光の国の御伽噺














 洸英は面前の大広間をじっくりと見た。
(これは噂以上に・・・・・厳しいようだな)
王宮に着くまでの道程でも蓁羅の国情は感じ取れたが、王宮に辿り着いて直ぐその困窮具合が感じ取れた。
 援助をするのは簡単だが、長い間他国と国交を絶ってきた蓁羅の王はかなりの矜持の持ち主で、そう簡単に金を受け取っては
くれなかった。
今回は花嫁となる莉洸の名前を出して、ようやく少しは態度も軟化し、婚儀のこともあってか援助を受け入れてはくれたが、そん
なものでは到底間に合うようなものではないようだ。
 「父上?」
 洸英は自分を見上げる莉洸を見つめた。
 「・・・・・ここで、明日披露宴が行われるのか」
 「はい。たくさんの方々が来て下さるようで、僕も今から緊張してしまって」
少し恥ずかしげに目を伏せてはいるものの、莉洸はこの現状を少しも憂いてはいないようだ。
光華国の第三王子の結婚式ならばもっと相応しい舞台があるはず。洸英はそう思いながら莉洸の髪を撫で・・・・・すぐ傍にいる
稀羅を見つめた。
 莉洸よりも一回り以上年上ではあるものの、容姿も行動力も申し分ない花婿。
(それでも・・・・・面白くない)
娘がいないのではっきりとは分からないが、これが他国へ子を送り出す父の思いなのかと、莉洸には気付かれないように溜め息を
ついた。




 式はもう明日に迫っているので、王宮内は慌しい雰囲気だ。
それでも、花嫁の親族であり、大国光華国の王族を迎えることに臣下達は緊張しているようで、廊下をすれ違うだけでも立ち止
まり、震える声で歓迎の挨拶を述べながら膝を折っていた。
 これまで自国にそれほど高貴な来客はなく、浮き足立ってしまうのも仕方ないとは思うものの、明日になれば義理とはいえ親子
となる間柄の者に必要以上におもねる必要はないだろうと稀羅は思う。
 「旅でお疲れだろう。湯殿を用意させているが」
 「それはありがたい。和季、共に・・・・・」
 「王子様方と御一緒にどうぞ」
 「・・・・・」
 人形のように綺麗に微笑む愛妾の言葉には逆らえないらしい洸英は、眉を顰めながらも洸聖達に声を掛けていた。
客間でも数人が一度に入れるほどに大きな湯殿を有していた光華国には劣るものの、それでも4、5人程度ならば問題はないだ
ろう。
何より、湯殿の数は限られているのが現状で、家族とはいえ他の者と共に入るという高貴な身分の者達らしからぬ行動は、こちら
の方が助かった。
 「では、私達も別に頂きましょうか?」
 一方では、皇太子妃悠羽がそう切り出している。
 「莉洸様も御一緒に」
 「いいのですか?」
 「大勢の方が楽しいでしょう?」
 「はい」
 「稀羅様、よろしいでしょうか?」
莉洸の承諾を受けたとはいえ、稀羅に伺いをたてる悠羽の心遣いに、思わず苦笑が零れてしまった。
 「莉洸も久方に家族と会えるのを楽しみにしていた。明日の婚儀は色々と慌しくなってしまうが、今夜はどうか共に過ごしてやっ
て欲しい」
 「もちろんです」
 悠羽が莉洸の手を掴むと、莉洸もしっかりと握り返している。
王子達とは違い、こちらの方が本当に花のようだなと、稀羅は大きな声で案内の召し使いを呼んだ。




