光の国の恋物語





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 この国で犯罪を犯した者は、通常裁所(さいじょ)という、刑を述べ、執行する場所へと連行される。
鞭打ち100回から、採掘場での強制労働、国外追放など、罪の大きさで罰は異なり、最大の罰・・・・・死刑というものも刑罰
の中にはあった。
 死罪は、多数の人間を殺したり、国に対して反逆を企てた者が受ける罰だ。
それ程の重罪を犯した者は、裁所ではなく、離宮の地下牢に隔離され、そのまま刑を執行されるのが常だったらしい。
しかし、洸英が即位してからは死罪となる罪人は出ていなかった。それ程この光華国は豊かであったし、洸英を追い落とそうとす
る者達は現れなかったということだ。

 何十年ぶりかに開けられた地下牢。
その中に、王の半身ともいえる影が入るのは何という皮肉だろうか・・・・・。不甲斐無く一切の権限を放棄してしまった父王洸英
に代わり、洸聖は手続きの書面に名を書きながら溜め息を押し殺した。
(あのように細くか弱い者が、長い間地下牢に入っていても大丈夫なのだろうか・・・・・)
 和季が見掛けとは違い、精神も肉体も強いことは知っている。それでもあの見掛けなので、洸聖は拘束する場所を変えた方
がいいのではないかと思い始めた。
 「・・・・・」
 その時、執務室の扉が叩かれ、中に洸竣が入ってきた。
 「兄上」
 「どうした」
 「影の反乱を見ることが出来なかったのか悔しくて」
 「・・・・・」
洸聖は書面から目を上げた。
面白そうな響きの言葉通り、洸竣の顔は笑っている。
 「笑い事ではないぞ、洸竣」
 「でも、私は影の・・・・・和季の味方だから」
 「・・・・・それは、私もだ」
 父と和季、2人の間に何があったのかは分からないが、洸聖と洸竣が一番多感な時を女と遊び歩いていた父親よりも、側にい
て抱きしめてくれた和季の方を慕ってしまうのは仕方が無いだろう。
 洸竣も自分と同じように、父と和季の本当の関係を知ってからは距離を置くようになったものの、和季は変わらずに大事な位置
にいる存在のはずだ。
 「お前は心配ではないのか?」
 「万事、兄上が上手くやって下さると思っていますし」
 「・・・・・」
 「それに、兄上と悠羽殿の結婚の恩赦で死罪にはならないでしょう?・・・・・国外追放くらい、ですか?」
 「・・・・・ああ」
皮肉にも、それは和季が望んでいることだ。
 「それで?父上はどちらに?」
 「町に下りるとおっしゃった。新しい女でも見付けに行くのだろう」
 「・・・・・そんなことをしても、乾いた喉は潤うことはないでしょうけどね」
 口元に笑みを浮かべた洸竣は、色事に関しては多分自分よりも場数を踏んでいるだろう。父と似ていると称される弟をじっと見
ていた洸聖は、ふと頭の中に浮かんだ面影を口にした。
 「お前、黎とはどうなっている?」
 「・・・・・っ」
 「あれだけ兄の前で堂々と想いを述べたくせに、あれから少しも変化は無いのか?」



