光の国の御伽噺
7
稀羅と莉洸の婚儀当日。
まだ夜が明ける前に、莉洸は目が覚めてしまった。
「・・・・・稀羅様?」
しかし、隣に寝ているはずの稀羅の姿が見えず、莉洸の口から零れる声は自然と不安なものになったが、よく考えれば昨日就
寝前に言われた言葉があった。
「明日は夜明け前から婚儀の儀式を行わなければならない。お前は衣月が呼びに来るまでゆっくりと休んでいるがよい」
「もう、儀式が始まっているんだ・・・・・」
昨日は父や兄弟達が来てくれたという喜びと興奮と共に、婚儀への不安があってなかなか寝付けなかったが、稀羅はそんな莉
洸をずっと抱きしめてくれていた。
本来、王と王妃の部屋は別で、王が夜通うことになっていたらしいが、稀羅は何時でも自分の目が届く所にいて欲しいと言って
くれたし、莉洸も稀羅の傍にいる方が安心出来たので、今、王の部屋は2人のものになっている。
部屋を広くしようかという案も出たものの、そんな資金は勿体ない。
それに、重厚で無骨な造りの部屋は稀羅そのもののような気がして、莉洸はかなり気に入っていたのだ。
(僕、ここで待ってるだけでいいのかな)
ここは光華国とは違うので、婚儀の儀式の仕方も違う。
自分がしなければならないことは前もって知らせて貰ってはいたし、稀羅の行う儀式も知っていたつもりだが、莉洸は急に1人にされ
た心細さを感じていた。
トントン
その時、扉が叩かれた。
「失礼いたします」
穏やかで静かな口調でそう言いながら扉を開けたのは衣月だ。
「おはようございます、莉洸様」
「おはよう。ごめんなさい、僕、今起きたばかりで・・・・・」
まだ顔も洗っていないと恥ずかしくなって俯くと、何時もは冷静沈着な衣月の笑む気配がした。
「稀羅様は、莉洸様をゆっくりと休ませるようにとおっしゃられていました。最低限の儀式は行いますが、元々、我が国で王の正
式な婚儀を挙げるのは今回が初めてで、どこからが正式なのかというのはこちらの心づもりなのですが」
「あ・・・・・そうだったよね」
蓁羅自体建国は浅く、その間に王になった者には正妃はいなかった。
今回、自分と結婚する稀羅がその初めての王なので、儀式についても多少は融通が効くのかもしれない。
「莉洸様」
ぼんやりとそんなことを考えていると、不意に衣月がその場に跪いた。
「このたびの御成婚、心より祝福致します」
「衣月・・・・・」
「何卒、我が王稀羅様と生涯添い遂げて頂きますように」
「・・・・・ありがとう。蓁羅にとって良い妃となるよう、そして、稀羅様を支えていけるよう、僕も努力したいと思っています」
そう言って、莉洸は頭を下げる。
今までずっと稀羅を支え、守ってくれた衣月に対する敬意だった。
本当は、この結婚を反対すべき立場なのかもしれない。
敬愛する稀羅の血を後世に残すためには、子を産むことの出来る女性が正妃となるべきだった。せめて、稀羅が妾妃を傍に置い
てくれるのならばまた話は違うだろうが、きっと・・・・・稀羅はこの大国の王子以外を腕に抱くことは無い。
稀羅にとって唯一無二の存在。しかし、それがたとえ男であったとしても、こうして目の前に現れてくれたこと自体奇跡だ。
(そして、この方は稀羅様を癒し、愛して下さる)
だからこそ、自分は心から祝福することが出来た。
「身体を清めるために湯浴びをしていただきます」
「湯?水ではなくて?」
「水はお身体に悪いでしょうから」
それも、稀羅の心遣いだ。
「私と共に来ていただけますか」
「え・・・・・っと、このままでいいの?」
「湯浴びの後、衣装に着替えられますから」
「そうだね」
頷いた莉洸を従えて部屋を出る。いよいよ、蓁羅国国王の婚儀の始まりだ。
簡単な朝食を用意され、それを食べた後に悠羽達はそれぞれの部屋で婚儀に出席する衣装に着替える。供の中には化粧を
施す者や仕立て屋も同行しているので、自分達ですることはあまりなかったが。
「何もお手伝いすることは無いのでしょうか」
「向こうがそう言っている」
「でも・・・・・」
悠羽自ら動くのはおかしいかと思い、サランを使いに出してこちらが出来ることを訊ねた。しかし、あちらの返事はただ祝福をして