 豪奢な造りではないものの、広さはある湯船にゆっくりと浸かりながら、洸竣は少し離れたところに身を沈めている兄の顰め面を
見て笑い掛けた。
 「悠羽殿と入りたかったんですか?」
 「・・・・・馬鹿を言うな」
 「それでは、なぜそのような顔をなさっているのです?明日は莉洸の婚儀なのですよ?笑って祝福をするのが我らの務めではあり
ませんか?」
 「そのようなこと、分かっている」
 「・・・・・」
(もしかしたら、兄上も父親のような気分でいるのかな)
 可愛い莉洸を嫁に出す複雑な思いを抱いているのかと思ったが、しばらくしてパシャッと湯で顔を洗った洸聖は洸竣の予想以外
の言葉を口にした。
 「思った以上に・・・・・国情は大変らしいと思ってな」
 「これでも、以前よりは随分と改善されたようですが?」
 「・・・・・その以前の状態を知るのが恐ろしいくらいだ」
 兄の心配は洸竣もよく分かる。
今は愛情で気持ちが満たされていても、このままの蓁羅では莉洸はこの先随分と苦労するだろう。
(稀羅王も頑固な方だからな)
 光華国の助言もあり、様々な貿易も行って国力は上向いてきているものの、他国と肩を並べるまでには相当な時間が掛かりそ
うだ。その間、莉洸はいったいどんな生活をするのか、既に稀羅に嫁に出したようなものなのだが、心配は尽きないのだろう。
 「稀羅王は莉洸を飢えさせることはないでしょうし、大切に守ってくれるでしょう」
 「・・・・・」
 「あれ程焦がれて、自分が欲した相手なのですからね」
 「愛情があるのは分かる。あれ程の男がなぜ男の莉洸を王妃に迎えようとするのかは分からないが・・・・・」
 「兄上と一緒ですよ」
 「何?」
 「相手を愛したからです。なあ、洸莱もそう思わないか?」
 一人、黙って湯に浸かっていた弟は、それでもそうですねと答えた。
 「私も、分からないではないんだがな」
自分と同じような性格の父も肯定する。
 「・・・・・お前は、本当に気軽だな」
しかし、兄だけはそう言って・・・・・ただ、呆れたような言葉を言うものの、それが兄の照れ隠しだということは十分に分かった。
(それ程恥ずかしい言葉でもないと思うけど)
華やかな恋の遍歴を持つ洸竣にとっては、愛という言葉は耳に心地良い。堅物の兄は何時になったらこの言葉に慣れるのかな
と思いながら、洸竣は悠羽に期待しようと思った。




 「ぼ、僕、背中お流ししますっ」
 「え?そんなのいいよ」
 「させてくださいっ」
(何かしていないと落ち着かなくって・・・・・っ)
 高貴な人と共に湯を浴びるなど、それが世話をする目的ならばまだしも、同じに湯船に浸かるなどもっての外だった。
しかし、悠羽は全く頓着せずに誘ってくれ、莉洸もサランも一緒にと言ってくれて、一応湯殿には共に入ったものの・・・・・やはり、
何もせずに湯に浸かっていることは出来なかった。
 「軽くでいいよ」
 「はい」
 黎は悠羽の背中を布で擦る。悠羽は顔のそばかすを気にしているようだが、それと比例するように肌はとても白く、まるで子供の
ように滑らかだ。
(何より、心がとても綺麗な方だし)
 「ん、もういいよ」
 元々、悠羽は何でも一人で出来るので、世話をされることに慣れないらしい。サラン相手ではまた違うだろうが、早々に黎のくす
ぐったい手付きから逃げ出したかったようだ。
 「次は莉洸様っ、黎が呼んでいますよ」
 「僕?」
 「は、はいっ、背中を洗わせてください」
 「ありがとう」
 さすがに世話をされることに慣れている莉洸は、そう言いながら湯船から上がった。
戸惑うことなく背中を向けてくれるが、それでも一言礼の言葉を言うのが大国の王子らしからないなと感じる。
(あ・・・・・)
 そして、黎は見付けてしまった。服を着ている時は分からなかったが、華奢な白い背中に幾つか散っている赤い痕。これが何な
のか、自身も付けられた覚えのある黎は直ぐに分かって、自分の方が恥ずかしくなってしまった。
(そ、そうなんだよね)
 稀羅と莉洸を見れば、どちらが愛される側か一目瞭然で、その莉洸の身体に愛の行為の痕があったとしても全然不自然なこ
とではなかった。
 「黎?」
 不意に手が止まってしまった黎を振り返り、莉洸がどうしたのと訊ねてくる。黎は慌てて首を横に振った。
(平常心、平常心)
召し使いである自分が、仕える相手の性生活のことなど想像するなど不敬なことだ。何度も自分自身にそう言いきかせ、何とか
莉洸の背を洗うと、今度は和季へと視線を向ける。
 「和季様、あの」
 「私はいい」
 「で、でもっ」
 「私も、まだ仕える側だから」
 美しい和季に、にっこり笑ってそう言われては強く進めることも出来ず、チラッとその隣にいるサランに目を向ければ、ゆっくりと首を
横に振られてしまった。
 途端に何をしていいのかも分からなくなり、布を持ったままその場に跪いてしまった黎は、いきなり後ろから抱きつかれて驚いた。
 「な、何ですかっ?」
 「今度は黎の番」
 「あ、あのっ」
笑いながら黎の手から布を取った悠羽が、黎の背中を見て急に声を上げる。
 「黎っ、背中に赤い痣があるけど、大丈夫?」
 「えっ?」
その言葉に、黎は焦って見えない自分の背中に視線を向けようと必死になった。