光の国の恋物語














 翌日、早朝から馬を飛ばし続け、洸聖と洸竣が幾つかある国境の門の中でも、一番北にある門に着いたのは既に夕刻にな
ろうとしている頃だった。
 「この分では、今日はこの街に泊まることになるな」
 うっすらと色が変わり始めた空を見ながら洸竣が聞いてきた。
既に相手方が来ているとしても、女連れで馬を飛ばしても日を越してしまうだけだろう。
(全く、無駄な時間を・・・・・)
どうせならば勝手に王宮まで来てくれれば良かったのにと思うが、今更言っても仕方が無いことだろう。
洸聖は溜め息をつきながら馬を歩かせ、2人の王子の出現に緊張している門番に声を掛けた。
 「そこの者、北の国奏禿からの御使者はいらっしゃったか?」
 「あ、い、いえ、来られてはおりませぬ」
 「・・・・・まだ?」
 約束の時間はとうに過ぎており、本当は洸聖達の方が遅れているはずだった。
さすがにそれはまずいと、かなり馬を走らせたのだが・・・・・。
(日時は間違いはないはずだが・・・・・)
洸聖自身が相手方と連絡を取っていたわけではないが、優秀な臣下が手配したことに間違いがあるとは思えなかった。
 眉を顰めた洸聖がもう一度門の外に目を向けた時、微かな砂埃が見えた。
 「・・・・あれか?」
 「へえ〜・・・・・随分と走らせてる。女なのに結構な使い手だな」
感心したように洸竣が呟いたが、その言葉の通り馬はかなりのスピードで走っているようだ。
(かなりのじゃじゃ馬か)
更なる溜め息が漏れる洸聖だが、今更引き返すことなど出来るはずがない。
 「・・・・・」
 「あれが、兄上の花嫁か」
なぜか楽しそうに呟く洸竣の言葉が、洸聖には遠く響いた。



 それほど待つことも無く、やがて国境の門の前まで2頭の馬が走ってきた。
(茶馬か・・・・・)
近くで見たその様子に、洸聖は改めて厳しい視線を向けていた。普通ならば、王族や貴族が使うのは白馬か黒馬で、茶馬は
庶民が使う馬だ。
仮にも第一王女が、それも嫁いで来るこの大切な場面で、茶馬に乗ってくるとは・・・・・。
その上、輿入れというのに花嫁道具というものは見当たらない。馬にくくり付けている荷物も僅かなものだ。
(噂以上に貧困な国なのか)
分かっていたこととはいえそれが本当に現実だったのだと、洸聖は改めて確信した。
 「・・・・・ようこそ、悠羽殿。私があなたの夫となる光華国の皇太子、洸聖です」
 硬い口調のまま、それでも形通りの挨拶をした洸聖の言葉を受けて、馬上の人影が地に下りた。
厚いフード付きのマントを被っている2人の顔は俯いた状態なのでなかなか見えない。
 「お初にお目にかかります。こ方が我が奏禿の第一王女、悠羽様でいらっしゃいます」
涼やかな声がし、1人が深々と頭を下げた。
 「そなたは?」
 「悠羽様付きの侍女、サランと申します。これからは姫様と共に御国にて過ごす故、よろしくお願い致します」
 「!」
サランがフードを取って姿を見せた時、さすがに普段驚くということがない洸聖も、色々な女と遊び慣れている洸竣も、そのあまり
の美貌に声を失ってしまった。
珍しい・・・・・というか、今まで見たことも無い輝く銀髪の長い髪に、透き通るような空と同じ蒼い瞳・・・・・通った鼻筋も、紅い
唇も、まるで作ったかのような完璧な美貌だった。
ゆっくりと向けられる眼差しにも、滴るような色気があったが、醸し出す全体の雰囲気はまるで聖女のように清らかで、そのアンバ
ランスさが更にサランの存在を不可思議なものとしていた。
 「丁寧な言葉を感謝する」
 やっと、衝撃から立ち直った洸聖が口を開いた。
侍女がこれ程の美貌ならば、その主人たる王女は更に輝くような容姿をしているのだろう。
洸聖自身、人の美醜には特に思うことは無いが、仮にも傍に置いておくとすれば美しいものの方が目にいいだろうと思った。
 「長旅、ご苦労だった」
 「いいえ、王子自らのお出迎えに感謝いたします」
 「我が花嫁の為だ」
 「恐れ入ります」
 「・・・・・」
 サランと対応しながら、洸聖の視線はその後ろに控えているもう1人の人物に向けられていた。
女にすれば背の高い方だろうか、フードからは茶色の髪が覗いている。
(大人しいのか・・・・・それとも反発しているのか・・・・・)
悠羽は既に生まれた瞬間から、洸聖の許婚として定められた運命だった。小国である奏禿が大国光華の決定事項に反発出
来るはずもなかったとは思うが、いざ輿入れの段階になって思い立つことがあったのだろうか・・・・・。
なかなか顔を見せず、挨拶もしない悠羽に、洸聖は顔を顰めて自分から悠羽に近付いた。
 「顔を見せてはもらえぬのか?」
 「洸聖様、姫様はお疲れの為、今日はどうかこのままお許しを」
 洸聖と悠羽の間に立ちふさがるようにして言うサランにチラッと視線を向けるが、初対面での衝撃が収まった洸聖にその微笑
みは通じなかった。
 「悠羽殿」
 「・・・・・」
 「そなたの夫となる私に、顔を見せることもしないのか?」
 「・・・・・っ!」
 そう言うなり、洸聖は悠羽のまとっているマントを剥ぎ取った。
 「何をするっ?」
現われたのは・・・・・痩せた少年だった。
そう、全く女には見えない少年だ。
肩までの髪は艶も無く、見える首筋も腕も華奢で細い。顔立ちは悪くは無いが、痩せているせいか目だけが目立って大きく見
え、色白のせいでソバカスも目立つ。
どこからどう見ても、少年っぽい少女ではなく、子供のような少年だ。
これでは、サランの方が王女で、この少年が召使だと言った方が十分通用するだろう。
 「・・・・・そなた、まこと悠羽殿か」
確かめるように聞く洸聖の言葉の中に、まさかという侮蔑の響きを感じ取ったその主は、薄茶の瞳に強い意思の光を込めて、
洸聖を睨むように見上げながら言い放った。
 「・・・・・いかにも!私は奏禿の第一王女、悠羽だ」
 発する声は、少し低いが女と思えないことも無い声だ。
それでも、その容姿は間違いなく女ではない。
 「・・・・・男だったのか・・・・・」



奏禿の第一王女、洸聖の許婚であるはずの悠羽は・・・・・女ではなく男だった。