光の国の恋物語
103
「時間があるのならば、私の部屋に遊びにおいで」
朝食を取る時、別行動をするという洸竣と黎の話を聞いた悠羽がそう言ってくれた。
黎としても、この王宮内で一番心が休まる悠羽やサランのいる場所へと行くことが一番だったが、婚儀を間近に控えて様々な準
備で忙しいということも知っているので、簡単に頷く事は出来なかった。
それでもぜひにと言ってくれる悠羽に対して、後で出向くと約束した黎だが、どこへ行くでもなく自分の部屋で1人考えていた。
「どうしよう・・・・・」
(洸竣様は、どう思われているんだろう・・・・・)
今までの黎ならば、考えたくないことには目を瞑って時が過ぎるのを待っていたが、今回はそれまでとは違っていた。黎は逃げずに
考えなければと思っているのだ。
「・・・・・すまぬ、黎。私は間違ったようだ」
洸竣のあの言葉はいったいどういう意味があるのだろうか。自分の行動を間違いだと言ったのか、それとも黎を好きだと思っていた
という言葉そのものを間違いだというのか?
「・・・・・」
洸竣の想いが自分に向けられていなかったら・・・・・そう思うと、なぜか胸が苦しくて辛い。
そう思う自分の方が勝手だとは思うが、洸竣の言った言葉を全て無かったことにはしたくない。
(僕は、我が儘になっているのかも・・・・・)
こうして欲しいと誰かに望むことなど今までなかったのに、何時の間にか自分の心は贅沢になっているようだ。
黎は溜め息をつくと、窓の外に視線を向けた。
先程から悠羽が何度も扉に視線を向けている。
サランはそれが両手で数え切れないほどの回数になった時、仕方ないと苦笑を浮かべながら言った。
「気になさっているのですか?」
「え?」
「何度も扉をご覧になられている」
「・・・・・そうだった?」
自分では気付いていなかったのか、サランがそう指摘すると悠羽は目をパチパチと瞬いて驚いて見せた。
表情の豊かな悠羽だからこそよく分かるのだという言葉は言わないまま、サランも扉の方へと視線を向ける。その向こうには人の気
配は感じられなかった。
「様子を見てきましょう」
「あ、サランッ」
「私も気になるので」
朝から元気が無い黎を気にしていたのは悠羽だけではなかった。サランも、元気が無い・・・・・どちらかといえば洸竣の一挙一動
を気にしているような黎が気になっていたのだ。
(何かあったわけではなさそうだが・・・・・)
肉体的な接触があったようには見えない。
多分、誰とも身体を重ねたことが無いであろう黎ならば、洸竣と何かあったら悠羽のように翌日足腰が立たない状態になっている
はずだ。
「・・・・・いいのか、サラン」
「手が空いているようでしたら、茶にでも誘いましょう」
「・・・・・うん、ありがとう」
どんなことに対してもきちんと礼を言ってくれる悠羽に静かに微笑むと、サランは悠羽の部屋から出て行った。
皇太子である洸聖の部屋で暮らすようになった悠羽と、洸竣の世話をする黎の部屋はかなり離れている。
一括りに王宮といっても、大小の棟が連なってそう言うのだ。
(先ずは部屋に向かうとしよう)
初めて訪れる者は迷いそうな複雑な回廊を歩いていると、ふと向こうからやってくる人影が目に入った。
「・・・・・」
(あの方は・・・・・)
「和季(わき)殿?」
昼間の、こんな明るい王宮内で見掛けるはずが無いその人物は、現王洸英の影、和季だった。
歴代の王全員に付いていたわけではない、現王洸英にしても3代ぶりに付く影の和季。確か彼は莉洸が稀羅と共に光華国を
旅立った頃から姿を見せなかったが、洸英の勅命で国外にいると聞いた気がする。
・・・・・いや。
(何時の間にか姿が見えなくなっていて・・・・・その理由をこちらが勝手に考えていた?)
