光の国の恋物語
126
こんなにも弱々しい洸竣の姿を見るのは初めてで、黎はどうしたらいいのか分からなかった。本当に生きているのかと不安で、そ
れでも触れるのは怖くて、黎は寝台の傍まで近付くことが出来ない。
「・・・・・」
そんな黎を見つめていた悠羽は、黎の肩をそっと叩いた。
「今から医師に見ていただこう。蓁羅の医師も最善を尽くしてくれただろうが、こちらとしても改めて容態を確認したいし・・・・・そ
れまで外で待っていようか」
「・・・・・さい」
「え?」
「ここに、いさせてください」
「黎」
「洸竣様のお傍にいたいのです。お願い致します、悠羽様」
目を離している間に、もしも・・・・・もしもと、嫌な想像をしてしまう。
自分がここにいても何も出来なくて、ただ邪魔な存在だというのは分かっているものの、黎はどうしても洸竣の姿が見える場所から
離れたくは無かった。
黎の思いはよく分かる。
自分も、もしも倒れたのが洸聖だったら・・・・・そう思った悠羽は黎の言葉を受け入れ、医師に後は頼むと言い伝えて、自分は別
に用意された部屋へと向かった。
早馬で大体の状況は分かっていたものの、それでも詳しいことは不明だ。光華国の王族の代表としてここまできた悠羽は、帰
国して王や洸聖にきちんと説明が出来るように、稀羅から詳細を聞くことにした。
「お疲れになったでしょう」
部屋に行くと、早速莉洸が甘い茶を入れてくれる。
自ら動くその姿は王族らしくないかもしれないが、悠羽は何だか微笑ましくなってしまった。莉洸が、もうこの蓁羅に溶け込んでい
るように思えるからだ。
「ありがとうございます、莉洸様」
受け取った茶に一口口を付けた悠羽は、そのまま稀羅の方へと視線を向けた。
「事情をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「私もその場にいたわけではないからな」
稀羅の話は、早馬の使いが持ってきた書状に書かれていたこととさほど変わりなかった。
(盗賊が蓁羅の国境近くにいるということは、光華国にも影響が出てくるかもしれない)
国と国との関係が良好だとしても、その国境間にある無国籍地帯での出来事に関しては情報交換はあまり無い。どこか、避け
ているとも取れる対応だが、今回のようなことがあると真面目に考えなければならないと思った。
「討伐軍の編成を打診しようと思う」
そんな悠羽の気持ちを読んだかのように、稀羅がはっきりと口にした。
「討伐軍ですか?」
「今回はたまたま、我が国の国境の門近くで光華国の王子が襲われたが、その危険性は無国籍地帯に面する国にはどこでも
あることだ。大きな悲劇が生まれる前に、毅然とした処置は取っておいた方がいいだろう」
「稀羅王・・・・・」
「・・・・・どう思う?」
「素晴らしいです」
悠羽は直ぐに答えた。
「こういう時にこそ、各国は協力しなければなりません」
「他の国を動かすには、我が国の名前よりも光華国の名前の方が大きな影響がある。皇太子の婚儀の折、光華国に伺った
時にその話をしたい」
「分かりました、私からも洸聖様にお伝えしておきます。洸聖様も、きっと賛成してくださいます」
強く頷いた悠羽は、ほっと溜め息をついた。
(洸竣様の容態も、命には別状がないということだし、本当に・・・・・良かった)
(悠羽様、お変わりなくて・・・・・)
あいも変わらずに暖かな笑顔を持つ悠羽は、やはり先程会った時は洸竣のことを心配して強張った表情をしていた。
しかし、その容態が安定していることを知った後は、その表情にも明らかな安堵の色が浮かんだ。洸竣のことを本当に大切に思っ
ていてくれることがよく分かって、莉洸は胸の中が暖かな思いで一杯になっていた。
「今回はあまり良いことではなくて訪問してしまいましたが、こうして莉洸様のお顔を拝見することが出来て良かった」
