光の国の御伽噺














 「洸竣様!急いでくださいっ、皆様お待ちになっていますよ!」
 「分かっているよ、黎。でも、そんなに慌てることはないだろう?」
 「で、でもっ」
 自分の世話係でもある黎が責任を感じて焦っているのは分かっていたが、洸竣はこんなふうに慌てたり、怒ったりする黎を見る
のが楽しいので、半ばわざとその感情を引き出すように行動することが多かった。

 ようやく身体も結ばれ、自分の気持ちも信じてくれるようになったが、やはり王子という立場の洸竣と世話係という自身の立場の
差を考え、なかなか容易には踏み込んできてくれない。
 そんな黎の気持ちをもどかしいと思うものの、追い詰めて逃げられても困るので、洸竣は遊び人と自称する自分としてはかなり
ゆるやかな速度で、黎を絡めとろうとしていた。

 「どうかな」
 ゆっくりとした仕度がようやく整い、洸竣は黎に訊ねる。すると、しばらくじっと視線を向けてきた黎は、やがてじわじわと顔を赤くし
て小さな声で答えた。
 「とても・・・・・ご立派です」
 「父上や兄上よりも?」
 「・・・・・少なくとも、僕の目には」
 珍しい答えに洸竣の口元が綻んだが、ここでからかってしまうとしばらくは拗ねてしまう。
自分との身分の差を気にする割には、拗ねて口をきかないということもするので、洸竣は素直にありがとうと答えることにした。




 「どうかな?」
 訪問する蓁羅へはまだ二日ほど掛かってしまうので、今洸竣が身にまとっているのは旅装束だ。それでも、洒落た洸竣の選んだ
それは簡素ながら十分に容姿を引き立てるもので、黎は思わず見惚れてしまった。
 この大国、光華国の第二王子である洸竣が、ただの世話係である自分に愛の言葉を囁いてくれるのを、始めは不遇な自分に
対する同情心からだと思った。
 しかし、陽気で軽薄だと言われていた洸竣は意外にも真摯な思いをぶつけてきてくれ、王子に思いを寄せるという恐れ多い思い
を黎も抱くようになった。
 洸竣に抱かれたのは、まだ片手で数えられるほどだ。緊張して、されるがまま受け入れる自分は、きっと洸竣にとってはつまらな
い相手なのかもしれない。
それでも、今の黎にはその思いを受け止めることが精一杯で、自分からも相手に返すというのはまだ当分先のように思っていた。
 「莉洸は元気かな」
 「しばらくお会いしてませんね」
 「まあ、何かあったら連絡が来るだろうし・・・・・便りの無いのが元気な証拠か」
 「はい」
 第三王子莉洸の婚儀に出席するために、今回は洸英王以下、ご兄弟、大臣も多く隣国へと向かう。
黎も、莉洸の幸せな姿を見たいとは思っていても、自分まで同行することは出来ないだろうと諦めていたのだが、

 「もちろん、黎も一緒に行くよ。莉洸も会いたいだろうし、いずれは義兄弟になるのだし、ね」

 そう言ってくれる言葉はとても嬉しかったが、何と答えていいのか分からなかった黎は、ただありがとうございますと答えるしか出
来なかった。それでも、今回の蓁羅への旅は楽しみだ。
 「・・・・・あっ、洸竣様っ、本当に遅れてしまいますっ」
 「はいはい、行こうか」
ようやくそう答えてくれた洸竣は、笑いながら黎に手を差し出してくれる。
 「・・・・・」
一瞬、躊躇した黎は、それでも思い切って手を伸ばして洸竣の手を掴んだ。




 トントン

 扉を叩いたサランは、中からの返答に失礼しますと答えて開けた。
 「御仕度はお済みですか?」
 「うん」
振り返った洸莱は、サランの姿を見て目を細めた。
 「我が国の衣装、似合っている」
 「・・・・・悠羽様が皇太子妃になられましたので、恐れながら私もこの地に骨を埋めるつもりでおりますので」
 悠羽のため・・・・・もちろんそれは今のサランにとっては一番大きな理由になっているが、それだけではないことを目の前の少年
はきちんとくみ取ってくれているのだろう。

