光の国の恋物語





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 洸莱の口から零れる言葉は、黎にとっては信じられないものばかりだった。
サランと洸莱が、というのも驚きの一つだが、あんなにも真面目な2人が、気持ちを試す為に身体を合わせると言い出すとは全く
考えられなかったからだ。

 「ねえ、黎。先ずは試してみるのもいいんじゃないかな?」
 「幸いにして私は何も知らない初心な男ではないし、黎に痛みだけを感じさせることは無いと思うよ?」

 洸竣に言われたその言葉。
遊び人と噂され、色恋事にも慣れているだろう洸竣の言葉に、黎は自分の思いを確認するよりも先に、全てを任せた方が楽では
ないかと思ってしまった。
 いきなり襲ってきた義兄の手から助けてくれた洸竣。
息苦しく、自分の存在さえも見えなかったような屋敷から連れ出してくれた洸竣。
彼は自分にとっては本当に恩人で、その上この国の王子だった。求められ、それまでの恩を返すつもりで頷いてしまった自分の安
易さに今は後悔しているものの、それならばどうすれば良かったのかさえ分からない。
 自分の心が見えなくなってしまった黎と、軽口をたたくのさえ遠慮をし、身体に触れることも無くなってしまった洸竣と。
2人でいることに息が詰まっていた時に、洸莱の口から零れた言葉。

 「私の事を嫌ってはいないとは思うが、それでも心を傾けるほどに想える相手なのかは分からないようだ。だから、私のこの気持ち
を分かってもらう為にも、試すことは悪いことではないと思う」

 それは、どういう意味だろうか?
自分と洸竣が立ち止まってしまったというのに、どうしてサランと洸莱はその先に進めるのか。
知りたくて、どうしても知りたくなって、黎は自分がどんなに際どいことを言っているのかも分からないまま訊ねたのだ。
 「サランさん」
 「・・・・・黎は、洸竣様にそう言われた?それとも、お前の方が言ったのだろうか?」
 「・・・・・洸竣様が、おっしゃいました。私の気持ちの踏ん切りがつかないのならば、先ずは試してみるのもいいのではないかと」
 「洸竣兄上の言われそうなことだ」
 洸莱は僅かに呆れたような声で言ったが、それでもその言葉自体を否定するような響きにまではなっていなかった。
 「黎、兄上はあのような方だから、全ての言葉が軽く聞こえてしまうかもしれないが、お前に関しては誠実な態度を取ってらっしゃ
ると思う」
 「洸莱様」
 「一夜の遊び相手だとしたら、あの兄上ならばとうに黎に手を出しているはずだ」



 兄弟にしてはあまりの言い様だったが、洸莱は彼なりに兄の言葉の足りなさを補っているのだろう。
恋愛初心者の洸莱にそんなことをされたと知ったら洸竣は苦笑を浮かべるかもしれないが、それでもありがとうと言葉短かに礼は
言いそうだ。
 そんな洸莱の後押しを、悠羽も出来るだけしようと思った。
 「黎、私も洸竣様の黎への気持ちは本物だと思う」
 「悠羽様」
 「洸聖様の面前で、あんなにもはっきり黎への気持ちを告げられたんだし」
 「・・・・・」
 「その、黎が、あの行為を怖がるのは・・・・・凄く、分かるよ。男同士ということもあるし、洸竣様には今までにお相手もおられた
んだろうし・・・・・でも、一歩踏み出すのは悪いことではない気がする」
 「一歩・・・・・ですか?」
 「うん」
自分以上に幼い雰囲気を持つ黎に、洸竣と身体を合わせろとはっきり言うことは出来ない。ただ、これ程に悩んでいるということ
は、黎の中に多少でも悩む余地があるのではないかと思った。
(あの軽さが少し心配だけれど・・・・・でも、想ったら一途な方・・・・・だよな)
洸聖の兄弟なのだからと、どうしても洸聖を基本にして考えてしまうことを、悠羽は自分では分からなかった。



