光の国の恋物語
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美味しい果物が手に入ったと稀羅から手渡された莉洸は、早速それを持って洸竣の休んでいる部屋へと向った。
稀羅が自分の為にこれを用意してくれたというのは分かるが、まだ身体が全快ではない兄に、少しでも美味しい物を食べて欲し
いと思ったのだ。
そんな莉洸の行動は予想出来ていたらしく、稀羅は少しだけ眉を潜めたものの怒りはしなかったが、今夜は覚悟をするようにと
言われてしまった。
(稀羅様・・・・・あんな恥ずかしいことを言われなくても・・・・・)
既に稀羅に抱かれている莉洸には、その言葉の意味が分からないということは無い。それでも、兄が共にいる今は、その腕に抱
かれることは恥ずかしくてとても出来ないと思っていた。
「兄様?」
「・・・・・」
軽く、数度扉を叩いて部屋の中に入ると、兄は寝台の上で身体を起こしていて、莉洸に向って静かにと人差し指を唇に当てて
見せた。
「・・・・・」
(眠って・・・・・る?)
寝台の上に上半身を預けるようにしてうつ伏せている黎。どうやら眠っているらしいその姿に、莉洸は困ったような眼差しを兄に
向けた。
「誰かを呼んでまいりましょうか」
「いや・・・・・動かしたら起きてしまうかもしれない」
「兄様は?きつくはありませんか?」
「愛しい者の重みは、何時だって心地良いものだよ」
「兄様・・・・・」
相変わらずの兄の言葉に莉洸は呆れながら、近くの台の上に果物の籠を置いた。
「そんな風な言い方でからかっては黎が可哀想です、兄様」
嫌われてしまいますよという莉洸をじっと見ていた洸竣はふっと笑みを零す。
(もうすっかり・・・・・甘えた弟の顔ではないな)
目覚めた時、自分に縋って泣き続ける莉洸は、昔と変わらずに兄弟に甘える可愛い弟といった雰囲気だったが、こうして落ち着
きを取り戻すと随分雰囲気が変わっている。
初めにそれに気がついた時は寂しいと思った洸竣も、今は莉洸の成長を喜ばなければならないと思うようになっていた。
(莉洸も・・・・・共に生きる相手を見付けたということだな)
「兄様」
「ん?」
「あの・・・・・黎のこと、ですけど」
「黎がどうかしたか?」
「・・・・・兄様、黎を、あの・・・・・」
言い難そうな莉洸に、洸竣は笑った。
「お前とこのような話をするとはな・・・・・お前の思っているように、私は黎を愛しいと思っている。それは兄上もご存知だし、黎本
人にも伝えた。今だ、受け入れてはもらえていないが」
「兄様を嫌いだと?」
「嫌われてはいないと思うよ。多分、好かれているだろうが・・・・・それが、恩ゆえと言うのが少し寂しいけれど」
「・・・・・でも、兄様、洸聖兄様が悠羽様と結婚されて、私も、蓁羅に嫁ぐのに・・・・・兄様も・・・・・」
「ああ、そうか」
「え?」
いきなり声を上げた洸竣を莉洸は不思議そうな眼差しで見つめていたが、洸竣は蓁羅に滞在している莉洸が様々な出来事
を知らないことに、今ようやく気がついた。
「兄様?」
父と、影である和季のことだけでなく、自分と黎のこと、そして、洸竣も意外だと思うほどに急展開した洸莱とサランのこと。
きっと、莉洸は光華国の未来・・・・・世継ぎのことに関して心配しているのだろう。
(話しておかねばならぬことだったな)
男である悠羽に子が生まれることは考えられず、真面目な兄洸聖が他に妾妃を娶るとは思えない。
自分は、蓁羅の稀羅王の元に男でありながら花嫁として嫁ぐ。
無口で、感情の抑揚の少ない末の弟の洸莱が、花嫁を娶るとしても遥か先で・・・・・そうなると、光華国の未来の世継ぎを作る
ことが出来るのは洸竣しかいないという結論になる。
その洸竣が、男である黎に本気の愛情を向けているとしたら、いったい光華国はどうなるのかと、1人光華国を出ている莉洸だ
からこそとても心配なのだろう。
「心配はいらないよ」