 自分よりも年下の、まだ成人も迎えていない相手は、生い立ちのせいかとても大人びた考えと目を持っていた。
言葉数も少なく、表情の変化も僅かだが、彼がとても豊かで大きな気持ちの持ち主だということをサランは知っている。
男でもなく、女でもない醜い自分の身体を綺麗だと言ってくれ、そのどちらをも優しく愛してくれた人だ。
 皇太子で、将来光華国の国王となる洸聖の妃、サランの主人でもある悠羽は男であるし、第二王子洸竣の想い人も男。
第三王子の莉洸は、もう間もなく蓁羅の王妃となる。
 その結果、光華国の世継ぎを産むのは、皮肉にも未完成な身体を持つ自分に掛かっているが、洸莱は思い詰めることはない
と言ってくれた。
自分にとって大切なのはサランだと、真っ直ぐな視線を向けて告げてくれた。
 その思いに答えるためにも、サランは洸莱の子を産みたいと思っている。それがとても時間が掛かることでも、もしかしたら可能
性の無いことかもしれないが、それでも洸莱のために努力しようと思う。
 悠羽と同じように、いや、もしかしたらそれ以上に自分の中で大切な存在になっている洸莱。
彼の傍はとても穏やかで、居心地が良かった。




 「・・・・・悠羽様が皇太子妃になられましたので、恐れながら私もこの地に骨を埋めるつもりでおりますので」

 とても嬉しい言葉だ。
その理由が兄の妃である悠羽のためであっても、自分の手が届く所にいてくれることが大事だった。
 自分と同じように感情表現の乏しいサラン。気になって視線が行くようになり、やがてその身体の重大な秘密も告白された。
驚きはしたが、それで自分がサランを忌むことは無かった。洸莱が気持ちを寄せているのは、サランという人格を持った一人の存在
だからだ。
 兄達の伴侶がことごとく同性であったことも、洸莱にとっては好都合だった。それはサラン抱く口実が出来たからだ。
年上で、理性的なサランを手に入れるために、洸莱はどんなことでもするつもりで・・・・・結果、あの綺麗な身体を自分が手にする
ことが出来た。
 まだ成人を迎えていない洸莱には、結婚ということでサランを縛ることは出来ない。それでも、ようやく手に入れた魂が安らぐ相手
を手放すことは考えられない。
 サランを逃がさないために、自分はどうすればいいのか。洸莱は日々そんなことを考えていた。

 「悠羽殿の仕度は?」
 「既に。もう出立する時間です」
 「うん」
 自分にとって、一番近しい兄弟、莉洸の婚儀に出席するために、父と兄弟皆で蓁羅へと旅立つ。こういった旅は初めてなので、
どういうふうな態度を取っていいのか迷うが。
 「莉洸様、きっと喜ばれるでしょうね」
 「・・・・・」
 「父王や、ご兄弟皆様、お祝いに行かれるのですから」
 「・・・・・そうだな」
 余計なことなど考えず、ただ莉洸を祝おうという気持ちでいればいい。サランにそう言われたような気がした洸莱は、素直に頷くと
華奢なその背に手をあてた。
 「行こうか、サラン」




 「では、我らが留守の間、くれぐれも頼むぞ。まあ、そうは言っても隣国だ、何かあれば直ぐに舞い戻る」
 「いいえ、皆様安心して莉洸様をお祝いくださいますよう。今回出席を断念した者達の気持ちも、くれぐれもお伝え下さい」
 本来は皇太子妃と王の寵妃が同行するということで馬車を用意するはずだったが、悠羽も和季も馬に乗り慣れているので却
下され、華やかな一団とは言い難い一行だ。
 それでも、王以下、皇太子、王族と、国の重要人物が揃っているので、隣国への旅だが護衛兵を含めて百人近くの大行列と
なっていた。
 自分の馬に同乗することを和季に拒まれてしまった洸英は少し不機嫌だったが、それでも見送りに居並ぶ者達を前に、鷹揚に
頷きながら出発の号令を掛ける。
 「参るぞ!」
 「お気を付けて!」
 「莉洸様にご祝福を!」
 「行ってらっしゃいませ!」
 口々に掛かる声はやがて歓声になり、その声を背に馬はゆっくりと歩き始める。
そこで交わされる言葉は、きっと周りの兵士や見送りの者達にも聞こえないだろう。
 「和季、しっかりとついて参れ」
 「はい」
 「悠羽、大丈夫だな?」
 「歩きよりも慣れております」
 「洸竣様っ、僕、1人でも・・・・・っ」
 「お前は馬に慣れていないだろう?」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
それぞれが伴侶や愛する者と共に。
彼らの愛する莉洸の晴れの日を祝うために、光華国の王族一行は隣国蓁羅へと向かって出発をした。