 こんな時、口の重い自分がもどかしく思う。
いや、想い人を手に入れる為には饒舌になってしまうが、その他の事に関しては・・・・・だ。
 「黎」
 「・・・・・」
 「どうか、兄上のことをもう一度考えてやってほしい」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
(どうする・・・・・?)
それ以上どう言っていいのか分からなくなった洸莱は、自然と自分の隣に立っているサランを見下ろした。
しかし、考えればこのサランも自分とそう大差なく恋愛事には無関心だったというか・・・・・今も基本的に淡白のはずだ。
そして、もう1人の悠羽も・・・・・。
(ここにいる全員、色恋事には不慣れな者ばかりじゃないか?)
 「・・・・・黎」
 「は、はい」
 「兄上の所に行こう」
 「え?」
 いきなりそう切り出した洸莱に、黎は驚いたように目を丸くした。洸竣のことを話しているのに、その本人の所に行こうという洸莱
の意図がよく分からないらしい。
悠羽も、そしてサランも、黎と大差ない表情で洸莱を見つめてくる。その3人に同時に答えるように、洸莱は自分の思いついた案
を言った。
 「兄上本人に確かめた方が早い」
 「こ、洸莱様?」
 「黎を抱いた後どうするつもりか、はっきり聞いた方がいいだろう?」
洸竣の気持ちは洸竣に聞く。黎が洸竣の気持ちをどうしても信じられないのならば、本人に言葉を尽くさせたらいいと思ってそう
言った洸莱は、早速というようにサランの手を握っているのとは反対の手で黎の手を取って歩き始めた。



 「ま、待ってください!」
 王子である洸莱の手を振り払うことが出来ない黎は、必死になって言葉で止めた。
 「ぼ、僕、とても洸竣様にそんな話は出来ません!」
 「どうして?」
 「ど、どうしてって、だって、そんなはしたない事を・・・・・っ」
 「でも、これは黎にとっては大切なことだろう?あまり悩み過ぎて待たせてしまったら、あの兄上のことだ、煮詰まって全て諦めて他
に目をやるかもしれない。昔のように、不特定の女性と快楽だけを分かち合う・・・・・黎、お前はそれを兄上の側で見ていることが
出来るか?」

 チク・・・・・

洸莱の言葉が胸に突き刺さり、黎の顔色が青褪めてしまった。
本当にそんなことになったとしたら・・・・・洸竣の腕の中に誰かがいたとしたら、自分はいったいどんな気持ちになってしまうだろう。
多分・・・・・いや、きっと、そうなったら洸竣の側にはいられない。
 「僕・・・・・」
 「話すことが苦手な私が言うのもおかしいが、黎、言わなければ分からないこともある」
 「・・・・・」
 「聞かなければ、答えは返らない」
 「・・・・・」
 「私達が一緒だ。怖いことはないだろう?」
そう言った洸莱が笑った顔は、やはりどこか洸竣に似ている。
そんな風に思ってしまった自分に、黎はギュウッと唇を噛み締めてしまった。



 洸莱と黎の会話を聞いていた悠羽は、思わずサランの側に歩み寄ると、その耳元に唇を寄せて言った。
 「意外に大人だな、洸莱様」
 「はい。私など・・・・・いえ、私を欲してくださるような方ですから」
自分を卑下したような言い方を言い換えたサランに気付き、悠羽は嬉しくなってふふっと笑った。
サランと洸莱がお互いを想い合うようになれば嬉しいが、もしもそれが叶わなくても、きっと洸莱の存在はサランの心を豊かにしてく
れるはずだ。
(みんなが、幸せになってくれたらいいのに・・・・・)
 跡継ぎなどの諸問題はあるものの、想い、想われた相手が上手くいってくれたらいい。
自分だけが洸聖と幸せになって笑うのではなく、洸竣と黎も、そしてサランと洸莱も、どうか幸せな結末を迎えて欲しいと思う。
(私も、少しは変わったのかもしれない)
 洸聖に愛され、悠羽も愛するということを知って、以前よりももっと周りの人間が大切に思える・・・・・悠羽は、そんな自分がくす
ぐったくも自慢に思えた。