光の国の御伽噺














 蓁羅の国王、稀羅は、次々に述べられる報告にじっと耳を傾けていた。
もう二日後に迫った婚儀。長年、諸外国との国交が無く、どちらかといえば不気味な存在として厭われていた蓁羅。
 その国の王が正式な妻を娶り、婚儀を挙げるということは初めてのことで、その上、その相手が光華国という大国の第三王子だ
ということも重なって、国内は初めてとも思える華やかな活気に満ちていた。
 もちろん、今回のことを一番嬉しく思っているのは稀羅本人だ。それまで、貧しい国を他国に負けないほどに繁栄させることだけ
に心血を注いできたが、初めて心から愛しいと思う者に出会い、その相手からも想いを返されて、ようやく正式に自分のものとなる
のだ。

 花嫁となる莉洸の父、光華国国王、洸英が付きつけた条件、100日間の婚約期間。それを無事に越え、満を持して迎える
婚儀は、盛大に、華やかでなければならない。
国を挙げての準備はようやく整い、後は婚儀当日を待つだけになっていた。

 「以上でございます」
 「分かった」
 今の報告は、各国の祝いの使者の護衛と宿泊に関しての報告だ。
以前ならば、招待することもなく、したとしても誰も来ないはずの婚儀も、相手が光華国の王子となると話は別で、先日行われた
光華国の皇太子、洸聖と悠羽の婚儀の折、自分と莉洸の婚約の話が公になってから各国はこぞって接触をはかってきた。
 元々、まだ未開の地に近い蓁羅は産業でも伸びる可能性が多々あり、光華国と縁戚になるのならばその援助も大きな期待と
なるだろうと、今のうちに近付いておいた方が良いと思われているのかもしれない。
 以前の稀羅ならば、他国の力で持ち上げられることに屈辱を感じていただろうが、今は違う。どんなものでも利用し、こんな自分
のもとへと飛び込んで来てくれる莉洸に、出来るだけ不自由はさせたくないと思っていた。
 「部屋が足りなくなるかと思ったが、急いで手を入れた離宮の修復が間に合って良かった」
 「光華国からの援助がございましたので」
 「・・・・・いずれ、必ず返す」
 「王」
 「今は、情けないが私には力がない。莉洸のためだからと洸英王に言われてしまえば、唯々諾々と受け入れてしまわねばなら
ないが、必ず、この男に莉洸を任せて良かったと言わせてみせる」
 「御意」
 「莉洸は?自室にいるのか?」
 「今日も町においでになられています。莉洸様のお姿を見ると、民が事の他喜ぶようで」
 「・・・・・全く、婚儀も近いというのに」
 けして身体が強くはない莉洸は、今までにも何度か熱を出して寝込むことがあった。栄養が足りないというよりは、動き回った分
だけの体力が無くて身体が負けてしまうようだ。
 元々、光華国でも大切に、城の中でだけで過ごしていたような彼が、自分と同じように精力的に公務を行うことは無理だと言っ
たのだが、莉洸は少しでも民を力付けたいと言い、時間があれば町に出る。
 「迎えに行く」
 「お供いたします」
もう直ぐ、本当に自分だけの存在になる莉洸。その日まで何事もないように、稀羅は一時でも目を離すのが心配だった。




 「おめでとうございます、莉洸様!」
 「ありがとう」
 「これ、どうぞお持ち下さいっ」
 祝いの言葉と共に差し出された一掴みの豆が入った籠を見て、莉洸は首を振ってありがとうと言葉を続けた。
 「気持ちはとても嬉しい。でも、これはあなたの大切な食料なんでしょう?あなたが食べて元気になることが、僕にとっても嬉しい
ことなんだよ」
 最近まで国交を断絶していた蓁羅の国はとても貧しい。
主な産業は薬草の売買で、それさえも売る経路は決まっていたらしく、金額も安くされていたようだ。
 最近になってそれらも整備され、随分と町には活気が出てきたとはいっても、まだまだ民一人一人全てに恩恵が行き渡っている
わけではない。

 莉洸は稀羅の努力を間近で見ている。
彼は本当に寝る間も惜しんで国のために働き、最近あった大雨の日には自らが先頭になって壊れた橋の補修をしていた。
 知る前は、とても不気味な国の、恐ろしい王としか思っていなかったし、最初にこの国に連れ去られた時は毎日悲しくてたまらな
かった。
 それでも、稀羅を知るにつれて、彼の人柄を尊敬し、やがて愛情を抱くようになった。
男の自分が、同性の稀羅の花嫁になるとは想像もしていなかったが、今では稀羅と共にこの蓁羅を光華国に負けないほどに光に
溢れた素晴らしい国にしたいと思っている。

