光の国の恋物語





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 目を見張って驚きの表情をするというサランの珍しい顔を見て、和季は思わずふふっと声を出して笑っていた。
(そんなに思い掛けない答えだっただろうか?)
 「サラン」
 「し・・・・・かし、影は本来、王とは交わらないのでは・・・・・」
 「そう、歴代の影達は皆王を敬愛し、深い愛情を注いでいたが、その中に肉欲というものは無かった」
 「では、なぜなのですか?あなたは、洸英王を・・・・・」
 「私があの方を愛しているということがそんなに不思議なことだろうか?」

 光華国の王に仕える影。それが何時始まったのか、なぜ光華国の王なのか、和季の世代ではその理由も既に分からなくなって
いた。
それに、影になるとはいっても、数十年、いや、場合によっては百年以上に1人だけなので、その正式な理由を伝承されている者
はいないのかもしれない。

 和季の里は、光華国よりも遥か北にある、その存在さえもほとんど知られていない小数民族の集落だ。
何時からその存在を光華国の王が欲したのかは分からないが、この里の人間は昔から皆類まれな政治的能力と身体能力に優
れていたので、それを聞いた大国の光華国の王が望んだのかもしれない。
 始まりは分からないまま、ある一定期間ずつに、里の人間の中で一番優秀な・・・・・それも、両性具有の者が選ばれて光華
国へと旅立っていった。
両性具有の者が選ばれたのは、王の子を生むことが出来ず、王妃や王女に自分の子を生ますことが出来ないから、と、言われ
ている。
 ただ、両性具有の者はその不思議な身体の仕組みからか、容姿が類まれなく美しい者が多く、歴代の王の中にも惑う者が少
なからずいたとは聞いた。
しかし、決定的な行為に及んだものは過去1人だけで、その時はどうしても受け入れられなかった影は、最終的に王を拒絶して
光華国を去った。

 「里に戻ってきたその影の話は、禁忌であったが、私はどこかで羨ましくもあった。方法は乱暴だとは思うが、その者が影としてだ
けでなく、人として求められたのだろうと思って」
 「和季殿・・・・・」
 「サラン、私の里には、私やお前と同じ身体の者は幾人もいた。避けられることは無かったが、子孫を残せないということで求め
られることも無かった」
 「・・・・・」
 「だから、両性の者は影になることを望んだ。その能力だけでも欲してもらえることが嬉しくて」
 「・・・・・では、なぜ王の言葉を受け入れなかったのです?王はあれ程和季殿を欲しているというのに・・・・・っ」
 サランからすれば、いや、他の者も同じように感じるだろう疑問。
それに直接答える言葉は何と言えばいいだろうか・・・・・。
 「・・・・・怖いと、思ったから」
 「怖い?」
 「今、王は私を欲してくれていても、いずれはその気持ちも変化するかもしれない。愛されることに慣れてしまった後で、その手が
放されてしまった時・・・・・私はどうすればいいのか全く分からない」
 お前が欲しいと言った数年後には、他の女を抱き、子まで作った男だ。それを非難するつもりは無いが、やはり男は女を愛する
ものだと思った。
歳をとり、容姿が衰えれば、見掛けだけに注がれる愛情は消えてしまう。
それまでに愛された過去があればあるほど、その事実はきっと和季を打ちのめしてしまうだろう。
 「サラン、私は逃げたいだけだ。いずれ去っていく王の後ろ姿を見たくなくて・・・・・逃げるんだ」



 これは、熱烈な愛の告白だとサランは思った。
愛しているから、捨てられる前に捨てるのだと、見掛けは無表情で感情のブレなど全く感じさせないのに、本当はこんなにも人間
らしい熱い感情を持っていたのかと思い知らされた。

 「それは、この身体を愛されたからだよ、サラン」

(男でも女でもないこの身体を愛してもらえれば・・・・・私はもっと強く生きられるのだろうか・・・・・)
 多分、それと同時にとても弱くもなるかもしれないが、それでも今の自分よりは遥かに幸せのように思える。
(私も・・・・・)
サランは隣に立つ洸莱を見上げた。
(私を好きだと言ったのは・・・・・本心から・・・・・?)
 「和季、父上の傍にいてやってくれ」
 サランが自分の思考の渦に巻き込まれていた時、洸莱が和季に向かって言った。
 「父上は和季を大事に思っている」
 「ええ・・・・分かっています」
 「それならば・・・・・」
 「でも、王には他にも大切な方がおられますから」
 「・・・・・お前を欲しいと言ったくせに、他の女に子まで生ませた・・・・・生まれた私を憎く思っているか」
 「洸莱様っ?」
 「いいえ、洸莱様。私は王の血を引く王子様方を大切に思っていますし、愛しいとも感じています。あなたを憎いとは思ったこと
もありませんよ」
 「・・・・・良かった」
10歳を迎えるまで親兄弟と離れて暮らしていた洸莱が、初めてこの王宮へ戻ることが決まった時、離宮まで迎えに来てくれたの
は和季だった。
道中、和季の操る馬の前に座った洸莱。2人共王宮に着くまで一言も話さなかったが、王宮の正門までやってきた時、和季が
静かに言ったのだ。

 「お帰り、洸莱」

 敬称を付けずに呼ばれたのはその時だけで、それ以降和季は積極的に洸莱に関わったことはない。
それでも洸莱にとってその言葉がとても嬉しかったのは事実だった。
 「それならば、和季、お前がこの国を去る理由など無い。私も、兄上達も、皆お前のことを大事に思っている。もしかしたら、父
上よりも」
 「・・・・・」
 洸莱の物言いが可笑しかったのか、和季の目が笑みの形に細められる。
 「そのようなことを言ったら、王が悲しまれる」
 「和季」
 「もうお戻り下さい、洸莱様。このような場所に王子であるあなたがいるのは似つかわしくない。サランを連れて、外に」
 「一緒に出よう」
 「・・・・・それは出来ません。洸莱様、私は今から裁かれる身です。今あなたとここを出てしまったら、それこそ牢破りになってしま
います」
 「それでも構わない」
 「あなたが罪人になるのは困ります」

 「では、私なら良いな、和季」

 「・・・・・っ」
 いきなり背後から掛かった声に、サランと洸莱はとっさに振り向く。
牢の中にいる和季の表情も、一瞬にして強張った。
 「父上?」
薄闇の中、ゆっくりと現れた洸英は和季の入っている牢の前まで歩み寄ると、その顔を見て深い溜め息をついた。
 「王・・・・・」
 無表情のはずなのに、和季が困惑している様はサランにはよく分かる。
それぞれに驚く3人の前で、洸英は膝を付くと格子の向こうへと手を伸ばした。
 「あるはずも無い危惧など全て捨て去り、このまま私の手を取れ、和季。お前が私を選ばないのなら、このまま2人、この地下
牢で蜜月を過ごすことになるぞ」
 「王・・・・・」
 「私も考えた。だが、どんな女の柔肌に手を触れても、お前の面影が頭から離れない。和季、ここまで私を骨抜きにした罰だ、
生涯私の傍にいると誓え。否という言葉は聞かぬぞ」
突然現れて傲慢に言い放つ洸英に、その場の空気はピンと張り詰めた。