光の国の恋物語
112
洸聖の執務室を出た悠羽は、少し考えて・・・・・足を離宮へと向けた。
洸聖には分かった風なことを言ったが、やはり気になってしまう気持ちは止められず、少しだけでも様子を見ようかと考えてしまった
のだ。
(地下牢なんて、誰でも入れるとは思えないし・・・・・)
「門番に何て言おう・・・・・」
そんなことを考えながら歩いていると、
「悠羽様っ」
後ろから名前を呼ばれ、悠羽は振り返った。
「あ、黎」
「どちらに行かれるのですか?」
「ん〜・・・・・、ちょっと、離宮の方へと行こうと思って。黎は?洸竣様のお使い?」
「い、いえ・・・・・あの、悠羽様、よろしければ僕もご一緒してもいいですか?今、洸竣様は政務をされていて、僕、何もすること
が無くて・・・・・」
「黎?」
困惑というよりは、寂しそうな表情の黎。
その表情を見て、悠羽はああと思った。サランと洸莱のことや、洸英と和季のことに気を取られていて忘れていたが、この黎と洸竣
のことも気になっていたはずだった。
(いけないっ、一つのことを考えてしまうと他のことを忘れるなんて子供みたいなことを・・・・・っ)
ぎこちない雰囲気だったはずの2人のことはまだ全く解決していなかったと思い出した悠羽は、いい機会だと意識を切り替えて黎
に笑い掛けた。
「うん、私1人では寂しいと思っていたから。黎さえ時間があるのだったら付き合ってはもらえないだろうか」
ここのところ、王洸英の姿が無く、政務は皇太子の洸聖と、第二王子の洸竣が手分けをして執り行っていた。
洸聖は政務だけではなく、近々行われる自分と悠羽の婚儀のことでも細々な雑事があり、洸竣は今まで以上に多忙になってい
る。
そんな洸竣に、自分が手伝えることはないかと申し出たが、洸竣は笑ってゆっくりしているようにと言ってくれ、黎に何の用も言い
つけないので、黎は日中何もすることが無くぼんやりと時を過ごしていた。
(夜も、食事を召し上がったら直ぐにお休みになるし、僕が出来ることはほとんどなくて・・・・・)
最近、洸竣は町へと遊びには行かない。
それが嬉しくないわけではないが、同時に自分の役割も全て取り上げられたような気がして、黎は何をしていいのか分からないま
まだった。
「悠羽様!」
そんな時、悠羽の姿を見掛けた。
何もすることが無いのならば、悠羽の手伝いを・・・・・そう思って声を掛けると、悠羽は笑って受け入れてくれた。
その笑顔を見るとホッとする。やはり、相性の良い相手というのはいるものなのだ。
「離宮には何をされに行かれるのですか?」
「地下牢を覗きに」
「えっ?」
「これは内緒だよ?」
そう言って、悠羽は今地下牢に洸莱とサランが出向いていることを教えてくれた。
地下牢には王の影が囚われているということは知っていたが、その影に2人が何の為に会いに行っているのかは分からなかった。
不思議そうな顔をしている黎の疑問が分かったのか、悠羽は言葉を続けた。
「多分、和季殿しか、サランの憂鬱を晴らしてくれるものがいないから、かな」
「憂鬱?」
「それは、私の口からは言えない・・・・・いや、多分、私では理解しきれていないかもしれない。ただ、少しだけ心配だから、様子
を見ようかなと思ったんだ」
「・・・・・」
サランが和季に何を聞くのか。
そして、なぜそこに洸莱がいるのか。
自分の知らないことばかりを次々に言われてしまったが、それでも悠羽は黎には関係ないと突き放しはしなかった。
そんな何気ない言葉の端々が嬉しくて、黎は悠羽の直ぐ後ろをついて歩く。
すると、
「あっ!」
「え?あっ」
2人の視線の先に、和季を抱きかかえている洸英の姿があった。
「洸英様っ?」
まさか、洸英がここにいるとは思わなかった悠羽は、驚いたように叫んで2人の下に駆け寄った。その後ろを黎も慌てたようについ
