光の国の恋物語
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(まさか、こんなところにまで来られるとは・・・・・)
和季の知っている洸英の性格からすれば、あれほどきっぱりと拒絶した和季を三度は望まないと思っていた。
元々実直な性格をしている洸英は、ただ肉欲だけで女遊びをしてきたのではないだろう。情を交わしてきた女達にはそれなりに
愛情を感じていただろうし、だからこそ子まで生したのだと思う。
本来、優しい洸英だ。
既に愛は無くとも、情を感じている自分の為に、王である洸英にこんな場所まで来てもらうとは申し訳なくてたまらなかった。
「王、私は・・・・・」
「否という言葉は聞かぬと言った」
「ですが」
「お前が今洸莱達に言った言葉がお前の真実だ。それならば、私がお前を見捨てることも、お前が私を置いていくことも何も考
えなくていいだろう」
王者らしく堂々と言い放った洸英は、手に持っていたらしい鍵で牢の錠を外した。
「出て来い、和季」
「・・・・・」
「お前が自分で出てこないのであれば、私がその中に入ることになるぞ?お前の大事な光華国の王がその中に入っても良いと
申すのか?」
「・・・・・」
(本当に・・・・・酷い方だ)
王である洸英を、自分の為に牢などに入れられるわけが無いという心を知っている・・・・・和季は一度目を閉じると、ゆっくりと
立ち上がった。
どんなに自分達が説得しても、全く動こうとしなかった和季。
それが、半ば脅されているような物言いだとしても、こうして和季が動いたのは、彼の中にある洸英への確かな愛情からだろう。
サランは、音も無く牢の外へと出てくる和季を呆然と見つめるしか出来なかった。
「・・・・・王」
「もっと早く素直になれば、こんなに遠回りをしなくても良かった」
和季が自分の足で目の前まで歩いてきたことに満足したのか、洸英の顔は晴れやかに笑っていて、直ぐに手を伸ばして和季を
抱きしめた。
「和季」
「・・・・・いいえ、王。この長い時間が無ければ、莉洸様と洸莱様はお生まれにならなかった」
「・・・・・」
和季の言葉に、サランの隣にいる洸莱の空気が揺れた。
「和季・・・・・」
「私は本当に・・・・・王の血を引くお子様達を愛おしく思っているのです」
まるで母親のような慈しみの眼差しで洸莱を見つめる和季。今までの、ほとんど感情を見せなかった和季とは別人のような表
情に、胸をつかれたのはサランだけではなかったようだ。
見つめられている洸莱自身も、何か考えるように眉を顰めていたし、和季の思いが我が子にさえ向けられるのが惜しいと思ったの
か、洸英はまるで誰からの視線をも遮るかのように和季の身体を抱きこむ。
「お前には、私の思いをその身体で思い知ってもらわねばならぬ」
「王」
「先に戻る。お前達もここにはもう用は無いだろう」
そう言って、洸英は和季の身体を抱き上げると、そのまま外界への道を戻り始めた。
和季の口から、あんなにもはっきりと愛していると言われた洸莱の胸は、今まで感じたことが無かった温かさに包まれていた。
生れ落ちて直ぐ母に捨てられた形になっていた洸莱は、今まで母の温もりというものを全く知らなかったが、もしかしたら和季は洸
莱にとっては母親代わりだったのかもしれない。
(もっと・・・・・話しておけば良かった・・・・・)
お互い口が重いせいか、なかなか意志の疎通が出来なかったことが悔やまれる。
「サラン」
「・・・・・」
「父上が現れたのは予想外だったが・・・・・和季に訊ねたかったことは聞けたか?」
和季と同じ、両性の身体を持つサラン。その悩みも様々な苦しみも、和季とだったら分かり合えたかもしれないが、強引な父の
出現によって中途半端になってしまった。
改めて話をするにしても、あの父の様子ならばしばらくは和季を放さないだろうし、誰とも接触をさせないような気がする。
「少し時間を置くことになるが・・・・・」
「洸莱様」
「何だ?」
