光の国の恋物語
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身体の中の毒素はほぼ消え、背中の傷の痛みもかなり薄れると、洸竣は蓁羅の国の中を見たいという希望を口にした。
洸竣にとっては初めて訪れる、隣国という名の遠い国。大切な弟が嫁ぐということもあるが、未知の国といわれる蓁羅を自分の
目でしっかりと確認しておきたかった。
しかし ---------------- 。
「駄目です!まだ病み上がりのお身体で、無理をされるなんて許しません!」
「悠羽殿・・・・・でもね、私はもうすっかり・・・・・」
「兄様っ、蓁羅には私がいるのです。全快されてからまた訪れて下さればいいではありませんかっ」
悠羽も莉洸も、洸竣の言葉を即座に却下した。
確かに一時はなかなか目覚めずに心配もさせたが、今はすっかり体調も回復し、寝台から起き上がって離宮の中を歩くことも出
来るのだ。
(体力もある方なんだが・・・・・)
「・・・・・黎」
洸竣は、静かに傍に控えている黎の名を呼ぶ。この中で唯一自分の味方になってくれそうな黎に、後押しの言葉を言ってもら
おうと思ったのだが。
「・・・・・僕も、反対です」
「黎?」
「お身体が・・・・・心配です」
「・・・・・」
小さな声で言う黎の俯いた顔を見つめ、洸竣は溜め息をついてしまった。
(こんな顔をさせてまで無理は出来ないな)
「・・・・・仕方ない、今回は諦めるとしよう」
「兄様」
「莉洸、次にこの国に参った時は、隅々まで検分させてもらうぞ?愛しいお前を任せることが出来るかどうか、国を見れば治めて
いる王の資質が見えるからな」
「明日?」
「はい。隣国ですので長い旅にはなりませんし、国では父や兄弟達も心配なさっていると思いますので・・・・・」
その夜、政務が終わり、夕食の前に私室に戻った稀羅の元に莉洸がやってきた。
夕べ、洸竣からぜひ蓁羅の国内を見たいと言われ、稀羅も構わないと承諾をしたのだが、この1日で洸竣の気持ちを変える出
来事があったのだろうか。
「莉洸」
「悠羽様も、黎も、私も、皆反対したのです。いくら容態が回復したといっても、一時は命に関わるほどだったのに・・・・・蓁羅
の国を見たいとおっしゃってくださったのはとても嬉しかったけれど、それは次の機会にしてくださいとお願いしました」
「・・・・・なるほど」
(この3人に懇願されれば折れるしかないかもしれぬな)
稀羅も、莉洸の懇願には弱いし、悠羽のことも他の者よりも随分心安く思っている。大人しそうなあの召使のことはよく分から
ないが、一喝すれば泣き出しそうな子供に思え、強くは言えないかもしれない。
「・・・・・」
稀羅は傍に立つ莉洸の身体を抱きしめた。
「稀羅様?」
「せっかくの兄との再会が、あまり良いものではなかったな」
「・・・・・はい。でも、あまり良い切っ掛けではありませんでしたが、兄にこの国の自慢出来るものを知ってもらいました」
「自慢出来るもの?」
「薬草です」
「ああ、そのことか」
「兄はこの国の薬草の力をとても褒めてくれました。今後の流通のことも話したいとおっしゃって。稀羅様、この薬草を諸外国と
の取引に利用して、たくさん外貨を蓁羅に取り込みましょうね?」
少しだけ、莉洸とは思えない言葉に、稀羅はある面影が思い浮かぶ。
「・・・・・それは、お前の意見か?」
「悠羽様がおっしゃってくださって、私もそう思いました」
素直に誰の知恵かを話す莉洸に、稀羅はくくっと笑みを零した。自分に言ったように、悠羽は莉洸にもこの国の再建の為、自分
なりの着想を伝えたのだろう。
(あのしっかりとした皇太子妃らしい)
やはり、あの存在は面白いと思った。莉洸とは全く違う意味で、自分に様々な刺激を与えてくれそうな気がする。
(あれで光華国の皇太子妃でなかったら、我が国の為に働いてもらうのだが・・・・・)
それでも、縁があって義兄弟になるのだ。きっと、これまでのように面白い案を出してくれるだろうし、稀羅もそれに素直に耳を傾
けたいと思った。
そして、翌日。
まだ朝早い国境の門には、馬に乗れるようになった洸竣と悠羽、黎、そして同行した供の者達が揃って、稀羅と莉洸の見送りを
受けていた。
「莉洸、今回は世話になった」
「兄様・・・・・」
洸竣の身体の回復は嬉しくても、こうして再び別れの言葉を言うのは寂しいのだろう、莉洸の目には既に涙が浮かんでいる。
隣国といっても、莉洸の足では容易に行き来出来ない距離。感じる寂しさを想像しても、きっとそれ以上になるのだろうが、稀羅
はその寂しさを自分が埋めることが出来るという自信があった。
そして、そのまま莉洸から視線を逸らすと、馬上の人になっている悠羽を見上げる。
「今度はゆっくりと遊びに来るがいい。お前との会話は面白いからな」
「そんなつもりは無いんですけど」
悠羽はそう言って笑った。
「稀羅王が少し、人あたりが良くなられただけではありませんか?」
「そのようなことを言うのはお前だけだ」
「いずれ、莉洸様もおっしゃられると思いますよ」
「・・・・・お前のようになられても困る」
本当に眉間に皺を寄せると、悠羽は楽しそうに笑い・・・・・やがて、きちんと頭を下げながら今回のことへの感謝の意を述べた。
「稀羅王、今回は本当にお世話になりました。今度の婚儀の折、我が国にいらっしゃったら、改めて王と洸聖様より感謝の言
葉がおくられると思います」
「悠羽」
「どうか、莉洸様を愛おしんでくださいね」
悲しそうな顔をする莉洸を見ていると、洸竣の胸にも寂しさが過ぎるが、きっとこの感情は一時的なものになるだろうと思ってい
た。
「お身体、くれぐれも大切になさってくださいね」
「ああ」
「黎、兄様をお願い」
「莉洸様・・・・・」
「兄様は、黎の言葉ならば聞くと思うから・・・・・だから、どうか無理をしないように、ちゃんと見張っていてね?」
「・・・・・」
黎に対する想いを告白したせいか、莉洸は洸竣が黎に頭が上がらないと思っているのかもしれない。もちろん、例外はあるだろ
うが、洸竣自身もそう思っていた。
(黎を泣かせるようなことだけは出来ぬからな)
ただ、そのことについて、必要以上に黎が責任を感じることはして欲しくなかったので、洸竣は笑いながら莉洸の頭を軽く撫でて
言った。
「私の勝手気ままな性格はなかなか変わらないからな。お前も、黎にあまり期待はしないように」
「兄様っ」
冗談でごまかすなと莉洸は反論しようとしたが、その前に後に控えていた黎が、はいときっぱり頷く。
「大丈夫です、莉洸様」
「黎?」
「僕・・・・・ちゃんと、洸竣様のお傍にいますから」
「おい、黎」
「ありがとう、黎っ」
「・・・・・」
(黎・・・・・無理をしてそんな言葉を言わなくてもいいのだが・・・・・)
しかし、遠く離れて簡単に様子が見えない莉洸にとっては、この黎の言葉は心強くあるかもしれない。
そんなに任務に縛られなくてもいいと後で黎に伝えればいいかと思い直した洸竣は、これが最後だというように莉洸の身体を強く
抱きしめ、その額に口付けを落とした。
「これを限りに会えないわけではない。莉洸、遠く離れていても、何時でもお前を愛しているよ」
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