「え?」
「とても、お幸せそうだから」
「悠羽様・・・・・」
「愛されていることがよく分かります、ねえ、稀羅王」
「ゆ、悠羽様っ」
悪戯っぽく笑いながら稀羅を見る悠羽を、莉洸は慌てて止めようとする。
しかし、そんな莉洸の腰を掴んで自分の方へと抱き寄せながら、稀羅はゆったりとした笑みを口元に浮かべた。
「当たり前だ。光華の王や、王子達にもしっかりと伝えて頂きたい。蓁羅の王は片時もその腕の中から放さないほどに、莉洸王
子を慈しんでいると」
「稀、稀羅様っ」
「はい、しっかりと」
慌てる莉洸を挟んで、悠羽と稀羅は顔を見合わせて笑っている。莉洸は恥ずかしくてたまらなくて、稀羅の肩へと顔を埋めてし
まった。
やはり、悠羽が来国してよかったと稀羅は思った。
蓁羅に対して何の偏見も無い悠羽は、稀羅の言葉をそのまま真っ直ぐに受け止めてくれる。盗賊の討伐のことも、莉洸への思
いも、悠羽の中では真実として納得してくれているのだ。
(これが皇太子だったとしたら・・・・・何時まで経っても話は進まないかもしれない)
蓁羅に対して思うところがあり、それに加えて大切な弟を奪われたという気持ちがあって、洸聖ならば簡単には稀羅の言葉にも
耳を傾けなかっただろう。
「それにしても、蓁羅の薬草は凄い効力ですね」
「我が国の薬草の効力は、近隣諸国からも注目をされている」
「きちんとした流通を確保すれば、もっと外貨も得られるのではないですか?」
「・・・・・」
いきなり金のことを言い出した悠羽に、稀羅は僅かに眉を潜めた。
「稀羅王、これは正当な商売です。価値のあるものを提供し、それに見合う外貨を得るのは当然でしょう?私の国の奏禿は
何も無い国で・・・・・蓁羅が羨ましいほどです」
「悠羽」
「今のままでは、洸聖様は何時までも莉洸様の心配をなさいますよ?光華を凌ぐような大国になれるかもしれない宝がここには
無限にあるんです、稀羅王、洸聖様を見返したいとは思われないのですか?」
洸聖の妃になる立場の悠羽が、こんな風に稀羅を発奮させるとは思わなかった。
「・・・・・私が、皇太子に勝っても良いと?」
「簡単には勝たせません。私も、微力ながら洸聖様に出来る限り協力しますし・・・・・洸聖様も、あなたにだけは負けたくないと
思われているのではないでしょうか、稀羅王」
「・・・・・なるほど」
あくまでも、悠羽は洸聖の側だということだ。
(本当に、面白いな、こやつは)
互いに競い合いながら成長する。そう前向きに思う悠羽の思考に感化されたかのように、稀羅は笑って頷いてみせた。
医師達が忙しく動いている。
いったいどんな治療をしているのか黎には分からなかったが、それでも、その行動一つ一つで少しでも洸竣の容態が回復するよう
に、両手を握り締めて祈るように目を閉じていた。
「どうやら、毒素はかなり抜けていらっしゃるな」
医師の1人の声が聞こえ、黎はハッと顔を上げる。
「外傷も矢じりの箇所は小さなものだが、落馬された時にどれほど身体を痛めていらっしゃるか・・・・・これは、王子がお目覚め
になられなければはっきり分からないな」
「深刻でなければ良いが」
「・・・・・」
「あ、あの」
思い切って医師に声を掛けた黎は、縋るような眼差しを向けた。
「お命は・・・・・お命は、大丈夫なんですね?」
「ああ、それは大丈夫だろう。噂には聞いていたが、蓁羅の薬草の力はかなり強力なものがあるようだ。我が国も積極的に受け
入れた方がいいだろうな」
「・・・・・良かった・・・・・」
まだ手を動かしながら話している医師達から視線を外し、再び洸竣の姿を見つめた黎は、命があるだけでも神の奇跡のように思
い、感謝の言葉を胸の中で呟いた。
![]()
![]()
![]()