光の国の御伽噺
13
遠くで音楽を奏でる音がする。
それに加え、賑やかな笑い声と、人の気配を感じて、莉洸は目を閉じたまま不思議だと思った。
質実剛健という言葉を表わしているようなこの蓁羅の王宮内で音楽が聞こえるようなことは無く、こんなにも大きな声で人々が
笑い合うことも無い。
最近は莉洸のことを考えてくれた稀羅が、王宮内を飾る花を庭で育ててくれているが、それが花園と呼ばれるほど育つのはま
だほど遠いはずだ。
(そう、だ・・・・・父様や、兄様方がいらして・・・・・)
せっかく訪ねてきてくれた父や兄達に、今自分がどれほど幸せなのかをもっと説明しなければと思う。
莉洸は、何度も、稀羅様がとその名前を出して、自分がいかに大切にされているかを一生懸命話した。
「・・・・・」
「よく眠っておられますね」
「ああ」
稀羅は寝台に横になっている莉洸の額の髪をそっと撫であげた。
服が皺にならないようにと下着姿になっているのできつくは無いと思うが、こんな無防備な姿は自分以外には絶対に見せたくな
い。
ただ、そうはいってもこの姿になるのに手助けをしたのはここにいる衣月だ。稀羅は大切な腹心の部下にさえ向けそうになる嫉
妬心を押さえながら立ちあがろうとしたが、
「・・・・・」
小さく聞こえた莉洸の寝言に、思わず足を止めてしまった。
キラサマ・・・・・
(夢の中までも、私はお前の傍にいるのか?)
そう思うと、何だか嬉しくてたまらない。
これからまだ続く煩わしいとも思える諸外国との宴席も、多分思った以上の笑みを浮かべながら対応出来るような気がした。
「起こしては可哀想だ」
「はい」
疲れていたらしい莉洸の様子を見るためと、必ず起こして欲しいという伝言を聞いていたのでここまで足を運んだが、あの安ら
かな寝顔を見れば起こしてしまうのはとても忍びない。
後でゴネられたとしても、身体が欲求するままに眠らせてやろと、稀羅は衣月を従えて部屋を出た。
「頼むぞ」
「はっ」
部屋の前には、莉洸を守る3人の兵士達。窓の下にも複数の兵士達を配している。稀羅にとって唯一無二の存在に危害を
加えようとする者がいないとは言えないし、この披露宴の最中に隙を見て・・・・・と、考えれば考えるほど油断はならなかった。
もちろんそんなことを莉洸に悟らせる気は無いし、莉洸を大切に思う光華国の一行にも知られないようにしなければならない。
(心配で連れ帰りたいなどと言われてもたまらない)
とにかく、莉洸の顔を見て気持ちが穏やかになった。稀羅はらしくも無い微笑みを湛えたまま、披露宴へと戻ろうとしたのだが。
一向に戻ってこない莉洸の事が心配になった洸聖は、呆れる悠羽を置いて王宮内の莉洸の私室へと向かっていた。
莉洸自らが案内してくれた部屋の位置は分かっているし、警備の兵士達も洸聖が莉洸の兄弟ということを知っているせいか見咎
める者もいない。
(疲れて倒れているのではないか・・・・・)
悠羽から少し休むらしいという話は聞いたが、実際に自身の目で見ていないので莉洸の様子が気になって仕方がないのだ。
(悠羽は少し物事を大らかに捉え過ぎるからな)
自分達には気丈に装っていたものの、元々は身体の弱い莉洸が長丁場の宴に、それも自身が主役とい気苦労もあって床に伏
せっているのではないかと気になって仕方が無かった。
「・・・・・っ」
そんな時、丁度廊下で稀羅と出くわした。
「・・・・・稀羅王」
「これは、義兄上、いかがなされた」
年上の稀羅にそう言われるのはなんだか侮辱された気分になってしまうが、この男がそう言った物言いをするというのにもさす
がに慣れてきた。
既に正式に莉洸と式を上げ、名目上は義弟であることには間違いはないので、反対にその立場を優位に使ってやろうと堂々と
訊ねる。
「莉洸はどうした?しばらく姿が見えないが」
「莉洸は休ませています」
「倒れたのか?」
「少し疲れているように見えただけ。今は横になって静かに眠っていますので、どうか義兄上も御心配なさらずに」
「・・・・・」
言葉は表面上茶化しているように聞こえたが、稀羅の眼差しは笑ってはいなかった。
(どうやら、この言葉は信じても良さそうだな)
洸聖は軽く頷くと、改めて稀羅を見つめる。
(このような大人の男が莉洸に懸想するとは思いもよらなかったが・・・・・あの子には、この男のような守ってくれる相手が傍にい
た方がいいのだな)