 知っている女の数では遥かに兄に勝っているとは思っていても、根本的なところで洸竣は兄には敵わない。
真面目で、頑固だが、真意をつく兄はきっと、真実の愛というものは数や経験だけではないと堂々と言い放つだろう。
(確かに、そうなんだけれど・・・・・)
 「相変わらずですよ、黎は」
 「相変わらず?」
 「私に遠慮して、怯えている。あれはなかなか手強いです」
 兄に諭され、弟にも気遣われ、洸竣とすれば全く不甲斐無い立場だが、いざ黎の面前に立つとどうしても何時もの強気が出な
いのだ。
 「・・・・・人の色恋沙汰は面白いのですがね」
 「お前は少し慎んだ方がいい」
 「今は黎だけですよ」
 「それは私に言うことではないだろう」
 「・・・・・兄上、冷たい」
 「そう思うのならば、政務を積極的に手伝うのだな、洸竣。私が即位したら、片腕となるお前はもっと多忙になるのだぞ」
 「え?」
 思い掛けない兄の言葉に、洸竣は思わず聞き返してしまった。
王宮の中を騒がしている影の話題の他に、もしかしたらもっと重要な案件が起こっているのだろうか。
 「・・・・・」
洸聖は急に黙り込み、真面目な顔をして視線を向けた洸竣を見て動かしていた手を止め、、身体をきちんと洸竣の方へと向け
て言った。
 「父上は譲位される気だ」
 「え・・・・・」
 「多分、近いうちに私は光華国の王に即位する。洸竣、お前には私を助けて欲しい・・・・・頼むぞ」
 「兄上・・・・・・」
(こんなに・・・・・早く?)
 いずれは、兄が王位を継ぐものだと思っていたが、それがこんなにも早いとは思わなかった。
簡単に祝いの言葉を口にするには、この光華国という大国の王になる大変さを洸竣も知っている。だが、兄の真っ直ぐな眼差し
を見れば、既にその覚悟はしたということなのだろう。
(・・・・・悠羽殿か)
 以前の兄ならば、まだ退位は早いと父に進言しただろう。若い自分には国を統べる自信はまだ無いと、何とか説得して改心し
てもらうように言ったはずだ。
しかし、それを受け入れたということは・・・・・覚悟が出来たというのは、きっと悠羽の存在のせいだと思う。共に国を守り、栄えさせ
る伴侶が出来たからこそ、洸聖はあまりにも早いこの即位を受け入れたに違いない。
(いいな・・・・・兄上・・・・・)
真実愛しい者を手に入れた兄が羨ましくて・・・・・少し、妬ましく思ってしまった。



 「本当によろしいのですか」
 「ああ」
 「でも、洸莱様はともかく、私まで・・・・・」
 「影に会いたい本命はサランだろう?大丈夫。裁判長の許可は貰った」
 「・・・・・」
(確かに、許可は頂いたのだろうが・・・・・それは、あくまでも洸莱様お1人でということだと思うけれど・・・・・)
 そうは思うものの、サランは自分の手を引く洸莱の手を振り払うことは出来ない。彼がわざわざ裁所にまで出向き、頭を下げてま
で裁判長の許可を貰ってきたのは自分の為だということが分かっているからだ。

 和季の刑罰が下るのはもう明日だ。
明日はもう絶対に会うことなど出来るはずも無く、最後に会うということが出来るのは、今という時間しかなかった。
昨日から何度も裁所に出向いてくれた洸莱。たとえ王子であっても、王の命を狙ったという大罪人に会う許可はなかなか下りな
かったらしい。
それが、ギリギリの今日になって下りたのは、もちろん洸莱の熱意もさることながら、洸聖や洸竣の口添えもあったからだと洸莱は
言っていた。
 2人の兄王子達をどうやって説得したのかは分からないが、結果的にサランはこうして和季に会いに行っている。
サランは自分の前を歩く洸莱の背中をじっと見つめ・・・・・やがて、口を開いた。
 「洸莱様」
 「・・・・・何?」
 「ありがとうございます」
 「・・・・・」
 「私などの身勝手な思いをくんでくださって・・・・・」
 「サラン」
そんなサランの言葉を、洸莱は途中で遮った。
 「はい」
 「私など、ではないよ。サランだから、私は動いた。好きな相手に喜んでもらいたかったから」
 「・・・・・っ」
 「だから、そういう言い方は止めて欲しい」
 「・・・・・はい」
 何と・・・・・言い返していいのか分からなかった。
口数の少ない洸莱の言葉はどんなことでも一々心に残っていたが、その中でも躊躇わずに言う愛の言葉には正直・・・・・困って
しまう。
(こんな反応を取る私の方がおかしいのかもしれない・・・・・)
サランは口を噤んだ。