光の国の恋物語
2
悠羽は元々奏禿の正妃の子ではない。しかし、妾妃の子というわけでもなく、悠羽の出生にはごく限られた人間しか知らな
い事情があった。
奏禿は貧しく小さい国であったが、穏やかな王の支配の下、国民達も貧しさを楽しさに変えて生活をしているような国だった。
そんな王には5年前に迎えた妃がいたが、仲睦まじいながらもなかなか世継ぎが生まれず、まだ若いのだからとのんびり構える王
とは違い、王妃は焦ってしまった。
見合いで結ばれたとはいえ、王妃は王の人柄を愛しており、このまま子が出来なかったらと・・・・・どんどん悪い方へ考えていき、
ある日唐突に思い付いた。
自分が産むことが出来ないのであれば、誰かに王の血を引く子を産んでもらうしかないと。
しかし、王妃を大切に想う王は妾妃を迎えることを良しとせず、思い余った王妃は自分の世話をしてくれていた侍女をその相
手に指名した。
侍女は王妃よりも3歳年上のしっかりとした性格の主だったが、敬愛する王妃の代わりは出来ないと固辞し、王も首を横に振っ
た。
だが、王妃の決意は固く、それが駄目ならば離縁するとまで言い出したので、王はこう提案した。
3回だけ、その侍女に精を注ぐこと。
それで子が出来なくても、もう他の女を抱くことはしないと。
そして・・・・・その3回の情交で、侍女は王の子を身篭った。
ただ、話はそこでは終わらなかった。
世継ぎを産まなければならないという使命感から解放されたせいかなのか、王妃もまた・・・・・懐妊したのだ。
本来ならばめでたい事だが、王は侍女の腹から生まれるはずの子の立場を思い悩んだ。王妃に詰め寄られたからといって、情
を交わし、自分の子を身篭っている相手をどうしたらいいのか・・・・・。
結論を出したのは、侍女だ。
たとえ数ヶ月早く生まれる自分の子が本来ならば世継ぎであるとしても、正妃の産む子の方が正しく王位継承権を持つ存在
だとし、もしも自分が王子を産んだとしても、その子は王女として公表して欲しいと言った。
もちろん王は難色を示し、そもそもの元凶の王妃も首を横に振ったが、結果的には母親となる侍女の言葉の通りにすることに
した。
数ヶ月後、先ず侍女が出産した。
生まれたのは王子だったが、奏禿は国内外に王女誕生とし、名を悠羽とした。
更に数ヵ月後、王妃が産んだのも王子で、こちらは皇太子悠仙(ゆうぜん)と発表した。
腹違いとはいえ兄弟の仲は良く、王も王妃も2人の子を区別することなく育てた。
国内では何の問題も生まれることは無かったが、奏禿の国自体には一つ大きな懸念が残った。
それは、悠羽の誕生を公表してしばらくし、大国である光華から皇太子の許婚として指名されたことだ。
対外的には王女でも、悠羽は間違いなく男だ。それに、たとえ本当に王女だったとしても、奏禿と光華では余りに国力が違い
過ぎ、片身の狭い思いをすることは確実だった。
だからというわけではないが、いずれはその婚約は解消されるだろうと、奏禿はもちろん、他の国も大方の予想をしていた。
悠羽も、物心が付いてその事実は聞かされていたが、身分の違いと、なにより自分は男なのだということに、ほとんど許婚という
立場を気にすることはなかったのだが・・・・・。
「輿入れ?」
2ヶ月前、20歳の誕生日を迎えた悠羽の元に、光華からの使者がやってきた。
それは皇太子洸聖との婚儀の打ち合わせの為だった。
「・・・・・わ、私は、まだ洸聖様の許婚であったのですか?」
それまで、光華からの特別な恩恵などなく、許婚である洸聖自身にも会ったことがない悠羽にとって、光華との許婚の約束
はとうに破談になったものだと思っていた。
それは父である王も、義母である王妃も、そして母である侍女も思っていたことで、使者を迎えた奏禿側の人間はただ途惑っ
てその口上を聞くしかなかった。
「2ヶ月後に、我が光華にお越し願いたい。花嫁道具はいっさい不要、悠羽様におかれましては、全てを我が国で準備させ
て頂きたく存じます」
その夜、王は家族と側近を前に、苦渋の表情のまま言った。
「仕方あるまい。光華には真実を話して、この話は無かったことにしてもらおう」
「しかし、王、さすれば光華からどのような報復があるか・・・・・」
「何を言う!悠羽に男に嫁げと申すのか!」
悠羽の義弟、悠仙が大声で叫んだ。
自分達の出生の事は、10歳の時に知った。
しかし、悠仙はショックを受けるというよりも、悠羽が姉でないことの方が嬉しかった。
明るく元気で、気が強い・・・・・そんな悠羽に憧れていた悠仙は、悠羽が女ではないと分かった途端、同じ男同士としての遊
びや勉強が一緒に出来ると喜び、2人の兄弟仲は本当に良かった。
「悠仙・・・・・」
「悠羽、光華に行くことはないぞ!私達とずっと一緒にいればいい!」
悠羽はじっと、周りを見つめた。
(決めるのは・・・・・私次第なんだ・・・・・)
きっと、ここにいる家族や臣下達は、悠羽が嫌だと言えば無理に光華に行かせることは無いだろう。
家族思いの父は、どんな報復を受けようとしても悠羽を守ってくれるはずだ。
「・・・・・」
悠羽は弟を振り返る。
なぜか成長不良の自分よりも、縦も横を大きく育った同い年の弟。
この弟の為にも、奏禿は守らなければならないと思った。
「父上、私、行きます」
「悠羽っ?」
「どうして!」
「・・・・・確かに、私は男です。ですから、皇子にはこの身体を見られるわけにはまいりません。ただ、この通り私の容貌は欲を感
じさせるものでもなく、皇子もわざわざ私のような者を相手にしなくとも、他にお相手がいらっしゃることでしょう。そのうち、このような
女は正妃にしてはおけぬと、離縁してもらえれば・・・・・」
「・・・・・悠羽、そなたにそんな屈辱的なことは・・・・・」
「よくお考え下さい、父上。今この縁談を断れば、我が奏禿はたちまちの内に光華の支配下に落ちてしまいます。貧しいながら
も穏やかで平和なこの国を、戦火の炎に焼かせることは出来ません」
「・・・・・」
「大丈夫です、父上」
そして2ヶ月後、たった一人の侍女を連れて悠羽は大国、光華へと旅立った。
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