光の国の恋物語
121
悠羽は、顔に何かが触れたことで目を覚ました。
「あ・・・・・」
「おはよう、悠羽」
「・・・・・おはよう、ございます、洸聖様」
「お前が寝坊するなど珍しいな。昨日なかなか眠れなかったからか?」
洸聖の言葉に、悠羽は少し恥ずかしそうな笑みを浮かべた。
夕べ遅くまで起きていたのは洸聖との甘い夜を過ごしたわけではなく、サランと洸莱のことが気になって仕方がなかったからだ。
(何だか下世話だけれど・・・・・大丈夫かなって・・・・・)
サランと共に育ってきた悠羽は、当然のごとくサランが誰とも肌を合わせたことがないのを知っている。それどころか、どうせ役に立
たないのだからと、未成熟なペニスを切り取り、膣を焼き付けて欲しいと、まだ10にもならない少年が1人で医師の元を訪ねたく
らいなのだ。
(その医師が、母上に連絡を取ってくれたから良かったけれど・・・・・)
「サラン、お前が自分の身体を厭うのは勝手です。しかし、神から与えられた身体を自分勝手に傷付けることは許されません。
その生を終えるまで、お前はその身体と共に生きるのです」
王妃である母の言葉をサランがどう取ったのかは分からない。それでも、それ以来サランは身体のことを口にすることはなかった。
成長し、誰の目にも美しい少女に育ってからも、どんな男からの求愛も一切受け付けることなく、問答無用に切り捨てていたサラ
ンが、本当に洸莱と上手くいくのだろうか。
「悠羽、お前はそんなにサランのことが心配なのか?」
「それは・・・・・サランは私の兄弟と同じですし・・・・・」
「・・・・・それに?」
「・・・・・私も、そうですけど、サランも誰かと、その・・・・・あの・・・・・」
「同衾したことはなかった?」
はっきり言わなくてもいいのにと思いながら、悠羽は渋々頷いた。
男でありながら王女として育った悠羽と、両性具有の身体を持つサラン。蔑まれることはなく、皆から愛されていたとは思うが、そこ
に男女の恋愛が絡むような感情はなかった。
悠羽は眉を顰めながら洸聖を見つめる。
「何だ」
「・・・・・」
(洸聖様と洸竣様は、そんなことはなかっただろうな)
どこからどう見ても、羨ましいほどに整った容姿と、申し分のない家柄。まだ未成年の洸莱と、どちらかといえば愛でられる立場
に見えた莉洸の2人とは違い、洸聖と洸竣はその手の話には不自由がなかったように思えた。
「・・・・・」
「悠羽?」
「なんでもありませんっ」
悠羽は何だか面白くなかった。過去のことをどうこう言っても仕方がないと思うのに、洸聖の向こう側に今までの相手の姿を想像
するだけで胸がムカムカしてしまうのだ。
「悠羽っ」
「なんでもありませんっ」
そんな理由を話すのも恥ずかしくて、悠羽はパッと寝台から起き上がると顔を洗いに向かうことにした。
控えめに扉を叩く音がする。
洸莱はその相手が誰だか分かっていたので、そのまま躊躇うことなく扉を開けた。
「あ、お、おはようございます」
「おはよう」
案の定、そこに立っていたのは兄の許婚である悠羽だ。
後ろ髪が飛び跳ねたまま、前髪は濡れていて、それだけで悠羽が起き抜けにすぐここにやって来たのが分かる。
(本当に、強い繋がりを持っているんだな)
男女間の恋愛感情とも親子の愛情とも少し違う、悠羽とサランの不思議に強い絆。妬けることはなかったが、羨ましく思った。
血が繋がっていなくても、こんなにもお互いを思い合える関係。悠羽には、ずっとサランをそんな風に思っていて欲しい。
「あの・・・・・」
「・・・・・」
何と切り出していいのか分からないのだろう、洸莱は思わずふっと笑ってしまった。
「すまない、悠羽。サランは今日1日、せめて半日、ゆっくりと休ませてもらえないか?」
「・・・・・あ、はい」
「すまない」
「い、いいえ、私の方こそ朝早くから来てしまってごめんなさい!」
バッと頭を下げた悠羽はそのまま踵を返そうとして、あっともう一度振り返る。
「サランには、2、3日ゆっくりしてって伝えてくださいね!」
