光の国の恋物語





13









 「どうしたの?お母様は?」
 母親に手を引かれてここに来たのはまだ日が高い時間だったのに、今はもう肌寒い風が吹いていて月も姿を見せる時間になっ
ていた。
サランは、自分の顔を覗き込んでくる女をじっと見つめる。
母親と同じくらいの、だが、母親が自分を見る目とはまるで違う優しい眼差し。
 「お名前は?」
 「・・・・・」
 「寒くない?」
 「・・・・・」
 「寒くて口も利けないのかしら・・・・・困ったわね、小夏(しょうか)、羽織るものはないかしら?」
 物心付いて、初めて聞くかもしれない優しい言葉に、サランはもう枯れ果てて無くなってしまったと思っていた涙が頬を伝ってい
るのにも気付かなかった。


 国境近くの市場の外れにいた自分に声を掛けてくれたのがこの国、奏禿の王妃叶(かなえ)と、その侍女、小夏だということを
知ったのはその翌日だった。
たまたま町に出た叶は、まだ日が明るい内にサランの姿を見たらしく、その無表情な表情が気になってもう一度様子を見に引き
返してきたらしかった。
 「・・・・・では、お母様に連れられてあそこに?」
 「・・・・・はい」
 「名前、教えてくれるかしら?」
 「・・・・・サラン」
 「サラン?綺麗な名前ね」


 叶は口数の少ないサランの言葉の中から、それが単なる迷子ではなく捨てられたのだという事に気付いたようだった。
サラン自身、それは薄々と感じ取っていて、珍しく母が手を引いて町に連れて行ってくれた時、多分自分はもう家に帰ることはな
いのだと悟っていた。
まだ6歳・・・・・いや、よくも6歳まで育ててくれたのかも知れない。
 「サラン、お前さえ良ければここにいらっしゃい。それ程に贅沢な暮らしではないけれど、わたくし達はあなたを歓迎するわ」
 「王妃様・・・・・」
 「わたくしには子供が2人いるの。やんちゃ盛りだから女の子のサランには持て余すかも知れないけど、お姉さんになったつもりで
遊んでくれたら・・・・・」
 「あ・・・・・」
(王妃様、誤解してる・・・・・)
 見掛けだけを見てサランを少女だと思ったのだろう。
それも仕方がなく、サランは珍しい銀髪に蒼い目を持つ、人形のように整った容貌だったからだ。
サランがずるい性格であればそのまま黙っていたが、あの真っ暗で寒い夜、正体不明の自分にわざわざ声を掛けてくれた叶を騙
したくないと思ったサランは、自分が親に捨てられた理由を口にした。
 「私は、女の子じゃありません。でも、男でもないです」
 「え?」
叶は不思議そうに首を傾げた。


 両性具有・・・・・そんな難しい言葉をサランが知っていたのは、言葉を覚え始めた頃から・・・・・いや、そのもっと前から、忌み嫌
うように言われ続けた言葉だったからだ。
 元々商人夫婦の間に生まれたサランは、その愛らしい容姿で当初はとても喜ばれて迎えられた。
しかし、生後間もなく、些細な風邪で医師のもとを訪れた時、その身体に神様の悪戯ともいえる過酷な運命を背負わされてい
ることを告げられたのだ。
 男性器の下、本来は精を溜める双玉には精が溜まることはなく、その下に未熟な女性器を持つ、男であって女であり、女でな
くて男でもない、その両性を持つ稀有な存在。
女として子を産むことは出来ず、もちろん男として子を作ることも出来ないだろうという診断を受けた両親は絶望した。
 しかし、その絶望は、やがて普通の身体で生まれなかった我が子、サランへの憎悪に変わっていき・・・・・間もなく、あれほどに
仲が良かった両親は離縁した。
どちらも引き取りたがらなかったサランを押し付けられる形で家を出された母は、手を上げることはほとんどなかったが日々呪詛の
言葉を吐き、サランをいないものとして無視するようになった。
 それでも何とか育ててはくれていた母が急にサランを手離す気になったのは再婚するからだ。呪われた身体の子を連れて行く気
は毛頭なかった母は、新しい夫と新天地に向かうその日に・・・・・サランを捨てた。