「和季殿のおっしゃった言葉は・・・・・本当でしょうか」
「え?」
「和季殿は、自分の身体を愛されたから、怖がらずに前へと進めるとおっしゃった。それならば私も・・・・・私も、同じように愛して
もらえれば、この気持ちも変わるのでしょうか・・・・・」
「サラン・・・・・」
それはどういう意味なのだと、洸莱は聞き返すことはしなかった。
「愛してもいいのか、私が」
「・・・・・気味が悪くありませんか?私の身体」
「サランの身体は、とても綺麗だと思うよ。ただ・・・・・私は、今まで誰も抱いていないから、サランを喜ばすことは出来ないかもし
れないけど」
16歳で女を抱いたことが無いのが遅いということは無いかもしれない。
しかし、一国の王子であることを考えれば、それまでに性教育としてそれなりの相手を宛がわれてこなかったというのは少し遅いか
もしれなかった。
ただ、父は今までの洸莱の生い立ちを考えて無理強いはしなかったし、兄達も、その気になるまではと見守っていてくれていた。
(この日の為に経験をしておいた方が良かっただろうか・・・・・)
一瞬、頭の中にそんな思いも過ぎったが、考えれば洸莱自身が今まで抱きたいと思った相手がいなかったのだ。
練習の為に愛してもいない相手を抱くことは出来なかったと思い直した洸莱は、自分の経験が無いことを正直にサランに伝える
ことは恥ずかしくなかった。
洸莱の正直な告白に、サランは笑うことも驚くことも無かった。
「私も、初めてです」
「え?」
「誰かと、閨を共にするのは初めてなので・・・・・私の方こそ、洸莱様に何もして差し上げられないと思います」
「それは、本当なのか?」
「はい」
「・・・・・サランは、とても綺麗で優しいから・・・・・きっと、誰かから愛されたことがあると思っていた」
「・・・・・」
サランは思わず洸莱を見つめ・・・・・やがて、ふっと笑いあった。
「私達は、お互いに世間知らずなのかもしれませんね」
「本当に。でも、私はサランと共に一つ一つ覚えることの方が嬉しい」
「・・・・・はい」
「サランにとって、私と身体を合わせることが自分の存在を確かめる為でも構わない。私は好きな人をこの手に抱けるのだし、も
しかしたらサランも私の身体を気に入ってくれるかもしれない。失敗する可能性は大きいけれど・・・・・」
地下牢で、話すことではないのかもしれない。
傍から見れば、とても滑稽な会話かもしれない。
それでも、洸莱は真面目に話してくれたし、サランも、大真面目に考えていた。
(身体を合わせることで、何かが変わるなんて分からないけれど・・・・・)
洸莱を利用するようなことになるかもしれないが、洸莱以外の誰とも肌を合わせることは考えることも出来ない。
「私も、洸莱様をきちんと受け入れることが出来るかどうかは分かりませんけれど」
「サラン」
「私は、不完全な身体をしているから・・・・・」
「違う」
自嘲気味に呟いたサランの言葉に、洸莱はきっぱりと否定した。
「サランの身体は、神に愛されて出来た身体だ」
「・・・・・神に?」
「こんなにも心根が美しい者には、どちらか片方の性だけでは足りないからと、神がより多くの者に愛されるようにと与えてくださっ
た身体だ。サランが卑下することは無い」
「洸莱様・・・・・」
「神が愛したように、私にもサランを愛させてくれ。年下の私のような男では頼りないかもしれないが、この先もずっとサランだけを
見つめ続けることが出来ると思う」
その言葉が、この時限りでもいいとサランは痛烈に思った。
(愛されたというのは・・・・・こんな気持ちだったのですか、和季殿・・・・・)
ひと時でも、自分のこの醜い身体を愛してもらえれば、サランは自分の人生が全て根底から変わるような気がした。誰かを愛し、
愛されるということを経験すれば、きっと・・・・・こんな自分でも、前を向いて歩いていけるはずだろう。
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