そう早口に言った悠羽は、今度こそというように走って行った。
洸莱と悠羽の声は、部屋の中にいるサランには丸聞こえだった。
真っ正直な洸莱は全く誤魔化そうとせず、悠羽も夕べの自分の言葉から、何があったのかは正確に把握したのだろう。
なんだかとても恥ずかしい気がするが、それと同時に嬉しくも思った。自分が誰かとこういう行為をすることが出来ると分かっただけ
でも、悠羽にとって心配の種が減ったのではないだろうか。
「サラン」
寝台の側に戻ってきた洸莱は、僅かに身を起こしているサランを見て眉を顰めた。
「無理を・・・・・」
「していません。洸莱様が大切に抱いてくださいましたから」
「・・・・・嘘ではないな?」
「ええ」
初めて誰かを抱いたであろう洸莱は、サランが申し訳ないと思うほどに辛抱強く、優しく抱いてくれた。痛みは確かにあったものの、
それは十分我慢出来るものだった。
(和季殿が言われていたのは、このことだろうと・・・・・分かった)
こんなにも大切にされれば、もしかしたら自分の身体はそれ程忌むものではないのかもしれないと思えた。
誰かに愛おしく思われるということは、これほどに心が優しく、豊かになるものだとは・・・・・。
「サラン」
ゆっくりと寝台から降りようと動くサランを、洸莱はさりげなく助けてくれた。ここで止めたとしても、サランが言うことを聞くとは思わな
いと分かっているのだろう。
「少し遅れましたが、悠羽様のお世話に行きます」
「大丈夫か?」
「はい。それに、悠羽様のお顔を見て、きちんとお伝えしたいのです」
「・・・・・」
「私も、自分の身体が少し、好きになったということを」
「サラン・・・・・」
一度に全てが変わることは無いが、それでも変化をせずにこのまま一生を過ごしていったかもしれないもう一つの未来を思えば、
この変化はとても素晴らしいもののはずだ。
「身体を合わせてみて良かった・・・・・。そうでなければ、私は世の中がこれほどに色鮮やかなものだと気付かないままだったかも
しれません」
「・・・・・それなら、サラン。私とのことを真剣に考えてくれるのか?」
「・・・・・洸莱様は試しだと思わないで欲しいとおっしゃった。私はこの先もずっとそうだと思っていたのですけど?」
年下の頼もしい王子に首を傾げながら言うと、洸莱は珍しく言葉に詰まってしまったようだった。
悠羽の世話をするサランとは何時も水場で会うのだが、今日はその姿を見掛けなかった。
どうしたのだろうかと思っていた黎は、朝食の時間に洸莱と共に食堂に入ってきたサランの姿を見てあっと思ってしまった。
(サランさん、もしかして・・・・・)
けして、身体に触れ合っているわけではないし、じっと見詰め合っているわけでもないのだが・・・・・、時折見交わす目が、サラン
を促す洸莱の手が、見ている者が照れくさくなるほどに甘い雰囲気があるのだ。
「あ〜あ、弟に先を越されるとはなあ」
すると、いきなり隣に座っていた洸竣が面白くなさそうな声で言った。
「洸竣様?」
「洸莱、お前ちゃんと出来たのか?」
「・・・・・兄上、食事の時に言うような話ではないですよ」
「サラン」
洸莱が全く相手にしないので、洸竣の矛先は洸莱の相手であるサランに向けられる。
「洸莱は上手かったかな?」
「兄上」
さすがに洸莱がそれ以上の言葉を止めようとしたが、サランはいいのですよというように洸莱に笑い掛けた後、洸竣を見てきっぱり
と言い切った。
「私は洸莱様以外に存じませんが、とても良かったと思いますよ」
「・・・・・」
「他の、どの王子様よりも、洸莱様が一番素晴らしい方です」
「・・・・・なるほど」
あまりにきっぱりと言われて、洸竣もそうとしか言えなかったようだ。
洸莱と視線を交わして静かに笑うサランを見て、黎は呆れたように溜め息をつく洸竣をちらっと見つめた。
(何を考えていらっしゃるんだろう・・・・・)
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