光の国の恋物語
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洸聖と洸英の親子の会話にはらはらしながら、悠羽の視線は自然と和季の方へと向けられていた。
洸英の力強い腕に抱きしめられている和季は、洸英の暴言にさすがに戸惑っている様子が見えた。もちろんその表情に明確に
表れているわけではないが、揺れる青い瞳が垣間見えるのだ。
(でも、王は喜んでおられるようだし・・・・・)
息子である洸聖を挑発するように睨み、暴言を吐いている洸英の瞳はなぜか嬉しそうに細められている。
その理由が何なのか、悠羽は今にも洸英に向かっていきそうな洸聖の身体を引きとめながら考えていた。
「父上は、人を人とも思っておられぬのかっ?」
「これは人ではない、私の影だ」
「影でも、生きている人間でしょう!」
「生かすも殺すも私次第だ。これを人間にも、人形にも、どちらにも出来るのは私だけだ」
「・・・・・」
(酷い・・・・・けど・・・・・)
洸英の言葉は、とても思いやりを含んでいるとは思えない。それでも・・・・・その言葉の中に、激しいほどの執着と愛情を感じる
のはなぜだろう?
(もしかして王は・・・・・)
悠羽は顔を上げた。
(なぜ、父上は和季を解放してやらないっ?)
この光華国にとって、影がどれ程の重要な位置にいるのか、洸英は分かっているのだろうか?
若い頃は、確かに手先となる信頼する部下は少なかったはずで、それらを取りまとめ、洸英の政策を強く後押しする和季は、政
をする上において欠かせない存在だったというのは想像出来る。
陰でずっと洸英を支えてくれていたはずだが、実際になかなか姿を現さない影が秀麗な美貌の主だと知った時、洸聖はそれま
で漠然と憧れを抱いていた影という存在が妙に現実味を帯びて自分の感情を揺さぶった。
まさか、その上、洸英の閨の世話もしていたというのは・・・・・さすがにそれは、洸聖も成人するまでは知らなかったことだった。
それを知ってから、洸聖はまともに影を見ることが出来なくなっていたが・・・・・。
「父上」
「出て行け、洸聖」
「父上、お聞き下さいっ」
「これは夫婦の問題だと言っただろう」
「夫婦?とてもそうは思えません。父上が和季を愛しているとは・・・・・っ!」
そこまで言った洸聖は、妙に楽しそうな表情になった父・・・・・洸英に気が付いた。
つい先程までは、かなり切羽詰った表情だったのに、どうしてこんなにも鮮やかに表情を変えたのだろうか。
「変わったな、洸聖」
「・・・・・なんですか」
「以前のお前ならば、男の和季を妻と呼ぶなど言語道断だと言っただろう。だが、今お前の口から出るのは和季を思い遣った
言葉ばかり・・・・・。お前にとって、悠羽は良い影響を与えているようだ」
「・・・・・っ」
「悠羽」
「は、はい」
「洸聖とお前が婚儀を挙げれば、私は近いうちに退位しようと思っている」
「!」
その言葉に驚いたのは悠羽だけではない。
洸聖も突然の父の言葉に驚いたように目を見張っている。
「父上っ、何を突然・・・・・っ」
「悠羽と出会う前のお前は、まだ若くて譲位は早いと思っていた。だが、今のお前を見ていれば、立派にこの光華国を背負って
いけると確信している」
「父上・・・・・」
「洸聖、私はもう、政を挟んで和季と向き合いたくはないのだ。朝も、昼も、夜も、愛しいこの身体を抱きしめていたい。分かる
であろう?今のお前なら」
「・・・・・」
一国の王である前に、ただの男でいたい。
確かに以前の洸聖ならばとても信じられないその言葉も、今ならば少しは・・・・・分かる気はする。
洸聖も、もしも悠羽と政のどちらを取るかと言われたら、直ぐに政とは言えなくなっていた。
(私が、この光華国の王に・・・・・?)
