光の国の御伽噺














 婚儀を明日に控えた早朝、蓁羅に光華国一行が到着した。
予定よりも早い到着は、それだけ急いだということだろう。
 「父上!兄様!」
 どうしても家族を出迎えたいと願った莉洸のために、稀羅は前の日から国境の警備所で一行の到着を待っていた。その判断に
間違いがないのは莉洸の笑顔からも良く分かるが、次々と洸英王以下、家族と抱き合うその姿を見るのはあまり面白いものでは
なかった。
 「おお、莉洸、元気そうだな」
 40代半ばとはとても思えない逞しく剛健な印象の洸英は、飛びついた莉洸の身体をしっかりと抱きしめ、その上柔らかな頬に
口付けた。
家族の挨拶だと分かっているが・・・・・こちらを見て目を細める洸英の表情からは、何か別の思惑をかんぐってしまうのも仕方がな
いと思う。
 「洸聖兄様!」
 「久し振りだな」
 秀麗で硬質な印象の第一皇子洸聖も、莉洸には甘く声を掛けて頬に口付ける。
 「洸竣兄様っ」
 「いよいよお前を花嫁として見送るのかと思うと寂しいよ」
甘く囁きながら、艶やかな眼差しを向ける第二皇子洸竣は、莉洸を弟だときちんと納得しているのだろうか。
 「・・・・・莉洸」
 「来てくれてありがとう、洸莱」
 末の弟はまだ成人前だというのに、兄の莉洸よりも遥かに体格的に立派だ。
元々言葉数が多い方ではないらしいが、莉洸の肩をしっかりと抱くその姿はとても弟のように思えない。
(・・・・・全く、婚儀直前となっても、このような気持ちを感じるとは・・・・・)
 稀羅は頭を振る。
ようやく手に入れる愛しい存在を前にどうしても冷静ではいられない自分は、恋狂いと言われても仕方がないだろう。




 久し振りに会う家族は皆変わらない。
いや、それぞれが最後に会った時よりも、更に幸せそうに光り輝いて見えた。
 洸聖は悠羽と結婚して数ヶ月、もはや父の代行として立派に王の職務を果たしているらしい。早く譲位をしたい父と、まだ勉強
が足りないと思っているらしい長兄の間には、少し温度差があるが。
 「おめでとうございます、莉洸様」
 「悠羽様・・・・・来ていただいてありがとうございます」
 「大切な弟の結婚式に来ない家族などいません。ねえ、洸聖様」
明るく笑う悠羽を見つめる兄の顔を見れば、今即位しても立派な王になられるのではと思った。
 「おめでとうございます、莉洸様。僕なんかが来てしまって・・・・・」
 「ううん、黎が来てくれて嬉しい」
 「ほら、莉洸はそう言うといっただろう?」
 「で、でもっ」
 「素直に私の隣にいればいいんだよ」
 顔を真っ赤にして洸竣を見上げる黎と、そんな黎を蕩けそうなほどに表情を緩めて見つめている洸竣。兄は自分だけが黎に焦
がれていると手紙で愚痴っていたが、この様子を察するに心配はしなくてもいいと思う。
(もしかしたら、近々結婚されるかも・・・・・)
 黎がしり込みをしても、あの兄ならば強引に、騙してでも式を挙げてしまうかもしれない。もちろん、黎が本当に嫌だと思っている
のならば別だが、黎自身も兄を想ってくれていることはよく分かる。
 「・・・・・」
 何だか嬉しくなって頬を緩めたまま、莉洸は洸莱の隣にいるサランへと視線を向けた。
男とも女とも、全く性を感じさせないほどに作りめいた美しさを持つサランは、莉洸の視線に静かに頭を下げた。
 「この度の御成婚、心からお祝い申し上げます」
 「ありがとう」
 「・・・・・」
 「洸莱と、仲良くしてくれている?」
 「・・・・・さあ、どうでしょうか」
 僅かに目を細めたサランが、隣にいる洸莱を見る。
サランに勝るとも劣らない無表情な弟は、コクンと頷いてくれた。
 「私のことは心配しないでくれ」
 「・・・・・うん」
 ただ一人の弟で、幼い頃は諸事情により離れていた洸莱。
王宮に戻ってきてからも、言葉数は少なく、無表情のままでいる姿が痛々しかった。自分が変えてやりたいと思ったが、その役割
はサランが担ってくれる。
将来、もしかしたら光華国の世継ぎを産みだすかもしれないこの2人が、どうか心から慈しみ合って欲しいと思う。
 「莉洸様、おめでとうございます」
 「・・・・・ありがとうございます、和・・・・・お母様」
 「・・・・・」
 和季は莉洸の言葉に苦笑を零した。
サランと同じように性を感じさせない美しいその人は、今は大好きな父の妃として隣にいる。長い間、父が和季を欲していたという
事実を知った時、莉洸はようやく父が正式な妃を娶らなかったわけを知った。自分を産んでくれた母のことを思えば少しだけ複雑だ
が、それでも父に幸せになって欲しいと思うのは、自分が今とても幸せだからだろうか。
 「皆様、僕のために・・・・・本当にありがとうございます」
莉洸はもう一度一同を見渡すと、そう言って深く頭を下げた。




