光の国の御伽噺
12
(父上はまた・・・・・少しは和季殿の気持ちを思いやってくれれば・・・・・)
元々、光華国の国王の影という役割で現れた和季。たまたま父と恋仲になり、何年もの時間を経てしまったが、それでもこうし
て共にいる関係になった。
そんな彼なので、人前に出るのは苦痛だろうに、父のためにこうして華々しい場に同行してくれているのだ、少しは気遣って大人
しくしていればいいのにと思ってしまう。
「・・・・・洸聖様?」
「ん?」
「怖いお顔です」
悠羽の言葉に、洸聖は自分の顔に手をやった。
「出来るだけ感情は表に出さないようにしているんだが・・・・・」
「何を怒っていらっしゃるんですか?」
「お前も気付いているだろう?父上のはしゃぎぶりに引きずられている和季殿が気の毒だと思っているんだ」
洸聖の言葉に悠羽も2人に視線をやったが、直ぐに笑みを浮かべてそうでしょうかと言う。
(それ以外、あるのか?)
悠羽も自分と同じような反応を示すかと思えば、意外にもやんわりと否定してきたので洸聖は眉を顰めた。悠羽も、和季の性格
を多少は知っているはずだが・・・・・。
「私には、和季様は嬉しいと感じていらっしゃるのだと思います」
「嬉しい?あのように振り回されているのが?」
父に腰を抱かれ、次々に挨拶に来る各国の使者へと紹介されている和季の表情は、何時ものように絵のように美しく、全く感
情の動きが見えない。
「ですが、洸英様は今は和季様しかご覧になっていないでしょう?」
「・・・・・」
「愛しい方に自分だけを見つめてもらうのは、少々己が好まない状況だとしても嬉しく思うのではと」
「・・・・・」
悠羽の言葉を否定しようと思ったが、多分・・・・・その言葉は当たっていると感じた。己とは違い、人の機微を敏感に感じる悠
羽は、きっと和季の表面には出てこない感情さえ見えているのだろう。
「洸聖様?」
洸聖は悠羽の手を握り締めた。
人の感情を読み取るくらいならば、自分のことだけをじっと見て欲しい。
(人のことなど考えなくてもよい)
強いその感情は、独占欲だった。
披露宴は続く。
蓁羅の国をあげたもてなしに、外国の使者達も、そして国の重鎮達も、蓁羅にこれほどの力があったのかと驚き、今後のこの国の
勢いに内心打ち震えた。
どれ程の大国の使者相手にも堂々と振舞う国王、稀羅。
今までは国名を聞くだけで蔑まされていた稀羅は、堂々とした美丈夫な姿を見せ付けることによって、国と自身の名を強烈に印
象付けた。
周りの国々は、ああと溜め息をつく。
噂ではなく、もっと早く自身の目で蓁羅を、そして稀羅の姿を見ていたら、自身の娘や身内の者を娶らせ、強固な関係を築くこと
が出来たかもしれないと。
花嫁となった莉洸が王子であることは横槍を入れるよい理由だったが、今回の式で見た稀羅の莉洸への溺愛ぶりは見ている
者の顔が赤くなるほどであるし、何より莉洸は大国光華国の王子だ。
皆の眼差しが、凛々しい花婿と初々しい花嫁に向けられる。
様々な思惑の中、それでも祝福の声は止むことはなかった。
「疲れただろう」
挨拶回りを一通り終えた莉洸は、自身に用意された席に着いた時思わず大きな溜め息をついた。
こんなに大勢の人達と一度に会うことは初めてだったし、蓁羅の王の妃として失敗してはいけないという緊張感をずっと抱いていた
ので、肉体の疲れよりも精神的な疲れがかなり大きい。
だが、優しく気遣ってくれる稀羅の方が自分よりも大変だというのは十分分かっていたので、莉洸は顔を上げると頬に笑みを浮
かべて首を横に振った。
「いいえ、大丈夫です」
「・・・・・無理をしていないか?」
「稀羅様は心配性です。これでも、少しは鍛えられたんですよ?」
何をするにしても、先ず周りが動いてくれ、家族も気遣ってくれていた光華国での生活とは違い、この国では自分が積極的に動
くようにしていた。
守られているばかりではいたくなかったし、毎日政務で大変な稀羅を少しでも助けたいという思いがあって(それでもあまりたいした
ことは出来ないが)身体を動かしている莉洸は、以前よりもずっと強くなったと思う。
しかし、どうやら稀羅は無理をし過ぎて時々熱を出してしまう莉洸のことを心配してくれているのか、
「衣月っ」
辺りを見回して、側近である衣月を呼び寄せた。
「何かございましたか?」
