光の国の御伽噺














 自分の指摘に、黎は全身を赤く染め、身体を小さく丸めて俯いている。
(そんなに恥ずかしがることないのに・・・・・)
洸竣があれだけはっきりと黎との関係を公言しているのだ、2人が恋仲だということは宮殿の中の者は皆知っているし、いずれ、結
婚するだろうということも思っていた。
 ただ、普通の民だった黎にとって、そういう関係を表に出すことはとても恥ずかしいものらしい。
身体の関係もとうにあるというのにいまだ初々しい様子で、悠羽はそんな可愛らしい黎をからかいたくなってしまった。
 「はっきりとした痕・・・・・最近抱かれたんだ?」
 「あ。あの・・・・・」
 「洸竣様は優しくして下さっている?黎はこんなに細いんだから、無茶をされたら大変・・・・・」
 「お、お先に失礼しますっ」
 いきなり立ち上がった黎はバタバタと湯殿から飛び出していった。
呆気にとられたようにその姿を見送る悠羽の手から布を取り、優しくその腕を洗いながらサランが笑う。
 「あまりからかっては可哀想ですよ」
 「・・・・・だって、可愛いから」
苦笑しながら言う悠羽に、今度はサランがからかうように言ってくる。
 「悠羽様の身体には痕がないようですが?」
 「え・・・・・と」
 生真面目で、悠羽のことを心から大切に思ってくれている洸聖は、蓁羅への旅程や婚儀の出席のことを考え、悠羽の身体に
負担にならないようにと少し前から身体を合わせることを見合わせている。
 身体を合わせることの温かさと熱さを知っている悠羽にとって、その禁欲期間は少しだけ寂しいと感じるものの、それでも眠る時
は抱き合っているし、口付けも出来るので、その気持ちは本当に小さなものだ。
 一方で、性に奔放な洸竣は自分を抑えることはないようだ。あれだけはっきりと痕がついているということは、旅立つほんの数日
前にその腕に抱いたということだろう。
 「愛情表現はそれぞれだな」
 自分の身体に痕がないからといって、洸聖の愛情が洸竣のそれに劣るとは思わなかった。
 「・・・・・ええ」
 「サランは?」
 「私のことは気に留めていただかなくてもよろしいですよ」
 やんわりとそう言われ、悠羽もそれ以上聞くことが出来なかったが、サランと洸莱、2人共感情表現が乏しい中、どんな風に愛を
語らっているのか少しだけ興味はある。
(・・・・・下世話かも)
悠羽は自分の考えを打ち消し、優しいサランの手に目を閉じて身を任せた。




 旅の汚れと疲れを洗い流した一行に、稀羅はささやかながら宴を催したいと申し出た。
婚儀を明日に控え、用意出来る食事などは全て招待客用にとしてあったが、莉洸の身内であり、どこか対抗心を抱く光華国の
王族に何も準備が出来ないとは思わせたくなかった。
 何とか、形だけは整えられるという報告を受けた稀羅は、洸英にその旨を告げる。しかし・・・・・。
 「いや、ありがたいが、今宵は遠慮をしておこう」
洸英はゆったりとした笑みを浮かべたままそう言い、今日はこのまま休ませてもらおうと告げる。
 「・・・・・」
 「稀羅殿?」
 「・・・・・もしや、遠慮されているのでしたら」
 蓁羅の国状を考えた上でそう言うのならば大きな侮辱だと思った。
 「いや、違う」
 知らずに硬い表情になった稀羅の言葉を即座に打ち消した洸英は、その隣に控えている莉洸に穏やかに話しかけた。
 「二人の気持ちはとても嬉しいが、もう夜が明けてしまえば婚儀だ。そなた達の一世一代の晴れの日を前に、余計な気を遣って
もらう方が心苦しい」
 「・・・・・」
 「もしも、既に私達のための宴の準備をされているのならば、それは明日の披露宴で頂こう。たった半日だ、料理の味が落ちるこ
とはないだろう?」
 「洸英王・・・・・」
 大国の王らしからぬ言葉だったが、その洸英の発言には他の者達も少しの異存もないらしい。
贅沢三昧の生活をしているわけではないようだ(莉洸を見ていれば多少は分かったが)と、改めてその心根を覗き見た気がした稀
羅は、少し考えた後ゆっくりと頭を下げた。
 「心遣い、感謝致します」
 「ははは、今からそんなに硬くては、父上の相手などとても出来ないよ、稀羅」
 「・・・・・洸竣殿?」
 「対外的にはともかく、身内しかいないここならば、あなたは私の弟の夫、つまり義弟となるのだから、そう呼ばせてもらうよ?」
 年上の方には失礼かもしれないがと言う洸竣は、言葉ほどにはとても悪いとは思っていないようだ。
稀羅がどんな反応を示すのだろうかと反対に楽しんでいる様子に、稀羅も口元を緩めて言い返す。
 「遠慮なさらず、義兄上」
 「・・・・・なんだか、居心地が悪い気がするんだけど」
 自分よりもはるかに年上の男に義兄上と言われ、洸竣は秀麗な眉を顰めている。
その表情が可笑しいと稀羅の隣にいる莉洸はクスクスと笑い始めた。最近は稀羅の前でもよく笑顔を見せてくれるが、大切な家
族が傍にいる今、何時も以上に安心しているのだろう。
(・・・・・しかたない、か)
 冗談好きの光華国の第二王子の相手は少々厄介だが、莉洸のこの笑みを見れるのならば我慢出来る程度だ。
明日の式を控え、緊張していた莉洸も心穏やかになれるだろうと、稀羅はその肩をしっかりと抱き寄せながら笑みを浮かべた。




