洸様・・・・・)
並び立つ2人を見ながら、悠羽は何度も心の中で祝福を贈った。
莉洸が稀羅に連れ去られた時、まさかこんなふうにきちんとした婚儀を挙げることになろうとはまったく想像もしていなかった。
「・・・・・」
「・・・・・」
隣に立つ洸聖も、眉を顰めたままじっと莉洸を見つめている。兄弟思いの彼が泣きそうなのを堪えているんだなとその表情で分
かり、悠羽は宥めるように腕に手を触れた。
「・・・・・」
ちらっと悠羽を振り向いた洸聖は、少し気まずそうな表情になったものの、反対の手で悠羽の手を軽く叩き、再び視線を前方に
向けた。しかし、今度はその表情は幾分穏やかになった気がする。
「・・・・・」
「・・・・・」
見つめ合い、誓いの言葉を言う2人を見ていると、なんだか自分の式のことを思い出した。
皇太子とはいえ、まだ王ではない洸聖とは違い、稀羅は既に一国の王で、莉洸の肩には直ぐさま様々な問題が掛かってくるだろ
うが、きっと稀羅が支えてくれるだろうと思う。
(お願いしますね、稀羅様)
そうでないと、光華国の過保護な父や兄弟達が、たちまち莉洸を連れ戻しに来かねない。
何だかその姿が目に見えるように鮮やかに想像が出来て、悠羽は少しだけ笑ってしまった。
「蓁羅国、国王、稀羅。あなたは神の前で妃である莉洸を愛し、守り、生涯を共に生きると誓うか」
「誓う」
神官の言葉に、稀羅ははっきりと断言した。
建国して初めて迎える王の婚儀は何もかも手探りで、本当のことを言えば誓いの言葉なども稀羅が神官や側近と考えて作り上
げたものだった。
他国ではもっと長々とした文句を言うものだが、稀羅は神を信じているわけではなく、自分と国民、そして莉洸を信じている。
誓いの言葉は彼らに向かって言うものだと思い、言葉はかなり簡素なものになっていた。
「光華国第三王子莉洸。あなたは神の前で蓁羅国国王である稀羅を愛し、守り、生涯を共に生きると誓うか」
「・・・・・」
(莉洸・・・・・)
こうして隣に立ってくれていることからも、莉洸の思いは決まっていると思う。それでも、その一言をきちんと聞くまで、稀羅の中の
不安は消えなかった。
「・・・・・誓います」
「・・・・・っ」
胸が、苦しい。
これほどに最良の伴侶を迎えた者など、この世にいるはずも無いと思う。
「莉洸」
「稀羅様」
涙で濡れた目で、それでもしっかりと見つめ返してくれる莉洸を見た稀羅は、
「あっ」
こみ上げてくる喜びのまま、華奢な身体をそのまま抱え上げた。
「たった今、私は最上の伴侶をここに迎えた!我が蓁羅は今後私と莉洸の力で、さらに繁栄させ、光華国に勝るとも劣らない
国にすると誓う!!」
列席していた蓁羅の臣下達が歓声を上げる。
招待された各国の使者も、堂々とした稀羅の言葉に圧倒されていた。
「大きく出たなあ」
「洸竣様っ」
「でも、莉洸を手にした稀羅殿なら出来るかもな」
何も知らなかった頃とは違い、今は多少は稀羅のことを知っているつもりだ。あの圧倒的な行動力と人々を引きつける魅力が
あれば、今よりも格段に蓁羅は豊かになるだろう。
今の世で光華国にはとても敵わないだろうが、次世は、その次は・・・・・もしかしたら・・・・・。
「私達ものんびりとしてはいられないな」
「そうです。洸竣様もしっかりと王や洸聖様を支えてさしあげなければ」
「分かっているよ」
洸竣は歓声に包まれている2人をじっと見つめて言った。
(次は、誰だろう)
次に結ばれる者は誰か。まずは父と和季。和季はなかなか受け入れないだろうが、あの強引な父ならば勝手に話を進めて正式
な妻にしてしまうだろう。長年欲して、欲して・・・・・ようやく手に入れた最愛の者を父は己に縛り付けて手放さない。
それとも、弟の洸莱か。
まだ成人前というのに、既に達観した考えも持っていた弟。
生まれのせいか、生きるということに欲求が無いように思えたが、サランという人間を知り、お互いの空虚な部分を埋めることによっ