心のどこかでは、莉洸の普通の幸せを・・・・・どこかの姫を娶り、男として幸せになる莉洸を諦めきれずに考えることもあるが、
人の幸せというものは他人には測れないものだということも分かっていた。
何より、男でもいいと、悠羽を娶った自分がここにいるのだ。
「・・・・・洸聖殿?」
黙って自分を見る洸聖を怪訝に思ったのか、稀羅が呼び名を戻して声を掛けてくる。
それにふっと笑い掛け、洸聖は稀羅の肩を軽く叩いた。
「まだ飲み足りない。稀羅、兄に酌をしてくれるな?」
「・・・・・喜んで」
その言葉に稀羅も笑みを浮かべると、2人は肩を並べて広間へと戻って行った。
「・・・・・ん」
莉洸は何度か瞬きを繰り返した後、ゆっくりと目を開いた。
「よく寝た・・・・・」
少しだけ横になるつもりだったが、身体が疲れていたのかそれは思いがけなく長い時間になったように思う。
「今、何時頃だろう・・・・・」
披露宴はまだ続いているのかと寝台から下りようとした莉洸は、ふと窓辺から漏れる光に気付いてぱっと駆け寄ってしまった。
「・・・・・うそ」
窓から覗く空は既に明るく、日の光も真上に近い位置にある。どうやら夜が明けた上、昼近くまで眠ってしまったことに気付いた
莉洸は、焦って部屋を飛び出した。
「莉洸様っ?」
いきなり飛び出した莉洸の姿に、扉の前に立っていた兵士が驚いたように声を上げる。その兵士に向かい、莉洸は慌てて問い
掛けた。
「披露宴はっ?今は何時ですかっ?」
「と、とにかく、落ち付かれて下さい。今は御式から一昼夜経っております」
「い、一昼夜っ?」
(じゃあ、丸一日眠っていたってことっ?)
日差しを見た時、その夜は眠ってしまったのかと焦ってしまったが、現実はもっと長い間眠っていたのだ。
真っ青になった莉洸は直ぐに稀羅のもとに急ごうとしたが、その小さな身体を兵士が慌てて身体で押し止めた。
「お待ちください、その格好では・・・・・」
「か、格好?・・・・・あっ、ごめんなさい!」
眠った時は花嫁の衣装を脱いだ下着姿だったが、今は寝間着を着ている。それでも失礼な格好には違い無くて、莉洸は直ぐに
部屋へと引き返し、寝台の傍に用意されていた服に着替えた。
(一体、何時着替えさせられたんだろう・・・・・っ)
こんなことをされても目覚めなかった自分が情けない。
結婚式を上げたばかりの花嫁が寝坊をして接待を忘れてしまうなど、情けなくて恥ずかしくてたまらなかった。
パタパタと慌ただしい足音が聞こえてきた。
バタンッ
珍しく入室の断りも無く開け放たれた扉の向こうには、青褪め、泣きそうになった莉洸が立っている。
「・・・・・稀、稀羅様・・・・・」
「おはよう、莉洸、目覚めはどうだ?少し顔色が悪いが・・・・・」
「ごめんなさいっ」
全てを言う前に、莉洸は謝罪をしてきた。
「莉洸」
「寝過ごしてしまいました。このような失態・・・・・どうお詫びすればいいのか・・・・・っ」
王妃として、招待客を立派にもてなさなければならないと思っているらしい莉洸はそう謝罪してくるが、本当に莉洸の手が必要だっ
たのならば起こしていたはずだと気がつかないのだろうか。
頭を下げたまま、一向に顔を上げない莉洸に歩み寄った稀羅は、大きな手でその身体を抱きしめた。
「ゆっくりと休めたか?」
「稀羅様・・・・・」
「私が目覚めを妨げるなと言ったんだ。一向に目を開かない様子に心配だったが、医師は問題ないと言っておったし・・・・・それ
に、光華国の皆様方も、時折部屋へと訪ねておったのだぞ」
「え・・・・・?」
まったく気がつかなかったのだろう、莉洸が驚いたように顔を上げる。
そのせいでしっかりと目が合ったので、稀羅は安心させるように笑みを向け、軽くその唇に口付けをした。
「皆、お前の寝顔を見て、昔話に花を咲かせていた」
「む、昔話、ですか?」
「王や、洸竣殿から、面白い話も聞いたぞ」
「・・・・・ど、どのようなことでしょうか?」
「さあ、どのような話だろうな」
どうやら、莉洸の意識は披露宴から逸れ、父や兄が話したという昔話の方が気になってしまったようだ。
思惑通りに事が運んだと内心ホッと安堵した稀羅は、早速親兄弟に会いたいと言う莉洸の願いを叶えるために自身も一緒に部
屋を後にした。
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