光の国の恋物語
107
和季の方が洸英よりも小柄であるし、華奢な肢体をしているが、その体格差をものともしない華麗な動きにはそこにいた者達
皆目を奪われてしまった。
だが、和季に鋭い爪を突きつけられている当人、洸英の顔には、驚きも恐れの表情も浮かんでいない。
「和季っ!」
「王に刃を向ける者は、どのような立場、理由であれ、厳罰を持って処する」
和季は淡々と言葉を継いだ。
「洸聖様、どうぞ拘束を」
「だが・・・・・」
「こういう場面で情けは無用。いずれ国の頂点に立たれる方は、いざという決断は毅然となさらなければ」
「・・・・・っ」
その言葉は、昔帝王学を教えてくれた師と同じ言葉だった。
洸聖は一瞬唇を噛み締めたが、直ぐに大きな声で叫んだ。
「衛兵!和季を拘束せよ!」
王である洸英の部屋の前には常に衛兵が立っている。
今までの騒ぎを扉の向こうでオロオロと聞いていたが、洸聖の叫びに慌てたように部屋の中に入ってきた。
「洸聖様っ」
「この者が王の首筋に刃を向けた」
「や、刃・・・・・」
「しかし、そこにおられるのは和季様で・・・・・」
衛兵達は、洸英と和季がどんな関係なのかを薄々知っている。深夜、王の部屋に入っていく和季を何度も見送っていたのだ。
それに、和季は誰が見ても洸英に命を掛けて忠誠を誓っていて、光華国の今を築いた一端でもある人物のはずだ。そんな関係
の2人が揉めるなど、とても信じられないのだろう。
「そ、それに、和季様は刃など持たれては・・・・・」
「・・・・・これを」
直ぐに動かない衛兵達に向かい、和季はゆっくりと洸英の首に爪を走らせる。するとその後に赤い線が現れた。鋭い爪先で皮
膚が1枚切れたのだろう。
「私の爪は、十分殺傷能力がある。早く拘束をしなさい」
「・・・・・」
洸英は黙って、衛兵に後ろ手に縄を巻かれて拘束される和季を見つめていた。
和季ほどの腕ならば、あんな甘い縄の掛け方では直ぐに解くことが出来るはずだが、和季は大人しく衛兵に連れられて行った。
王への暗殺未遂は極刑にも値する重罪で、今から和季は地下牢へと入れられ、審議を待つことになる。
(そうまでして・・・・・私を拒絶するのか、和季・・・・・っ)
あれ程に言葉に尽くしても、それでもなお背を向けた和季に、洸英は頑なな決意を見た。
「父上」
「・・・・・よい、あの判断は正しい」
「・・・・・」
「審議は速やかに。私は参加しないが・・・・・報告は全てが決定してからでいい」
「父上!」
「今宵は外に出る」
誰かに、甘やかして欲しかった。
あの冷たく綺麗な存在が手に入らないのならば、その相手はもう誰でも構わない。
半ば自棄になってしまった洸英は、唇を引き結んで部屋から出て行った。
一瞬のうちに和季が拘束され、そのまま部屋の外に連行され・・・・・洸英も出て行ってしまった。
どうしようと悠羽は洸聖を見上げるが、洸聖も硬い表情になっている。
「洸聖様、和季殿は、彼はいったいどういった罪に処されるのでしょうか」
和季が本気で洸英を殺そうとしたわけではないとそこにいた者は皆分かっているが、きっと和季はその口で暗殺に失敗したと言
うだろう。
私欲の為か。
それとも、未来の光華国の為か。
理由はどうとでもつけられる。そして、多分極刑という絶対的な逃げ場を得るに違いない。
「常ならば、極刑にしなくてはならないだろう」
「・・・・・っ」
「大丈夫だ、絶対に死なすことは無い」
「洸聖様・・・・・」
「近く私とお前の婚儀がある。その祝いの恩赦と称して極刑は必ず回避させる。だが・・・・・国外追放はやむおえまい」
国の最大の慶事の一つでもある皇太子の結婚。
その祝いの為に、それまで罪を犯して服役をしている者達は少しずつ罪を免除される。
まさか和季はそこまで考えてはいないだろうが、結果的に和季は当初訴えていた通り、影の任を辞して洸英の前から去ることにな
るだろう。
「洸聖様、王があれ程和季殿を好いていらっしゃるのに、どうして和季殿は受け入れて差し上げないのでしょうか」
「・・・・・私から見れば、2人共頑固者だ」
「頑固者?」
「父上は、断られることを恐れて求愛を滞り、長い間和季を蔑ろにして女遊びを続けた。和季は、影という立場に固執するあま
り、父の求愛を拒み続け、やがて女へと走った父上を見てやはりと納得をしてしまった。どちらも・・・・・子供だ」
「洸聖様・・・・・」
「どちらにせよ、今は何とも動けない」
洸聖は溜め息をついた。
「私は今から大臣達と協議をしなければならない。影を裁くなど前代未聞のことでもあるし・・・・・しばらくは慌しくなる。悠羽」
「は、はい」
「大人しくしているように」
自分が思いつく前に釘をさされてしまい、悠羽は思わず眉を下げた情けない顔になってしまった。
影の拘束。
光華国の国民にもほとんど知られていない影の存在だが、王宮内・・・・・それこそ政に関わっている者達にとっては影の存在はと
ても大きなものだった。
昔から大国と言われていた光華国だが、その国を更に豊かに発展させたのはもちろん洸英の王としての力量であるが、影の力も
かなり大きかったのだ。
「・・・・・」
王宮の中がざわめいている。
サランは顔には出さないものの、どうにか和季と会えないだろうかと焦っていた。
刑が決まって、そのまま国を出て行ってしまう前に、もう一度和季と話をしたい。同じ身体を持つ者として・・・・・。
「サラン」
「・・・・・」
「サランッ」
「・・・・・洸莱様」
全く名前を呼ばれていたことに気付かなかったサランは、大股に廊下を歩いてくる洸莱を呆然と見つめた。
「考え事をしているようだったが・・・・・」
「・・・・・」
「影のことか?」
「・・・・・はい」
幾ら政に関わっていない未成年の洸莱でも、今王宮を騒がせているのがどんなことなのか分かっているのだろう。
聡明そうな瞳を僅かに曇らせて、洸莱はサランに言った。
「三日後、刑罰が決まる」
「そんなに、早く?」
「影が急いで欲しいと訴えているようだ。兄上も、不要に長引かせる事はしたくないらしい。・・・・・サラン、影に会いたいのか?」
「・・・・・会いたいと、思っています。私と同じ身体で、私以上に長い間生きてきたあの方に、私はどうしても話がしたい・・・・・そ
の思いを聞きたいのです」
「・・・・・分かった」
「洸莱、様?」
「私と一緒ならば地下牢にも入れるだろう」
あまりにもあっさりと言い切られ、サランは戸惑ってしまった。幾ら王子とはいえ、罪人に勝手に会うことなど許されるのだろうか?
もしもそれで、洸莱に何らかの罰がと思うと、サランは直ぐに頷けない。
「しかし、そのようなことをして・・・・・」
「私も聞いてみたいんだ。サランと同じ身体を持つ影の本当の気持ちを」
「洸莱様・・・・・」
サランは様々な思いが胸の中を巡ってしまい、ただ洸莱の目を見つめ返すことしか出来なかった。
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