光の国の恋物語














 「お帰りなさいませ、洸竣様」
 「お帰りなさいませ」
 「お飲み物は・・・・・」
 「いらぬ、構うな」

 王宮に戻ってきた洸竣は、ずっと難しい顔を崩さないまま直ぐに自室に入った。
(あやつ・・・・・俺の手を拒んだ)
どう考えても、あの場で正しいのは自分だったはずだ。
しかし、庇ったはずの少年・・・・・黎は、自らを卑下した雇い主の側に付いた。その後、その雇い主も改まったきちんとした礼をと
り、あの場は別れてしまったが。
(俺と、あの男と、何が違う?)
 洸竣は、けして自惚れの強い愚かな人間ではないつもりだが、どうしても今回の黎の行動には納得が出来ない。
 「・・・・・調べさせるか」
あのまま別れて終わりにするなど、洸竣はとても出来そうに無かった。



 「何があった?」
 専用に用意された自室に戻ろうとした悠羽は、その途中廊下で洸聖に呼び止められた。
(向こうから声を掛けてくるなんて・・・・・相当気になってるのかな)
街から戻って直ぐ、3人は政務室にいた洸聖にその旨を告げに行った。
その時は何も言わなかった洸聖だが、出掛ける前と後と、弟達の様子が変化したことに気付いていたのだろう。
 「・・・・・さあ、私には何のことだか」
 確かに、出来事としてはそれ程大きなことだとは思えなかった。
暴れ馬がいて、莉洸が助けてもらい、その馬を手離した持ち主が現われ、無礼な態度を取った主を洸竣が叱責した。
要約すればそれ程に短い話なのだが、悠羽も一国の王女(王子)、莉洸を助けた男のことは引っ掛かっていた。
(チラッと見ただけだが、赤い目をしていた・・・・・)
 角度の違いから、洸竣は気付かなかったかもしれないが、悠羽には莉洸を助けていた男の顔が一瞬だがはっきりと見て取れ
た。
珍しい、燃えるような赤い瞳。その瞳を持つ男のことを悠羽は聞いたことがあった。
 「悠羽殿」
 考え込んでいた悠羽は、不意に肩を揺すられて慌てて顔を上げた。
 「なんでしょうか」
 「私の質問に答えなさい」
 「ですから、私には何のことだか・・・・・心当たりがありません」
高圧的に言ってくる洸聖ににっこり笑いながら言葉を返すと、洸聖は秀麗な眉を細め、悠羽の肩に置いた手に更に力を込めて
きた。
 「・・・・・っ」
 「私はそなたの夫となる男だ。その私に言えない話などあるというのか」
 「・・・・・」
 「そなたの正体、皆にばらしても良いのだぞ。さすれば奏禿は光華を謀ったとして、かなり危うい立場になると思うが・・・・・それ
でも良いのか?」
 「・・・・・」
(脅しか。姑息な・・・・・)
 多分、この男は一度口にしたことは必ず実行する男のはずだ。
自分自身はどうなっても覚悟は出来ている悠羽だが、家族や国の民を思えば自己の思いだけで行動することなど出来ない。
多分に洸聖に対して思うところはあっても、悠羽の方から折れるしかないのだ。



 「・・・・・赤い目?」
 面白くなさそうな顔をしていた悠羽だったが、その説明は理路整然とした分かりやすいものだった。
 「それはまことか?」
 「今、この場で虚言を言う必要がありましょうか?」
確かに、いきなり付いた嘘としては問題が大き過ぎる。
(赤い目・・・・・まさか、蓁羅の王か?)
隣国・・・・・とはいえ、元は光華国の領土でもあった蓁羅の今の王、稀羅は、確か赤い目を持つ大柄な男と聞いていた。
今のところ洸聖自身は直接会ったことは無いが、即位式に出席した折の父の言葉、

 「蓁羅は巨大な力を持ったやもしれん」

を聞いた時、いったいどんな男なのだろうかと気にはなっていたのだ。
元々の豊かな土地柄と利便性で国が栄えた光華国とは違い、これでもかという悪条件の上で成り立っている蓁羅。
しかし、新しい王になってから数年、蓁羅は主な貿易の主軸だった武力だけではなく、商工業も着実に伸びているという報告
を受けている。
(しかし、まさか王がたった1人の供しか連れず、敵国ともいえる我が国に潜入するか?)
洸聖は自分ではとても考えられないと思う。
 「ありえないな」
 「・・・・・」
 「きっと、そなたの見間違えであろう」
 結果は、そういう結論でしかない。
常識的に考えればそうとしか思えず、洸聖はそのまま悠羽に背を向けて歩き出す。
すると、
 「洸聖様」
 そんな洸聖に、悠羽が静かに言葉を掛けた。
先程は自分から呼び止めたのだが、悠羽から声を掛けられると面倒くさいと感じてしまい、洸聖は足を止めないままで言った。
 「すまぬが、政務が滞っておる」
 「今のあなたが次代の王となるのならば、光華の未来は暗闇に閉ざされてしまいかねない」
 「・・・・・」
聞き流せないほどの強い調子の言葉に、洸聖の足が止まった。
 「全て自分だけが正しいとは思わないでくださいませ。世には不思議で常識外のことが山ほどございます。安全で快適な王宮
の中でしかものを考えていないのならば、あなたの世を見る目はきっと生温く腐っていくだけでしょう」
 「悠羽殿っ」
 これまでに投げかけられたことの無い程の侮辱的な言葉だった。
幼い頃から賢いと誉れ高く、大人とも堂々と渡り合ってきた。そんな自分に対して、たとえこの場に自分達以外の人間がいない
としても、妻となるはずの者がこれ程痛烈に批判してくるとは・・・・・。
(いや、こやつは女ではない)
 切り札は、自分の方が握っているのだ。
(さて・・・・・どうしてくれようか・・・・・)
このまま男と公表して国に帰したとしても、悠羽にとっては温かな家族の元に帰るだけで何の痛手にもならないだろう。
元々こちらの方から辞退していた奏禿に勝手に許婚を決めてしまったということもあり、本来は光華国としては奏禿に責めを負
わせられるかという事は微妙なところだった。
それに、洸聖としては国に対してというよりも、生意気な口をきく悠羽自身を懲らしめたいのだ。
(・・・・・)
 「悠羽」
 いきなり名前を呼び捨てにされ、悠羽は何事かと眉を顰めている。
 「もっと、そなたの話を聞きたい」
 「え?」
 「今夜、私の部屋を訪ねてきてくれ」
 「・・・・・部屋に?」
 「私にはなかなか意見を言ってくれる相手がおらぬからな。そなたの話は興味深かった」
その言葉に、悠羽の顔には途惑いが色濃く表れた。どうしたらいいのかと迷っていることが良く分かる。
洸聖はもう一押しだと言葉を続けた。
 「仮にも婚儀を挙げるのだ。その後のことも打ち合わせをしておかねばならぬだろう」
 「・・・・・そう、ですね」
男という立場で花嫁となることについて、悠羽も色々と考えることがあるのだろう、洸聖の言葉にゆっくりと頷いた。
 「それでは、夕食の後に」
 今度こそと背を向けた洸聖の頬には、うっすらとした笑みが浮かんでいる。
(そなたの男としての矜持・・・・・粉々にしてやろう)
 「所詮は私には敵わぬと思うだろう」
無視しようと思っていたはずの男の花嫁を、洸聖は本当の意味で自分に従順に従う妻にしてやろうと思った。