光の国の恋物語
10
「悠羽様、どちらにおいでに?」
夕食を済ませた後、湯殿に行ったはずの悠羽が寝巻きに着替えないままなのを見て、サランは細い眉を顰めて聞いてみた。
「この後、洸聖様のお部屋を訪ねるんだ」
「洸聖様の?」
「婚儀のこととか、色々相談しないといけないだろう?長くなるかもしれないし、終わったら直ぐに眠れるように先に湯を使った
んだ」
「私もご一緒致します」
「私1人で行くと約束したんだ。サランも慣れない場所で疲れているだろう?先に休んでいていいよ」
「・・・・・」
一見して、何の不思議も無い理由だ。
それでも、サランには妙な胸騒ぎがして仕方が無かった。
(あの方・・・・・本当に悠羽様のことを考えて下さっているのか・・・・・?)
光華国に来てまだ数日。
それでも、侍女であるサランの耳には、王宮に仕える者達の様々な噂は少しずつ耳に入ってきていた。
本当は、洸聖はまだ結婚する気はないらしいこと。
取りあえずの正妃に悠羽を迎えて、結婚しろと煩い周りを抑えようとしていること。
結婚は・・・・・義務だということ。
(あれ程断った悠羽様を本当に望まれて迎えてくださるならまだしも、単に周りを牽制する為だけに傍におこうなどと・・・・・)
サランは、今日の昼間、まだ慣れない王宮の案内を自らかって出てくれた洸莱の言葉を思い出す。
「兄上は、誰かを愛するという意味をご存じないはずだ」
まだ16歳、サランよりも6歳も年少の少年の言葉はなぜか重く、サランは悠羽がどういった立場で迎えられたのかをヒシヒシと重
く感じた。
(悠羽様は、私がお守りしないと・・・・・)
しかし、やはりはっきりと歓迎されていないことを悠羽の耳に入れることは出来ず、結局サランの説得の言葉は甘いものになっ
てしまう。
今も、必死で同行を求めるサランに、悠羽は幾分強い口調で言った。
「サラン、私は洸華国に王女として嫁ぐ為に参ったが、1人の人間として洸聖様に対したいと思っている。男同士の結婚など、
本当はとても愚かしいことだけど、我が奏禿の為、そして、第二の故郷になるこの光華の為にも、私達はお互いをよく理解し合
わないと駄目だと思うんだ」
「悠羽様・・・・・」
「それに、心配はいらない。洸聖様はわざわざ私に手を出すほどに飢えてはいらっしゃらないだろうし、第一私が男だという事
は洸聖様もご存知だ」
「・・・・・」
周りに大切に育てられた悠羽は知らないのだ。
男でも、男の身体を蹂躙することが出来るということを。
サランを説得するのに少し時間が掛かってしまい、悠羽が洸聖の部屋を訪れたのは既に夜も更けてしまった頃だった。
「遅くなったな・・・・・」
(話は明日にして頂こう)
悠羽にとっては兄弟と同じくらい大切な存在のサランがあれ程止めるのだ。たとえそれが杞憂だとしても、今は見知らぬ国で過
敏になっているサランに心配は掛けたくない。
「・・・・・」
悠羽は洸聖の部屋のドアの前に立つと、軽く二度ドアを叩く。
少し、時間を置いて、ゆっくりとドアは開いた。
「随分ごゆっくりのお越しだ」
洸聖も既に湯を浴びたのか、濡れた髪を軽くかき上げながら悠羽を見下ろしている。
その服が既に寝巻きになっているようだと思った悠羽は、そのまま思っていた時間変更を提案した。
「申し訳ありません。せっかくお待ち頂いているとは思いますが、もう夜も更けてしまいましたし、明日でもお時間を取って頂け
ないでしょうか」
「・・・・・立ち話では埒が明かぬ。先ずは中へ」
「はい」
部屋の中は、一国の皇太子の私室とは思えないほどにシンプルで簡素だった。
広い部屋には、必要最小限の家具。しかし、それらが随分上等な素材で、しっかりとした職人の手で作られているようだという
事は分かる。
見掛けに惑わされないようだと、悠羽は好感を持って思わず笑みを浮かべた。
(もっと、煌びやかなものだと思っていたが・・・・・)
「悠羽殿」
「あ、はい」
悠羽は呼ばれるまま部屋の奥に入り、ガッシリと丈夫そうなイスに腰掛けた。
「・・・・・湯には浸かられたのか?」
「え?あ、はい。直ぐに休ませて頂けるようにと・・・・・」
「それは好都合」
「・・・・・好、都合?」
ゆっくりと近付いてきた洸聖は、イスに座っている悠羽を真上から覗き込んだ。
「そなたの立場は分かっておられるか?」
「こ、洸聖様?」
(何を言ってるんだ?)
「そなたは私の妻としてこの光華国に嫁いで来られた。さすれば・・・・・そなたにどんな真似をしようとも、夫が妻にすることに咎
めはないだろう」
「・・・・・!」
言葉と同時に伸びてきた手を、悠羽は信じられないものを見たように目を見開いて見つめた。
「何をする!」
見掛け通りに貧相な身体は、思わず片手でも持ち上げられるのではないかと思うほどに軽く、洸聖はまるで子供に手を出し
ているような錯覚に陥りながらも、その身体を広い寝台の上に放り投げた。
多少荒い手段を用いても相手は男だ、壊れることは無いだろう。
「洸聖様!」
「・・・・・」
「乱心されたか!私は男だ!」
「・・・・・男でも、私の花嫁には違いが無いだろう」
「!」
(そのように驚いたような顔をして・・・・・少しも予想していなかったのか?)
夜、男の寝所を訊ねるなど、何をされてもいい証ではないか。
もちろん、悠羽は男で、同性である洸聖に手を出されると想像していなかったことは考えられるが。
「少しは楽しませてくれ」
「ひゃあ!」
胸元に手を入れ、そのまま寝巻きを引き裂く勢いで前を開くと、まるっきり色気の無い声を上げた悠羽が身を隠すように背中
を向けた。
しかし、洸聖はその勢いを借りて背中から服を引き剥がし、瞬く間に悠羽は上半身裸になってしまう。
「・・・・・骨と皮だな」
「・・・・・っ」
思いがけず白くて綺麗な肌をしているが、20歳にしては痩せて小さな子供のような身体だ。
見たままの感想を漏らした洸聖の言葉にからかわれていると思ったのか、悠羽は耳ばかりか背中一面を赤く染めて身体を小さ
く丸めてしまった。
そんな悠羽の素直な反応に、洸聖はなぜか・・・・・ドクッと心臓が高鳴ったような気がした。
(まさか・・・・・な)
誰かを抱くのは初めてではない。
もちろん相手は女だが、どんな相手に対しても洸聖は我を忘れたことなどはなかった。身体を重ねるという行為は単なる欲求
の解消で、将来王妃となる相手に対してだけに精を吐き出すものだということも分かっている。
だからこそ、今子を産むことも出来ない仮の妻である悠羽に、それも飛びぬけて美しいわけでも、素晴らしく綺麗な身体をして
いるわけでもない悠羽に欲情を感じ、精を注いでしまいたくなったのは・・・・・きっと、気のせいなのだろう。
「悠羽、今宵、そなたを私の妻にしてやろう。私の精を受け入れることが出来るのを光栄に思いなさい」
「・・・・・っ!」
洸聖は笑う。
自分の心の中に生まれてしまった思いに目を瞑り、全てを自分の思いのままにしようという当初の目的を達しようとして。
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