て来る。
「どこに行く?」
悠羽が驚いていることは分かっているだろうに、洸英は何事も無かったように普段通りに声を掛けてきた。
まるで自分の方が夢でも見ていたのかと戸惑った悠羽は、それでも洸英の腕の中にいる和季の姿を見ながら訊ねる。
「ど、どこって、あの、和季殿はどうして?」
「ああ、これは私のものだから、地下牢まで取りに行っていた。洸莱とサランもじきに戻るだろう」
「取りにって、洸英様、和季殿をもののように扱うなど・・・・・」
「悠羽、これが私だ」
「え?」
「この歳まで私は変わることが出来なかったし、この先ももう変われないだろう。それゆえ、自分の言葉でしか和季を繋ぎ止める
ことが出来ないが、我が子達は、洸聖はまだ変わることが出来る。こんなにも早く、お前という愛しい存在を手に入れたのだ、悠
羽、もっともっと、あ奴を良い男に変えてくれ、頼むぞ」
「洸英様・・・・・」
「私は今から、勝手に私のもとを去ろうとした和季を躾けねばならぬ。ではな」
「あ・・・・・っ」
一瞬前まで、とても父親らしいことを言っていたのに、その直ぐ後にはもう男の顔に戻っていた洸英。
文句を言うことはもちろん、引き止めることも出来なかった悠羽はしばらくその場に佇み・・・・・途方にくれたように黎を振り返った。
「なんだか・・・・・豪快な方だな」
「・・・・・本当に」
全ての事情を知らない黎もそう言うほどには、洸英の存在感は圧倒的なものだったようだ。
「悠羽様?」
洸莱に手を取られて地下牢から上がってきたサランは、離宮から王宮に戻る途中で悠羽と黎に会った。
「あ、サラン」
それまで、王宮の方を見ていた悠羽は、サランの顔を見てホッとしたように表情を和らげ、次に洸莱を見つめ、次に2人の繋いで
ある手に視線を向けた。
「・・・・・」
「悠羽様?」
「あ、今、洸英様と和季殿にお会いして・・・・・」
「ああ、父上が地下牢にまで和季を迎えに来られたんだ。私も驚いたが・・・・・」
サランの代わりに洸莱が答える。それはとても自然で、悠羽はもう一度サランに視線を向けてきた。
「サラン、お前と洸莱様は・・・・・」
「私と?・・・・・」
サランは悠羽を見つめ、続いて隣の洸莱を見上げた。
「洸莱様?」
「・・・・・悠羽殿」
「は、はい」
「サランは、私と試す気になってくれた」
「た、試す?」
いきなりそう言われた悠羽は、言葉の意味をどう取っていいのか分からないようだった。
サランもまさか洸莱がここで悠羽に言うとは思わなかったが、それが恥ずかしいと思うよりも先に、これが2人の決意表明のような
気がして、否定はせずに更に洸莱との間合いを詰めた。
「私の事を嫌ってはいないとは思うが、それでも心を傾けるほどに想える相手なのかは分からないようだ。だから、私のこの気持
ちを分かってもらう為にも、試すことは悪いことではないと思う」
「何を、試すのですか?」
「・・・・・サラン、これは言ってもいいことだろうか?」
「秘め事は、あまり人様には言わないのではないでしょうか?」
「・・・・・っ」
サランと洸莱は大真面目に話しているのだが、どうやら悠羽は何となく事情を察したらしい。
色白の頬を赤く染め、動揺したように視線を彷徨わせる悠羽を困惑したように見つめていたサランは、ふと、その隣の黎が自分
を一心に見つめているのに気付いた。
「黎?」
「サランさんは・・・・・洸莱様と試すのですか?それは、身体が合うかどうかということでしょうか?」
「れ、黎っ?」
黎にしてはあからさまな言葉に悠羽は驚いたようだが、サランはその質問を受けることを不思議には思わなかった。
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