光の国の恋物語





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 遊びにおいでと言ってくれた悠羽の言葉に深く頷いたが、黎の足はそのまま洸竣の部屋へと向かっていた。
確かに、悠羽とサランのいる部屋は心地いいのだが、その一方で自分の胸の中がモヤモヤとざわめくのもまた、確かなことだったか
らだ。
 その理由は分かっている。
それは・・・・・。
 「黎」
 「あ、洸竣様」
 黎は名前を呼ばれ、まるで走るように洸竣の側へと駆け寄った。
 「御用でしょうかっ?」
 「いや。私は明日から隣国に使者として向かうことになった」
しかし、それは黎に対しての用ではなく、急な旅を知らせるものだった。
 「兄上と悠羽殿の婚儀の件で、国境の警備のこともあるだろう?そのまま2カ国回って、莉洸にも会いに行こうと思っているし、
10日くらいは不在にすると思う」
 「あ・・・・・で、では、旅のお仕度を」
 「それは、黎には分からないことも多いと思うし、慣れている召使に頼んだから心配は要らないよ。私が不在の間、黎はゆっくり
と羽を伸ばしたらいい」
 「そ、そんな、僕はっ」
 「何か珍しい土産を買ってこよう、お前が喜ぶような」
そう言いながら、洸竣は子供にするように黎の頭を撫でた。
その手が温かくて優しくて・・・・・それでも、黎は寂しいと思ってしまった。



 自分だけではなく、悠羽や、兄弟王子達の前ではっきりと想いを告げてくれた洸竣。
身分違いも、同性であることも乗り越えてのその真摯な思いに、黎は早くきちんとした答えを出したいと思っていた。
いや、答えだけならばもうとうに出ていた。黎にとって洸竣は恩人であると同時に憧れの存在でもあり、その想いが限りなく恋に近
いものだということも・・・・・自覚している。
(僕の答えが・・・・・遅いから?)
 「もしかしたら・・・・・呆れていらっしゃる・・・・・?」
 呟きが、廊下に響いた。
(でも、でも、だって・・・・・)
 どんなに、いずれはそうするだろうと思っていても、自国の王子である洸竣の想いを躊躇いなく受け入れるのにはまだもう少し時
間が掛かる。
そんな焦りを感じている中での洸竣の旅は、黎の中の不安をさらに刺激してきた。




 「すまぬな、洸竣」
 「いいえ、大切な兄上と悠羽殿の婚儀ですから、万全を考えるのは当たり前のことです」
 「洸竣様、お気をつけて」
 「悠羽殿、あまり兄上に甘えないように。これ以上デレデレとした兄上の情けない顔は見ていられない」
 「洸竣っ」
 翌朝、正門の前には洸聖を始め、多くの見送りの人々が洸竣の周りを取り巻いていた。
華やかな存在である洸竣が10日ほどだとはいえ、光華国を不在にするのはやはり寂しいものなのだろう。
 「・・・・・」
 そして、黎はにこやかに見送りの人々と話している洸竣を少し離れた場所から見つめていた。
結局、旅の準備は皆他の者がしてしまったし、洸竣は他に用事は言いつけてくれなくて、黎は洸竣の為に何も出来ないままこの
場に立っている。
(本当に・・・・・役立たずだ・・・・・)
 「あ、黎っ」
 きょろきょろと辺りを見ていた悠羽が、黎の姿を見つけて声を掛けてきた。
賑やかなあの輪の中に入っていくのは勇気が必要だが、それでも呼ばれたからには向かわなくてはならない。
 「悠羽様・・・・・」
 「黎、洸竣様にお言葉を掛けないと」
 「こらこら、悠羽殿、無理強いはしなくていいよ」
 洸竣は苦笑しているが、悠羽はいいえと首を横に振った。
 「この中で、多分黎が一番強く思っているはずですから、洸竣様の無事のご帰国を」
 「・・・・・」
 「違う?」
悠羽に顔を覗き込まれ、黎は慌てて首を横に振った。この中で一番かどうかは分からないが、洸竣の無事を願っているのは確か
だった。
 「こ、洸竣様」
 「ん?」
 「・・・・・お気をつけて、下さい」
 「うん、ありがとう」
 「お、お土産なども、いりませんから」
 そんなものを選んでいる時間分早く、ここに戻ってきて欲しいと思う。
そんな黎の、言葉にならない思いは伝わったのかどうか・・・・・洸竣は一瞬だけ黎の頬に触れると、分かったと甘い声で答えてくれ
た。



 今回は、逃げる為に時間を置くというわけではなかった。
洸聖と悠羽の婚儀は、次期光華国王の婚儀ということもあってかなりの客人を招待することになっている。その為の警備は自国
の名誉の為にも完璧でなくてはならず、それには王子である洸竣が直接隣接国に赴いて確認をするのが最良の手段だった。
 それは父も洸聖も賛成で、夕べ、洸聖は洸竣の部屋まで赴いて頭を下げたくらいだ。

 「手間を掛けさせてすまぬ。よろしく頼むぞ、洸竣」

改めてそう言われるのは気恥ずかしかったが、それでもしっかりやり遂げなければならないと、改めて覚悟は強くなった。
 「では、行ってまいります」
 「行ってらっしゃいませ!」
 「お気をつけて!」
 「ご無事で!」
 正式な使者であるので、今回は20人近くの大きな集団で出掛けることになる。
その中心で守られるように馬に乗った洸竣は、手を振る相手ににこやかな笑顔を向けた。
 「ありがとうっ」
(黎・・・・・複雑な顔をしていたな)
 可愛らしい顔が固く強張っていたのに気付いていたし、それが多分今回の自分の旅にも関係あるとは思うが、かといって、黎を
同行させたとしたら・・・・・。
(それこそ、緊張で窒息するかもしれない)
 不在は10日あまりだ。
戻ってきたら強く、あの小さな身体を抱きしめたいなと思った。



 「行ってしまわれた・・・・・」
 悠羽の呟きに、黎は胸を掴まれた思いがした。
再び、それも10日ほどで戻ってくることは聞いているのに、どうしてか二度と会えないような気がしてしまったのだ。
(こんな悪い考えなんかしてはいけないのに・・・・・っ)
 不吉な思いは、不吉な現実を呼んでしまう。
昔、誰かがそんなことを言っていた気がして、黎は思わず首を激しく振った。
 「黎?どうした?」
 「い、いえ」
 「・・・・・私達の為に、黎に寂しい想いをさせてしまうが・・・・・きっと無事戻ってこられるから、ここで一緒に待っていよう」
 「・・・・・はい」
 「うん」
 黎の返事に悠羽は頷き、そのまま門の奥へと入っていく。他の見送りの人々も、それぞれが自分の仕事へと戻る為に移動を
始めていた。
黎もその後に続こうとしたが、ふと足を止めてもう一度洸竣が向かった方へと視線を向けた。
 「・・・・・」
既に砂埃しか見えず、洸竣の姿は確認出来ない。
 「・・・・・洸竣様・・・・・」
(ご無事に、どうかご無事にお戻り下さい・・・・・)
 家族ではなく、恋人でもなく、今はまだただの召使でしかない黎は、表立って祈る姿を見せるわけにはいかない。
人がいなくなって初めて両手を組んで目を閉じた黎は、洸竣の無事の帰国を神に願うと、しばらくその場から立ち去ることが出
来なかった。






                                                       






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