今日は多くの外国からの来賓がいるので、何か失敗があってはいけないと衣月がかなり忙しく立ち働いていることを知っている莉
洸は、何だか申し訳なくなって目を伏せた。
「莉洸を休ませてやってくれ」
「王妃様を?」
「稀羅様っ?」
披露宴の最中に自分だけ席を立つなんてと首を横に振る莉洸に、稀羅は身を屈めてその額に労わるような優しい口付けを落
としてくれた。
「お前に何かあった方が、私の心臓に悪い。莉洸、私のために休んでくれ」
「稀羅様・・・・・」
「衣月」
「はい。では、お手を」
莉洸は衣月に手を取られながらもじっと稀羅を見つめる。ここでもし、絶対に嫌だと我が儘を言い、本当に倒れでもしたら・・・・・
それこそ、稀羅に対して申し訳ないのかもしれない。
「・・・・・分かりました」
今は素直に部屋に下がることが一番いいことなのだと言い聞かせ、莉洸は衣月に手を引かれながら退出した。
「あ」
莉洸の姿が扉の向こうに消える姿を見た悠羽は、直ぐに後を追い掛けた。
「莉洸様っ」
「・・・・・悠羽様」
その声に直ぐに立ち止まり、こちらを向いてくれた莉洸は、先ほどまでの輝くような笑みとは少し違う、途方にくれた子供のような表
情になっている。
(一体、どうなさったのだ?)
「どうかなさったのですか?」
「少しお疲れのようですのでお休みいただこうと」
傍の男が莉洸の代わりに答えた。
多分それは嘘ではないだろう、悠羽も自分の結婚式の時はとても疲れて、何度か休ませて貰った。
自分よりも体力が無いだろう莉洸が休憩を取るのは当たり前に思うが、それならばなぜこんな表情をしているのか悠羽は気になっ
てしまった。
「莉洸様」
「・・・・・何だか、とても情けないのです」
「え?」
「稀羅様がお1人だけ大変で。何も出来ない自分がとても・・・・・」
そこまで聞いて、悠羽は莉洸の気持ちが分かった。いや、第三者の立場だからか、莉洸だけではなく稀羅の気持ちも見えたよう
な気がした。
「想われているのですね、莉洸様は」
「え?」
「稀羅様は莉洸様の様子に直ぐにお気付きになってそう申されたのでしょう?それって、ちゃんと見ていらっしゃらなければ分から
ないことですよね」
そうでなくとも、花嫁役である莉洸は化粧を施している。それでもなお、顔色が優れないのが見て取れたというのは、それだけ莉
洸のことを何時も見ているということではないか。
「少し横になられてから戻ってこられたらよいのです。そして、今度は莉洸様が稀羅様に、お休みになるよう忠言されてはいかが
ですか?嫌だと申されても、今度は莉洸様が顔色のことを仰ったらいい」
「・・・・・」
自分が稀羅を気遣っても良いのだと改めて悠羽に言ってもらい、莉洸の表情が少し明るくなった。
(お互い、思い遣っているのも大変だな)
「ありがとうございます、悠羽様。それでは失礼して、少し休ませていただきます」
「ええ、また後で」
頭を下げる莉洸の隣で、供の男も深い礼を取った。その口元が少しだけ笑んでいたのは、もしかしたら悠羽の見間違いだろうか。
「あの方・・・・・」
「悠羽様?」
「ええ。とても良い、義姉上様でいらっしゃる」
「も、もちろん」
悠羽が実は男性であることを稀羅は知っているが、どうやらそれを衣月には漏らしていないようだ。
悠羽はきっとその秘密を知られても莉洸を責めないだろうが、光華国の皇太子妃、やがて王妃となる悠羽の立場を考えれば、そ
れを知っている者は少なければ少ないほどいいはずだった。
(それに、男性か女性かなど関係ないし)
悠羽は、悠羽という人間で、性別で彼を区別などしなくても良い。それよりも、衣月が悠羽を褒めてくれて、莉洸は自分も嬉し
くなってしまった。
「悠羽様が義姉様になってくださって、本当に良かったと思っています。洸聖兄様も、とてもお幸せでいらっしゃるし。悠羽様は光
華国に本当の光を運んでくださった方なんです」
自分の気持ちを分かってもらいたくてそう言えば、衣月は穏やかに微笑み、それではと言葉を足してきた。
「我が蓁羅に光を運んでくださったのは莉洸様ですね」
「・・・・・っ」
嬉しいのに、なぜだかとても恥ずかしい。莉洸は目を伏せ、小さくありがとうと答えると、そのまま早足で自室へと向かってしまった。
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