もらえればいいというもので、それは当り前なのかもしれないが悠羽は落ち着かない。
髪を結ってもらいながら洸聖に訴えたのだが、既に支度を済ませた洸聖は苦笑しながら続けた。
「全て自分達でしたいということだろう。私達は手出しをしない方がいい」
「・・・・・」
(それは分かっているんだけど・・・・・何だか少し寂しい、かな)
「目を開けてもよろしいですよ」
その言葉に悠羽は瞼を開く。
「ありがとう」
自分の容姿の平凡さを自覚している悠羽だが、次期光華国の王になる洸聖の恥にならない程度には、支度を整えてもらうと助
かる。
「洸聖様、おかしくはありませんか?」
「・・・・・」
「洸聖様?」
「・・・・・愛らしい」
「・・・・・また。最近、洸聖様は口が上手くなられましたね」
自分のことを可愛いなどと言うのは洸聖くらいだ。気恥ずかしさと、それ以上の嬉しさに、悠羽は顔が熱くなってくるのを感じた。
言葉を惜しまなくなった洸聖は、装った自分にだけではなく、普段の姿でもこんな風に言うので、なんだか自分が日に日に容姿が
変わるような錯覚さえ覚えてしまいそうだった。
「洸聖様の隣にいてもおかしくは無いですか?」
「私の隣に、お前以外の誰がいるという」
そう言って手を引かれ、そのまま強く抱きしめられる。
「このまま、お前を可愛がってやりたいくらいだ」
「・・・・・っそ、それは、駄目です!」
「分かっている。私も莉洸の晴れの日を、お前と共に祝いたい」
案外あっさりと抱擁を解いた洸聖に、悠羽は少しだけ寂しいと感じてしまった。
「おはようございます、父上」
「今日は天気も良さそうだな」
花嫁側の控室に黎を伴った洸竣がやってきた時、既に父と和季の姿があった。
(何時もの面倒くさがりの性格は出てこないようだな)
さすがの父も、可愛い息子の結婚式には落ち着かない気分なのだろう。特に、第三王子の莉洸を可愛がっていた父の心境は、
きっと洸竣にも計り知れないものがある気がした。
「いよいよですね」
「出来れば今でも反対したいくらいだがな」
「そんなことをすれば莉洸が泣きますよ」
「分かっているから口には出さない」
あっさりとそう言う父に光俊が思わず噴き出した時、軽くドアを叩く音がして洸莱とサランが姿を現した。
両性であるサランは、今回和季と共に女性用の衣装を着ている。和季は父の事実上の妻という立場であったし、やがてサランと
結婚するであろう洸莱のためにも、彼を男性よりは女性と認知されていた方が後々問題がないからというのは父の意見だ。
洸竣は、ただ父が着飾った和季の姿を見たいだけではないだろうかと思ったが、目の保養として身近に美しい存在がいるのは大
歓迎だ。
(ただ、私は黎を女装させようとは思わないがな)
和季やサランの作り物めいた美貌とは違うものの、黎も愛らしい容貌であるが、彼の性別を偽ってまで女を傍に置いておきたい
わけではない。それならば始めから、男の黎ではなく、女の手を取った。
「義母上も相変わらずお美しく」
「洸竣」
「何ですか、父上?」
「お前は黎だけを見ていればいい」
「・・・・・」
(なんと・・・・・まるで子供のような独占欲を持たれているとは)
あれだけ女遊びが激しかった(人のことは言えないが)父親の和季への傾倒ぶりは、傍から見ていればおかしくてたまらない。
いや、あれはもう1人の自分の姿か。
「言われなくても。私の目には黎しか映っておりませんよ」
「わっ」
そう言いながら黎を背後から抱き寄せると、不意をつかれた黎の身体はあっさりと自分の胸の中へと落ちて来る。
「お、お放し下さい!」
「そんなに恥ずかしがらなくても」
「そ、そうではなくてっ」
「・・・・・兄上、せっかくの黎の衣装が皺になってしまいます」
慌てる黎をからかっていると、冷静な末の弟が静かにそう言ってくる。
「はいはい」
もちろん、今直ぐ黎をどうこうするつもりなどなく、笑いながらその身体を解放してやると、黎は慌てたように洸竣から離れてサランの
背後に隠れてしまった。
(それほどに嫌がらなくてもいいと思うのだが)
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