「サラン」
低くも無く、高くも無い、抑揚さえない和季の声。
感情が出難いと自覚する自分よりも遥かに無機質な雰囲気を纏っている和季は、サランの言葉に立ち止まって視線を向けてき
た。
「どちらに行かれていたのですか?王が困られていたのではないでしょうか」
「私がいると王がお困りになる」
「それは、どういうことでしょうか」
「そなたは分からなくても良い」
「和季殿」
「私と同じ性を持つそなたとは、もっとゆっくりと話がしたいと思っていたのだが・・・・・どうやら、そなたには私の言葉など不要のよ
うだ」
淡々と話す和季の言葉のほとんどの意味が分からない。
それでも、何か言わねばと心が急いてしまった。こんな風に感情を揺さぶられるなど、悠羽のこと以外ではもしかすれば初めてかも
しれない。
「和季殿、少しお時間を。私はあなたと話がしたい」
「サラン、そなたと私は同じ性なれど、その立場はまるで違う。王の手足として必要とされている私と、心からの愛情を欲されて
いるそなたと」
和季の綺麗な青い目が、じっとサランの顔を見つめている。
よく見れば、自分とよく似た目の色だ。自分の方は少しくすんだ蒼の色で、和季の方は澄んだ空の青色。
しかし、どちらに生気が・・・・・と、いうより、人間味があるかといえば、和季よりは自分ではないかと思ってしまった。それ程に和季
の目の色は美しく、作られたような色だった。
「サラン、そなたは目の前にある手を逃さぬように」
そう言うと、そのまま音も無く和季はサランの横を通り過ぎてしまった。
「悠羽様!」
「え?」
常に無い大きな声で名前を呼びながら部屋に駆け込んできたサランを、悠羽は驚いたように振り返った。
「ど、どうした、サラン、黎に何かあったのかっ?」
黎の様子を見てくると言って出て行ったはずのサランのその様子に、悠羽は黎に何かあったのではないかと危ぶんだ。
しかし、サランは直ぐにいいえと首を振ると、そのまま悠羽の手を取って懇願する。
「お願いでございます、直ぐに王の部屋に!」
「王・・・・・って、洸英様の?」
「そうですっ。側付きでもない召使の私が、いきなり王の私室を訪ねることは出来ませんっ、早くっ、早くお願い致します!」
「サ、サラン、いったいどうしたんだ?」
これ程動揺しているサランを見るのは初めてで、悠羽は自分までもどんどん不安になっていった。どうして黎の部屋ではなくて洸
英の部屋なのか、いったい何があったのか説明が欲しくて、悠羽はサランに掴まれている腕を振り解くと、反対に自分がサランの
腕を掴んだ。
「落ち着け、サラン!!」
「・・・・・っ」
「急いでいるのは分かるが、少しは説明してくれなくては私も動けない。いったい王の部屋に何をしに行くつもりなんだっ?」
「あ・・・・・はい」
悠羽の剣幕に一瞬言葉が詰まったらしいサランは、何度か深呼吸を繰り返してから頭を下げた。
「申し訳ありません、取り乱してしまいました。・・・・・今しがた、回廊で和季殿とお会いしたのです」
「ワキ?・・・・・あ、王の影の、和季殿?」
「そうです。普段は王の側に寄り添い、滅多に姿を見せないはずの和季殿がなぜそこにいたのか・・・・・。彼は何も言いませんで
したが、私には分かったのです、悠羽様」
「分かっ・・・・・た?」
「同じ性を持つ者同士、心の中が見えるのです。和季殿は、王宮から、この洸華国から離れようとしておられます。悠羽様、ど
うか和季殿をお止め下さいっ」
「サラン・・・・・」
(同じ性って・・・・・では、和季殿も両性ということか?)
こんなにも間近にサランと同じ身体を持つ人物がいるとは思わなかった悠羽は驚いたものの、直ぐにサランの腕を掴んで部屋から
飛び出した。
「急ぐぞ、サラン!」
詳しい事情はまだ良く分からないまでも、サランが初めて言ったといってもいい願いを悠羽は叶えたかった。
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