光の国の恋物語
12
「・・・・・痛っ」
浅い眠りから目を覚ました悠羽は、ぼんやりと自分がどこにいるのかを考えた。
頬に触れる寝具は上等で柔らかく、もう一度眠りに引き込まれそうになったが、僅かな身体の動きでもたちまち身体のあらぬ処
に走る痛みに眉を顰め・・・・・次の瞬間、ハッと大きく目を見開いた。
「ここは・・・・・っ!」
(洸聖様の部屋だっ)
慌てて起き上がろうとするが、身体の節々の痛みの為に直ぐに蹲ってしまう。
(私の身体はどうなったんだ・・・・・?)
王子の身で、王女として育てられた悠羽は、誰かと肌を合わせることなどそれまで全く考えたことがなかった。
ただ、もしもそんなことがあったとしたら、きっとその相手は女性であろうと漠然と思っていたのだ。
そもそも、男の身体に同じ男を受け入れる場所など無い・・・・・そう思っていた悠羽にとって、今回の出来事はショックと同時に
驚きも感じていた。
(男同士でも身体を繋げることが出来るのか・・・・・)
「悠羽」
「!」
自分の身に起こった事を考えていた悠羽は、直ぐ近くに洸聖がいることに全く気付いておらず、声を掛けられた瞬間文字通り
飛び上がって振り向いた。
「こ、洸聖、様」
悠羽が記憶の最後に覚えていたのは、鍛えた上半身と額にうっすらと汗を浮かび上がらせていた洸聖の端正な顔・・・・・当初
見せていた冷たく感じる無表情ではなく、余裕が無いような男の顔だった・・・・・気がする。
しかし、今目の前に立っている洸聖は簡単な夜着を羽織った姿で、その表情も何時もの冷然としたものに戻っていた。
「身体は?」
「か、身体?」
「まさか、男を受け入れるのは初めてではなかったと?」
悠羽の反応を見ていれば直ぐに分かるはずなのに意地悪くそう言う洸聖に、悠羽は一瞬唇を噛み締めた後、すっと顔を上げ
て言った。
「もう、宜しいですね?」
「なに?」
「部屋に戻ります」
「悠羽」
既に敬称を付けずに自分の名を呼ばれていることに気付くが、悠羽はそのまま痛む身体を無理に動かして脱ぎ散らかされた服
をゆっくりと身に付けていった。
「悠羽」
「お話は日を改めてお願い致します」
「そなた・・・・・私に言う事はないのか」
「言う事?」
「男のそなたを女にしてしまった私に、だ」
なにを思って洸聖がそんなことを言い出したのかは分からない。
しかし、本来本当の男と女ならば、許婚同士であったならば、こういった行為はごく自然なことだろう。悠羽が男であることが、唯
一おかしなことなのだ。
それを自覚している悠羽は、けして洸聖から目を逸らさないままではっきりと言い切った。
「私はあなたの妻だ。これからはそれなりの待遇をして頂きたい」
その口調には全く媚などは無く、正々堂々としたその態度は立派な王族の威厳に満ちていた。
(・・・・・可愛くない)
ヨロヨロと・・・・・そう、まさに身体を引きずるようにして部屋から出て行く悠羽を見送りながら、洸聖は小さな舌打ちをしてしまっ
た。
悠羽の身体の中心に自分の陰茎を全て埋め込んだ時、これでこの男は全て自分が支配したという充足感があったが、目を覚
ました後の悠羽の対応には全く女々しいところは無かった。
(これでは私の方が・・・・・っ)
強く机を叩き、こみ上げる感情を抑えていた洸聖は、しばらくしてドアを叩く音に気付いた。
誰にも会いたくないとそのまま無視をしていたが、やがてドアは無遠慮に開き・・・・・。
「何用だ」
「さっき、悠羽殿と擦れ違ったけど・・・・・」
「・・・・・」
「まさか、兄上がこんなにも早く行動に移されるとは思わなかった」
こちらも夜着姿の洸竣が、少し感心したように言った。
最中を覗かれたわけではないし、声も洩れ聞こえたとは思わないが、あの不恰好な歩き方や疲れきった表情を見れば、経験豊
富な洸竣は2人の間に何があったのかは容易に想像がついたのだろう。
「・・・・・兄上が、男に手を出すなんて」
「あれは王女だ」
「兄上?」
「奏禿の王女だ。私がこの目で確認した・・・・・よいな?洸竣」
なぜ、悠羽の立場を庇うようなことを言うのか、洸聖は自分でも分からなかった。
ただ、実際に悠羽が子を産むことなど出来ない男だと周りに知られれば、このまま婚約は解消という事になるのは確実だ。
(奏禿には・・・・・帰さぬ)
これ程に自分に敗北感を感じさせた相手を、みすみす婚約解消という形で解放するなどとは考えられなかった。
「・・・・・」
「洸竣、ここへ参ったのは悠羽のことではないだろう。何があった?」
「あ、ああ」
洸聖の部屋を訪ねる途中で垣間見てしまった悠羽の姿に多少の衝撃を感じてしまったが、本来洸竣が兄に伝えようとしてい
たのは全然別口の話だった。
「今日の昼間のこと」
「・・・・・街で何かあったのか?」
「ん・・・・・まあ、偶然の上の必然って感じかな。出会うはずが無いのに、出会うべくして出会ったって言うか」
「何だ?」
「貴族らしいんだけど・・・・・」
「悠羽様っ?」
小さくドアを叩く音で慌てて立ち上がったサランは、ドアを開くなり部屋の中に倒れ込んできた悠羽を慌てて抱き止めた。
いや、抱き止めようとしたのだが、華奢な悠羽を受け止められるほどにはサランも逞しくは無く、結局2人はサランが悠羽を抱き
しめた形のままその場に倒れこんでしまった。
「悠羽様!」
「サ・・・・・ラン」
自分を抱きしめてくれているのがサランだと分かった悠羽は僅かに笑みを浮かべるが、その顔色は青白く脂汗をかいている。
サランはギュッと悠羽の身体を抱きしめた。
「悠羽様っ、悠羽様、何がっ」
「・・・・・案ずるな、休めば・・・・・治る」
呟くようにそう言った悠羽は、そのまま気を失うようにくったりと身体の力が抜けてしまった。
「・・・・・っ」
(どうすれば・・・・・!)
サランの力では、とても悠羽を寝台まで運ぶことは出来ないが、このまま床に寝かせておくことも出来ない。
「・・・・・」
迷ったのは一瞬だった。
サランはそっと悠羽の頭を下に下ろし、寝台から掛け布を引っ張ってきて身体に掛けると、そのまま外に飛び出して目的の場所
に走った。
昼間、必要ないと思っていたのに、強引にその場所を教えてもらって今ならばそれを幸運としか思えない。
「!」
しばらく走って目的のドアの前に立ったサランは、ドンドンと力の加減など出来ないままにドアを叩いた。
「申し訳ございませんっ、お願いしますっ、お開け下さい!」
その声が聞こえたのか、ドアは直ぐに開かれる。
「サランッ?」
「お力をお貸し下さいっ、洸莱様!」
「力を?」
「お願い致しますっ」
「何があった?」
サランがこの王宮の中で唯一頼れると感じたのは、まだ16歳の洸莱しかいなかった。
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