(莉洸様、とても幸せそう)
 稀羅の莉洸に対する愛情の深さは分かっていたつもりだが、こうして改めて見ると莉洸も稀羅を深く愛しているということがよく分
かる。
 「楽しみですね、結婚式」
 悠羽は笑いながら洸聖に言ったが、先ほど莉洸に向けた笑顔とは正反対に厳しい顔をした洸聖に気付いた。
早速王宮へと向かうために、一行は馬でそのまま王都を通っているのだが・・・・・。
(洸聖様は、あまり蓁羅の現状をお知りでないから・・・・・)
 婚儀の打ち合わせは、稀羅やその使いが光華国へとやってきて行われた。
そのせいで、洸聖が蓁羅をその目で見るのは初めてのはずだ。あきらかな光華国との国力の差をその目で見て、莉洸のことを憂
いているのだろう。
(本当に、ご兄弟の絆が深いから・・・・・)
 「洸聖様」
 「・・・・・このような国の王妃になるのか」
 「・・・・・」
 「莉洸は・・・・・その覚悟を持っているんだろうか」
 今も裸足で舗装されていない道を行き交う民。着ている服は簡素という言葉が似合わないほどに質素で、家も石造りか木で
造ったような小屋だ。
 王都でこれならば、地方に行けばさらに貧しい暮らしだろうと予想がつくだろう。
洸聖は自分達とのあまりの生活の格差に、これから莉洸が直面するであろう苦労を考えているようだ。
そんな洸聖を過保護だと悠羽は思わない。それだけ、洸聖がこの蓁羅の民のことも考えているのだと感じるからだ。
 「大丈夫です」
 「・・・・・」
 「莉洸様はもう何カ月もこの国で暮らしていらっしゃるんですよ。ちゃんと覚悟は決めておられると思います」
 洸聖が何か言いたげに視線を向けてくる。その眼差しに、悠羽は笑い掛けた。
 「明日は、心からお2人を祝いましょう」
 「・・・・・そうだな」
まだ納得はいっていないのだろうが、洸聖は悠羽に向かって苦笑交じりの笑みを向ける。自分にはきちんと負の感情を見せてくれ
る洸聖に、少しでも力付けることが出来るようにと悠羽は思った。




 光華国の王族に自国の深い所まで見られるのは、さすがにまだ少し躊躇いがある。それはあまりにも大きな国力の差からだ。
明日が婚儀という時、万が一、やはりこの結婚は白紙に戻すと言われてしまったら・・・・・自分はどうなるか分からない。
(その時は、光華国の一行を皆殺しにしてでも・・・・・っ)
 「良かった、皆が間に合って」
 「・・・・・っ」
 自分の前にいる莉洸の嬉しそうな声に、稀羅は負の方向へと沈みかけた思考を一気に浮上させた。
同じ馬上、莉洸の高揚した雰囲気は稀羅の腕に、胸に伝わってくる。稀羅にとっては国の面子を懸けた対面だったと言ってもい
いのに、莉洸にとっては懐かしい家族との再会だったのだ。
 「僕がこの国の人間になったら、皆にとっても一番近い国になるんですよね」
 「・・・・・」
 「なんだか嬉しい」
 「莉洸」
 素直な莉洸の言葉に、稀羅の心の中にも温かさが戻る。
 「皆に祝福されて、稀羅様の花嫁になれるなんて・・・・・稀羅様を想う他の方々に申し訳ないくらい」
 「私などを好いている者はいないぞ」
 「稀羅様はご自分では分かっていらっしゃらないんです!」
 「・・・・・」
(本当に、いないぞ)
関係を持ってきた女がいないとは言わないが、そんな相手もこの蓁羅の王に嫁ごうとは思っていないはずだ。
苦労が目に見えている。
贅沢が出来ない。
 様々な要因はあるものの、結局は心から自分を想ってくれる相手がいなかったという理由が一番だ。
(莉洸しか、いない)
強引に奪ったとはいえ、今では自分に思いを返してくれる莉洸。その真っ直ぐで綺麗な思いを大切にしたい。
(私は何を考えていたのか・・・・・)
 そんな大切な莉洸の大切な家族に何を思っていたのか。
稀羅は後ろ向きになっていた自分の気持ちを反省し、二度とそんなことを考えないと誓うように、莉洸の身体ごとしっかりと手綱を
握り締めた。