光の国の恋物語





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 隣接国の対応は概ね好印象だった。
光華国が大国であることはもちろん、元々好戦的な国でもなく、なにより第二王子自らが赴いたことが大きかった。
近隣諸国でも洸竣の端麗な容姿は噂の的で、その上愛想もよく華やかな雰囲気だ。どこの国でももっと長期の滞在を望まれ
たが、何とかそれを辞して、今は蓁羅へと向かっていた。
 「莉洸様はご健勝であられるでしょうか」
 「稀羅殿は可愛がってくれていると思うけどね」
 「・・・・・」
 「何?」
 「少々・・・・・複雑な思いもいたします」
 旅を共にしている従者の言葉に、洸竣は思わず苦笑を零してしまった。
これが、他の王子達にならば言わなかったかもしれないが・・・・・自分はやはりそれなりに民に近い存在なのだろうか。
(普段どれだけ遊んでいるのかという証でもあるかもな)
 「この目でその姿をしっかりと見届けよう。莉洸が今どんな生活を送っているのか・・・・・莉洸の幸せを私達は願っているのだか
らな」
 「はい」
 洸竣の中にも、今だ莉洸の相手が稀羅だということに納得が出来ない部分はある。相手が同性だからということもあるが、それ
以上に蓁羅という裕福ではない国で、莉洸がどんな風に暮らしていくのかを危惧する部分が多かった。
(食料や医薬は、我が国からも受け入れるようになってきたが・・・・・)
 それまでの敵対関係の中で、国交断絶だった二カ国。
しかし、莉洸が稀羅の婚約者という立場になってから、蓁羅も光華国からの援助を受け入れるようになった。ただ、それだけで国
の生活水準が急激に上がるとは思えない。
(少しでも顔色が悪かったり、痩せていたら・・・・・)
どんなに莉洸が拒否しても国に連れて帰ろう・・・・・洸竣はそう思っていた。



 一夜、野宿をして。
既に日は傾き始めていた。
 「そろそろ蓁羅の国境が見える頃です」
 「分かった」
 前の国に滞在している間に、蓁羅へは先に使いを差し向けていた。

《過度な歓迎行事などせず(するとも思わなかったが)、ただ粛々と迎え入れて欲しい》

何の連絡もしなかった場合、国境でかなり足止めをくう場合も考えられ、その無駄な時間を省く為にも先に連絡をしていたのだ。
 「さて・・・・・どのような国なのか」
 洸竣にとっては初めて訪れる国だ。
以前、蓁羅を訪れた悠羽や洸莱、そして黎からも話は聞いていたが、その言葉を自分の目で確かめる時はもう直ぐそこだ。
 「王子、あまり前方へは行かれないように」
 「ん?」
 「この当たりは無国籍地帯で、各国から追放された者が盗賊と化しているとも聞きます。蓁羅の国境の門へ入るまでは我らの
背後に、よろしいですね?」
 「はいはい」
 「王子」
 「分かったよ」
 明らかにただの商人や旅人には見えない自分達の一行。まさか王族とも思われないだろうが、それなりに裕福な貴族の旅路
と思われるかもしれない。
荒れた岩山や裸の木々がある中で、盗賊が身を潜める場所もないと思ったが、心配する従者の言葉には素直に従おうと、洸
竣が走らせていた馬の速度を落とした時だった。

 ヒヒィィィ!