(みんな、結婚を祝ってくれるのは嬉しいんだけど・・・・・)
 その気持ちを表すためなのか、大切な食料や、金にするための花や手織り布をくれようとするのは困ってしまう。莉洸にとっては
そんな祝ってくれる気持ちこそが一番嬉しい贈り物なのだ。
 「りこーさまあ、はなよめさんになるんだよね〜」
 幼い子が、莉洸の服を引っ張る。
 「こらっ」
土で汚れた手のせいで莉洸の服が汚れ、付いて来てくれている護衛兵が子供を叱るが、莉洸は構わないからと言って、その場に
しゃがみ込んで子供と目線を合わせた。
 「うん、もう直ぐ、稀羅様の花嫁になるんだよ」
 「おれ、きらさますき!つよくて、かっこいいし!」
 「うん、強くて、とても男らしいよね」
 こんな子供にまで慕われている稀羅が何だか自慢に思え、莉洸が恥ずかしそうに笑いながらもそう答えた時、
 「王っ!」
 「え?」
護衛兵の声に慌てて立ち上がりながら振り向いた莉洸は、土煙を上げながらやってくる馬上の人に視線をやり、思わずその名前
を呼んでいた。
 「稀羅様」




 莉洸の姿は直ぐに見付かる。稀羅の目に、その姿は眩しく輝いて見えるからだ。
 「莉洸!」
腰元に数人の子供を纏わり付かせていた莉洸の眼差しは、真っ直ぐに自分に向けられている。その視線に笑い掛けた稀羅は、
集団の手前で馬を止めて地面に降り立った。
 「何かあったのでしょうか?」
 婚儀を控え、わざわざ稀羅が来たということで、緊急の用件があったのかと思ったらしい。少し心配そうに眉を顰めている莉洸に
対し、稀羅はいやと直ぐに否定した。
 「時間が空いたので迎えに来た」
 「あ・・・・・ありがとう、ございます」
 その答えに初々しく頬を染める莉洸を目を細めて見つめた稀羅は、ふとその服が汚れているのに気がついた。
見れば、莉洸の側にいた子供達は泥だらけで・・・・・しかし、彼らが遊んでいたのではなく、家の手伝いで汚れているのだろうとい
うことは、少し離れた場所に放り出してあった農具を見ても分かった。
 「おうさま、おめでとーございます!」
 「・・・・・」
 まだ6、7歳くらいの子供がそう言って、きちんと片膝をついて祝辞を述べてくれる。
いや、その子供の行動を切っ掛けに、周りに集まっていた民が次々と同じように行動し、稀羅は思わず、一番最初に祝辞をくれた
子供を抱き上げていた。
 「王妃は美しいだろう?」
 「それに、やさしいです!」
 「ああ、美しくて、優しい、最良の妃だ」
 「稀、稀羅様っ」
 奥ゆかしい莉洸は自分の賛辞に慌てて首を横に振っているが、これは世辞ではない。稀羅にとって莉洸が最高の伴侶だという
ことを、この幼い子供も含め、全ての者に知って欲しかった。




 服を汚されても、稀羅は全く動じず、そればかりか次々に寄ってくる子供達皆を抱き上げている。
これほどに民と国王の距離が近い国はないだろうと思うし、何より稀羅の国民を思う優しい気持ちが痛いほどに伝わってきて、莉
洸は自分の胸まで温かい気持ちに支配されていた。
 「莉洸」
 一通り、民と交流を持った稀羅が振り向いた。
 「宮に戻るか」
 「はい」
莉洸も馬に乗ってやってきたが、稀羅は迷わずに莉洸を自分の馬に乗せ、自分もその後ろへと乗る。そんな2人に、民はまだ足
りないかのように、口々に祝いの言葉を投げ掛けてくれた。
 「さよーなら!」
 「おめでとうございます!」
 「ありがとう!皆の言葉が一番嬉しい!」
 稀羅の言う通り、共にこの国で生きていく民の祝いの言葉は、どんな贈り物よりも嬉しく感じる。自分と同じ気持ちでいる稀羅
の言葉に莉洸は何度も頷き、稀羅はさらに言葉を継いだ。
 「婚儀の日は、国を挙げての祝賀だ!皆もどうか楽しんでくれ!」

 「皆を呼べたらいいのに・・・・・」
 馬上で呟いた莉洸の言葉を聞き取ったのか、稀羅はそうだなと言ってくれる。もちろん、それが無理なことだとは分かっていても、
莉洸はこの蓁羅の国中の人々に、これまで稀羅を支えてくれてありがとうと、これから一緒に頑張ろうと伝えたかった。
 「婚儀が終われば、ゆっくりと領土を回ろう。愛しい妃を、私も全ての民に見せたい」
 「稀羅様・・・・・」
 「それには、お前ももう少し体力をつけねばな」
 「が、頑張ります」
 「では、今夜の食事の量を少し増やそうか」
え・・・・・と、思わず眉を顰めてしまった莉洸は、頭上で稀羅が笑っている気配を感じる。どうやらからかわれたらしいと分かった莉
洸は、小さく口を尖らせてしまった。