洸竣は自信たっぷりにそう切り出した。
「こ、洸莱とサランがっ?」
「そう」
「あの2人が・・・・・?」
(恋仲になるなんて、とても・・・・・信じられない・・・・・)
兄弟の中でも、特に洸莱と仲が良かったと思うが、そんな莉洸にさえも、洸莱はどこか遠慮したような・・・・・いや、兄弟というよ
りは王族の人間とその他という括りで自分を見ていたように思う。
莉洸がどんなに家族としての愛を説いても、静かな笑みを浮かべて黙っていた洸莱。
幼少時の離宮での経験は、洸莱にとってかなり深い心の傷になっているようだと、莉洸は上2人の兄からくれぐれも洸莱を気遣っ
てやって欲しいと(兄達に対してはさらに他人行儀が強くなる為だ)言われていたくらいだ。
「信じられない?」
「・・・・・はい。サランが、とても美しいとは思いますが、洸莱が、まさか・・・・・」
「あの2人に、世継ぎのことは任せることにした」
「兄様・・・・・」
「結果的に、私達兄弟の誰もが子を生すことが出来なかったとしても、それならばそれで、国民の中から優秀な者を選び、育て
ていけばいいと思っている。国のために自身の幸せを諦めるなど、父上もきっと望んではおられないと思うぞ」
「・・・・・」
多分、兄はとても深く考えた上でこう発言しているのだろうし、男性である悠羽を正妃にと望む長兄の洸聖も、きっと同じような
考えなのだろう。
考えが固いとまでは思わなかったが、それでも王族としての自負も矜持も強かったはずの兄弟達。
しかし、悠羽という風が吹いて、稀羅という力が強引に狭い口を押し開いた。
きっと、もっと光華国は変わると思う。それはもちろんいい意味だと確信しているし、この蓁羅も、稀羅と自分の力でもっともっとよ
い国にしていきたいと思う。
「・・・・・そうですね、兄様」
「莉洸」
「今度国に戻ったら、洸莱をからかってやらないと」
「はは、あいつは少しも動じないと思うぞ?」
「・・・・・そんな気もします」
自分以上に大人びている弟の顔を思い浮かべ、莉洸は眉を顰めてしまった。
(洸竣様・・・・・)
頭上で交わされる言葉。
始めは確かに眠っていた黎だったが、何時しか自然と目覚めて2人の会話を黙って聞くことになった。
本当は、怪我人である洸竣の膝の上に頭を乗せるなど、あってはならない失態なのに、優しく髪を撫でてくれる手付きに張って
いた気が緩んでしまったのか、黎はそのまま眠ってしまった。
気がついたのは、遠くで聞こえていた会話がだんだん大きくなったからだが・・・・・さすがに会話の内容が内容なので、黎はそのま
まの体勢で(緊張で強張って動けなかった)じっとしていた。
「兄様、黎を大切にしてくださいね。くれぐれも、遊びが過ぎないように」
「お前は真面目になった私を知らないな?黎に想いを告げてから、私は身も心も清いよ」
「兄様が?信じられないです・・・・・」
「真実の想いは人を変えるものだ」
「・・・・・」
黎が目覚めたことを知らないまま、兄弟2人の会話は続いている。それを聞きながら、黎は自分の心の動きを顧みた。
洸竣に愛を告げられ、それを受け入れることが恩を返すことだと思っていた。しかし、それは違うと、反対に洸竣に距離をおかれて
しまい、そのまま洸竣は外交の為に国を出て・・・・・命の危機にさらされてしまった。
毒矢に射られたという報告を受けた時、黎は自分の心まで矢に打ち抜かれて止まってしまうかと思うほどの衝撃を受け・・・・・そ
して、蓁羅まで来て無事を確認した時、生きていると分かった時、心から神に感謝をした。
きっと・・・・・それは、自分の素直な感情だったのだろう。
(生きていてくださって嬉しいと・・・・・再び言葉を交わせる喜びを感じた・・・・・)
好きだ。
唐突に、心の中に答えが生まれた。
恩とか、感謝とか、そう言った感情を省いても、黎は洸竣を・・・・・好きなのだ。
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