 「ご親切ありがとうございます。でも、私は呪われた身体なので、このままここにいると・・・・・っ!」
 そこまで話した時、サランは不意にギュッと身体を抱きしめられた。
柔らかでいい香りの叶の腕の中に抱きしめられたサランは、どうしていいのか分からずに身体を硬直させた。
 「素晴らしいじゃないのっ、サラン!神様に二重に愛されたなんて!」
 「・・・・・え?」
 「呪われた身体なんて、哀しいことを言わないで、サラン。あなたは男と女の2つの目で、広い世界を見て頂戴」
 「・・・・・っ」
 「悠羽、悠仙、これからこのサランがあなた達の兄弟になるのよ」
 叶の言葉に、やんちゃそうな2人の子供がトコトコとサランの側にやってきた。
 「そらのめだね、きれいだなあ」
 「おねえちゃん?」
 「お姉さんだし、お兄さんでもあるの。どう?」
 「すっごい!1人でどっちもできるんだ!」
 「ゆーはよりすごい!」
純粋に自分の存在を喜び、躊躇いなく小さな手で抱きついてくる。
サランは恐る恐る、小さな身体に手を回してみた。
 「ぎゅってして、サラン!」
 「あー、おれも!おれもして!」
サラン自身もまだ子供の小さな身体だったが、それでも思い切り両手を広げて2人の子供を抱きしめた。自分が初めて必要とさ
れ、ここにいていいのだと言われ、サランは嬉しくて嬉しくて涙を流す。
それが、自分にとっての家族が、何よりも大切なものが出来た瞬間だった。


 奏禿は裕福な国ではなかったが、国王以下国民も、皆善良で穏やかで、サランは自分がこんなにも幸せでいいのかと思うくら
いに大切にされた。
だからこそ、悠羽が光華国に輿入れすることが決まった時、同行することを強く望んだのだ。
それは今まで世話になってきた恩返しというより、本当の弟の身を案じるというような肉親と同様の強い思いからだ。
両性具有という中途半端な自分とは違い、性的には明らかな男であるのに政治上女として嫁ぐ悠羽を守ってやれるのは自分
しかいないと思う。
何より、素性の知れない自分を、本当の兄のように姉のように慕ってくれる悠羽の幸せを見届けたい・・・・・そう思っていた。



 洸莱を連れて部屋に戻った時、悠羽は先ほどと全く同じ格好のまま床に倒れていた。
 「洸莱様っ、悠羽様を寝台まで運んで下さいっ」
 「分かった」
自分よりも6歳も年少ながら、その身体はサランよりもはるかに逞しく、サランの腕では動かすことも容易ではなかった悠羽の身体
を軽々と抱き上げて寝台に運んでくれた。
 「・・・・・医師を呼ぶか?」
 「いえっ」
 思いがけず強く否定した後、サランは深く頭を下げた。
 「悠羽様も意識がない時に誰かに触れられることは好まないと思います。ただ、よろしければ熱冷ましと傷薬を頂きたいのです
が」
悠羽が男であるという事を知られるのはまだ早い。せめて正式な婚儀を挙げていないと、このまま追い返されかねないだろう。
(悠羽様が強く決心してここまで来られたのだ・・・・・その気持ちを無にすることなど出来ない)
 「・・・・・分かった、俺が持ってくる」
 「え?あ、いえ、洸莱様がわざわざ・・・・・」
 「そなたは悠羽殿に付いているがいい」
言葉少なにそう言うと、洸莱はさっさと部屋から出て行った。
一瞬、呆然としてしまったサランだが、直ぐに意識を切り返すと悠羽の乱れた服を整えてやる。
 「・・・・・っ」
その服の合間から見える白い肌に残る明らかな情交の跡に、サランは唇を噛み締めて視線を逸らした。