 それぞれが用意された部屋にさがった。
洸英は自分の衣の始末をしてくれる和季のしなやかな背をじっと見つめる。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 しばらくじっと見ていても、和季はなかなかこちらを振り向いてはくれない。洸英は根負けしてしまってその名前を呼んだ。
 「・・・・・和季」
 「はい」
 「私の視線は感じないか?お前の身体を焼くほどに見つめているのだが」
そう言うと、和季はゆっくりと振り返った。
夜着に着替えた和季は、昼間の硬質な雰囲気を一変させて随分と艶っぽく見えてしまう。自分がそう見るからかもしれないが、ど
ちらにせよ、こんな和季を見ることが出来るのは他にはおらぬと目を細めた洸英は、和季に向かって手を伸ばした。
 「・・・・・」
 和季は躊躇うことなく歩み寄り、その手を取る。
その瞬間に腕を引くと、和季の細い身体は簡単に洸英の手の中に落ちてきた。意味深に腰から尻を撫で上げ、衣の隙間から手
を差し入れれば、
 「洸英様」
やんわりと、その手を止めてくる。
 「明日は莉洸様の婚儀です」
 「分かっておる」
 「では、今宵はこのまま傍で寄り添って眠りましょうか」
 「寄り添うだけか?」
 「もちろんです」
 眉を顰めて睨んでみせても、自分のことをよく知っている和季は少しも引くことはない。愛する者に無理を強いたくはない洸英は
それでも、式が終わった後は覚悟をしておけと言い放ち、可愛くないことを言う唇を奪った。




 悠羽の世話を終えたサランは、洸莱の部屋の扉を叩いた。
 「サラン」
 「よろしいでしょうか」
 「もちろん」
一応、サランと黎には召し使い用の部屋が用意されていたし、悠羽も一緒に寝ようかと誘ってくれたが、新婚の悠羽の部屋には
邪魔は出来ず、黎も洸竣に引きづられるように行ってしまった。
 サランは一人で過ごそうかとも思ったのだが・・・・・式を翌日に控え、莉洸のことを兄弟の中で一番慕っていた洸莱がどんな気持
ちなのかと気になってしまい、夜分遅くと思ったものの訪ねてきたのだ。
(落ち着いていらっしゃるようだけれど・・・・・)
 「心配をしてくれたのか?」
 「え?」
 「サランは優しいから、私のことを気に掛けてくれたのだろう?」
 「・・・・・そんなことを言うのは洸莱様だけです」
 感情の揺れが全くない、冷たい人間だとはよく言われるが、優しいなどとは・・・・・いや、光華国に来てからは、そんな気恥ずか
しい言葉をよく掛けてもらう気がする。
 共に育った悠羽は別にして、知り合ってまだ間もない相手が自分を信頼してくれるのはとても不思議な気がするものの、それを
嫌だと思うことは無かった。
 「・・・・・良かった」
 「え?」
 「洸莱様の表情が穏やかで」
 「・・・・・そんなことを言うのは、サランと莉洸くらいだ。私は彫刻で作ったような顔だと言われていたから」
 それはきっと、サランと同じような意味なのだろう。表情の変化が乏しい者同士(こう言ったら恐れ多いが)、言葉の解釈が出来
てしまうのが少し可笑しいが、可笑しいと思えること自体幸せなことだと思えた。
 「少し、寂しいとも思うけど、莉洸が幸せならいい」
 莉洸のことを考えているのか、洸莱の顔がさらに優しくなる。そんな顔をさせる莉洸が羨ましいと感じるが、洸莱はそんな自分に
直ぐに言葉を継いでくれるのだ。
 「でも、私にはサランがいるから」
 「洸莱様」
 「私が幸せなように、莉洸も幸せになって欲しい」
 「・・・・・はい」
 こんなにも心穏やかに、誰かの幸せを願えるという自分が嬉しい。そして、自分にこんなふうに誰かを思える気持ちをもたらしてく
れた洸莱が愛おしい。
(明日・・・・・心から祝福しよう)
洸莱にとって大切な兄の晴れの日を、サランも心から祝いたいと思った。