て、離れ難い思いを抱くようになった。
子を生む可能性のあるサランは、次期王になる兄にとっても大切な存在だ。もしかしたら成人式と共に婚儀を挙げてしまうかも
しれない。
それとも・・・・・。
「・・・・・」
「洸竣様?」
(こちらは、まだまだ・・・・・だな)
今回の式を見て、少しは意識してくれたのならばいいのだが・・・・・黎はきっとまだ、自分の全てを洸竣に与えてくれようとは思って
いないだろう。
自分の腕の中に隠しているものの、何時誰に見付かってしまうか分からない黎。早く自分のものにしたいのに、そんな洸竣の心
の内など少しも分かってくれない。
「・・・・・子供だから仕方が無いか」
「何をおっしゃっているのですか?」
「何でもないよ」
歳は上でも、黎よりも幼い雰囲気を持っていた莉洸が、稀羅と出会い、恋をすることによって変わった。黎もいずれはそう変わっ
てくれるかもしれないだろう。
(私も、余裕を持って待たなければな)
いきなり多くの列席者の前で抱き上げられてしまい、莉洸は一瞬で涙が止まってしまった。
厳粛な式を迎え、一生懸命誓いの言葉を言い終えて安心し、何だか胸が熱くなって涙がこみ上げた。もちろんそれは寂しさや悲
しみからではなく、喜びからで、じんわりとその思いを胸の中で噛み締めようと思っていた矢先の出来事に、莉洸は落ちないように
とっさにその首に腕を回した。
「稀、稀羅様っ?」
「皆にお前を見せびらかしたい!」
「え」
「お前が私のものだとな!」
「・・・・・っ」
(そ、そんなことしなくても・・・・・っ)
いくら正式に婚儀を挙げたとしても、やはり男の身で王妃となるのは気恥ずかしい。同性同士の結婚は珍しいものではないが、
さすがに一国の王族ではあまりないことなのだ。
「稀羅様、下ろしてください・・・・・っ」
バタバタと足を動かしているのはみっともないだろうと、莉洸は稀羅の耳元に唇を寄せて小声で訴えた。
まさかその姿が傍目から見れば、仲睦まじいと見えるということなど考えもしない。
「なぜに?」
「だ、だって」
「・・・・・」
「恥ずかしい、です」
「何を言う。閨を見せているわけではないのだ、お前は堂々と私にしがみついていれば良い」
「あ・・・・・っ」
ようやく、今の自分の体勢の恥ずかしさを自覚した莉洸だったが、手を離してしまえば落ちてしまうかも知れないという思いが残っ
ており、どうすればいいのかと思うだけで何も出来ないまま、肌を赤く染めてしまった。
(愛しい)
そんな莉洸を見ながら、稀羅は目を細めた。
こんな大胆な行動を取れば、莉洸がどんなふうに感じるか分かっているつもりだったが、実際に鮮やかに肌を染めた姿を見ればこ
んな場だというのに劣情を刺激されてしまう。
「莉洸」
「稀、稀羅様っ」
「莉洸」
「・・・・・っ」
想いを込めて何度も名前を呼べば、莉洸の抵抗は次第に弱まり、次期に・・・・・その肩に顔を埋めてきた。
「許してくれるのか?」
「・・・・・知りませんっ」
「・・・・・」
どうやら、莉洸はこんな我が儘な夫の行動を受け入れてくれたようだ。そして、そんな我が儘な夫は、寛大な妻の行動を自分に
都合良くとる。
(お前が、こんなにも私を甘やかすから付け上がるんだぞ)
少しは怒ってくれればいいのにと思うが、莉洸が自分に堂々と文句を言ってくるのはもう少し先だろう。
「では、お前の親族に挨拶をせねば」
「・・・・・」
「祝いの言葉をいただけるだろう」
本当は、見せ付けてやろうという思いが強い。お前達の大切な兄弟は、もう自分だけのものだと、兄弟を溺愛しているあの者達に
知らしめたい。
「行こう」
晴れやかな表情で、莉洸を抱きしめたまま歩いていく自分を、光華国の華やかな王族達はそれぞれ複雑な表情で迎えてくれた。
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