いずれは自分が継ぐことは自覚していたが、それがこんなにも早く来るとは想像もしていなくて、洸聖は気持ちがドキドキと落ち
着かなくなってしまった。
「・・・・・っ」
そんな洸聖の腕を、しっかりと掴んでいる者がいる。
振り向いた洸聖の目に映ったのは悠羽だ。
「悠羽・・・・・」
そう、自分には悠羽がいる。自分は1人で立っているわけではないのだと、洸聖は悠羽の顔をじっと見つめた。
自分の全く思い掛けない方向に話が進み、サランは表情には出ないものの内心動揺していた。
(王が、このように和季殿を想っていらしたとは・・・・・)
女遊びが激しく、とても和季を大切にしているとは言い難く見えた洸英だが、どうやらそれは子供っぽい意地から始まったようにし
か思えなかった。
それまでの遍歴に比べ、洸英がかなり子供っぽく、和季も頑固な為に、話が最悪の方向へ向かってしまったようだ。
人騒がせなと言えばそれまでなのだが、これ程に熱い告白をされて、和季はいったいどうするだろうか。
「サラン、そなたは目の前にある手を逃さぬように」
サランに向かって、穏やかに声を掛けてくれた和季。
その言葉がまるで永遠の別れのように聞こえて、サランはどうしても引き止めなければと思った。
そうでなくても、自分と同じ身体・・・・・両性具有の身体を持つ者とは初めて会ったのだ。とにかく、落ち着いて、ゆっくりと話したい
と、サランは悠羽の助けを借りようとした。
結果、洸聖も現れ、話は王位継承にまで及んでしまったが、サランは気付いた。洸英に抱きしめられている和季の表情が柔ら
かいのを。
自分達のような性を持つ者はそうなのかもしれないが、自分も和季も感情の起伏が乏しい。その乏しい表情の中で、こんな風に
嬉しさが垣間見えるとは・・・・・。
(和季殿も、本当は王を・・・・・)
(・・・・・愚かな方だ。私のような者に、そのような想いを・・・・・勿体無い・・・・・)
和季は嬉しくて、悲しかった。
光華国の王洸英にとって、自分はただの影・・・・・当然のごとく政を助け、その身体さえも捧げる、光華国の王に忠実なだけの影
のはずだった。
本来ならば、名前さえも呼ばれぬままその一生を過ごし、仕える王の命が尽きるか、自分の命が尽きるどちらかまで、ただひたす
らに仕える一生を宿命付けられた自分が誰かに、光華国の王に、愛を告げられるなど想像も出来なかった。
「和季」
「・・・・・」
「和季、今の私の言葉が聞こえたか」
「・・・・・はい」
「私は、たとえお前が光華国王の影を辞したとしても、この手を離すつもりは無い。このままお前の身体を拘束してしまうぞ」
「王・・・・・」
(私を困らせないで欲しい・・・・・)
和季は、これまでの歴代の影達に準じるつもりだ。
感情が無いと思われているかもしれないが、自分から影の存在意義を変化させる事は怖かった。
(やはり、私はここにいない方が良い)
「王、王のお気持ちはとてもありがたく思いますが、私には勿体無いお言葉でございます。どうか、このままお捨て置きください」
「ならぬ」
「・・・・・では、仕方ありませぬ」
洸英に手は出したくなかったが、このままの体勢でいることも出来ず、和季は最小限の動きで洸英の手を自分の腕から外させる
と、そのまま身体を反転させて洸英の後ろの位置を取った。
剣や、小刀などは持ってはいないが、そのまま首筋に突き当てた鋭い爪は、何時でも洸英の首を切り裂く事が出来た。
「・・・・・私の命が欲しいのか」
「いいえ、王。私はあなたに1日でも長く生きて欲しいと思っています」
「では、これは何だ?お前がもしも一緒に死んで欲しいというのならば、喜んでこの命などくれてやるものを」
「・・・・・」
「和季!」
焦ったように悠羽が声を掛けてくる。
「和季、その手を離せ」
洸聖が、厳しい視線を向けて言う。
「和季殿」
サランの表情の中に、焦りの色が見える。
和季は皆の顔を見つめて、初めて鮮やかな笑みを浮かべて言った。
「私は、こうして何時でも王の命を狙うことが出来る。こんな危険な人間は、王のお側に置かない方がいいでしょう?」
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