 「っ?」
 いきなり、洸竣の乗った馬が高く嘶き、前足を大きく振り上げた。
 「王子!」
 「!」
必死に手綱を握って振り落とされないようにした洸竣の腹に、次の瞬間熱い衝撃が襲う。
 「・・・・・っ!」
 「王子を守れ!」
 「あの岩場に人影が!!」
 「・・・・・・・・・・・・・・・」
(な・・・・・に、が・・・・・?)
視界が赤くなってくる。洸竣はゆっくりと視線を下ろし、自分の腹に矢が突き刺さっているのを確認した。
(くそ・・・・・っ、莉洸に・・・・・心配を、掛けて・・・・・)
 「王子!」
 たかが矢一つが突き刺さったくらいで、こんなにも意識が朦朧としてしまうだろうか。多分、この矢じりには毒が仕込まれていたの
だろうと頭の片隅では冷静に考えながら、洸竣はそのまま意識が遠くなってしまい・・・・・次に身体が何かに叩きつけられる衝撃
を感じたまま意識を無くした。






 うろうろと落ち着き無く部屋の中を歩く莉洸を、稀羅はあまり面白くは無い思いで見つめている。
(そんなにも兄との再会が待ち遠しいのか)
近々行われる光華国皇太子洸聖と悠羽との婚儀。
その為の警備等様々な確認の為に、第二王子が隣接国を回るという連絡があった。もちろん、蓁羅へも訪れ、その際には蓁羅
の王の婚約者、つまりは自分の婚約者であり、光華国の第三王子の莉洸にも会いに来るとの通達に、稀羅は苦々しく思ったも
のの、国境近くの離宮までやってきていた。
莉洸が久し振りの兄との対面を、少しでも早くと心を躍らせているのが分かっていたからだ。
 「・・・・・そんなに嬉しいものか?」
 「はいっ」
 「・・・・・」
 もちろん、兄弟に会ったからとはいえ、身も心も自分のものにしたはずの莉洸が今更祖国に帰りたいと言い出すとは思っていな
い。人質としてこの国に連れ去った時でさえ、莉洸は帰りたいと泣くことは無かった。
 稀羅はただ、莉洸の目が自分以外を見つめるのが嫌なのだ。
兄という、自分には絶対に相容れない血の繋がりを持つ2人が再会を喜び合うところなど見たくない。
それでも、この再会を強引に止めさせるという心の狭さを莉洸には見られたくなくて、稀羅は渋々ながらも今日訪れる予定の第
二王子を待っていた。
 「稀羅様、洸竣兄様がいらしたら、国を案内してもよろしいですか?」
 「お前が?」
 「ええ。僕がどんな国で暮らしていくのか、兄様にもちゃんと見ていただきたくて」
 「・・・・・分かった。それならば私も同行しよう」
 「え?稀羅様が?」
 「私が行ってはおかしいか?」
 「で、でも、稀羅様はお忙しくていらっしゃるし・・・・・」
 「お前の兄弟を案内するくらいの時間は取れる。お前がどんなにこの国を愛そうとしているのか、私も分かってもらいたいと思って
いるからな」
(そうだ、私も同行すれば問題は無いだろう)
出来るだけ2人になる時間を少なくすればいいのだと、稀羅がようやく内心安堵の息をついた時、慌しく部屋の扉が叩かれた。
 「・・・・・」
 「稀羅様・・・・・」
 その、常に無い音に、莉洸が不安気に視線を向けてくる。
莉洸を怯えさせた者にどんな罰を与えようかと、稀羅は眉を顰めながら扉を開けた。
 「煩いっ、何事だ!」
 「か、火急の知らせにございますっ」
稀羅の剣幕に驚いたであろうが、それ以上に差し迫ったことがあったのだろう、衛兵は膝を着きながら一気にまくし立てた。
 「南の国境付近にてっ、光華国の洸竣王子が何者かに襲われたご様子!」
 「何?」
 「兄様がっ?」
 莉洸も慌てて駆け寄ってきた。
 「それは本当のことですかっ?」
 「はいっ、今国境警備の詰め所に安置されておりっ、医師を向かわせ・・・・・っ」
 「!」
 「莉洸!」
話を最後まで聞かず、莉洸は部屋から飛び出していく。
 「馬鹿者がっ!」
これ程の大事をいきなり莉洸に聞かせた衛兵を一喝した後、稀羅も急いでその背中を追い掛けた。