光の国の恋物語
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病み上がりの洸竣の身体を気遣い、急げば2日で王宮に戻れる道程を3日かけて進んできた一行は、3日目の日が暮れる
頃に王宮の正門へと辿り着いたが・・・・・。
「洸竣!」
「洸竣様っ」
「王子!」
王以下、洸聖、洸莱、サラン、そして多くの召使い達がそこにはおり、皆口々に洸竣の無事の帰国を喜んでいた。
(す、凄い・・・・・)
先に帰国の日程を知らせに使いを出したものの、これ程に盛大な出迎えがあるとは思わず、悠羽は改めてこの国での洸竣の人
気を思い知ったような気がした。
「洸竣・・・・・」
「父上、ただいま戻りました。ご心配お掛けしまして、申し訳ありません」
王、洸英は一瞬目を細め、洸竣の顔をじっと見つめて・・・・・その肩に手を置いた。
「こうして元気なお前の顔を見ることが出来て嬉しく思うぞ」
父親としてよりも、まず光華国の王としての応答をしなければならないのだろうが、それでもその表情の中には喜びが溢れているよ
うに見えた。
「洸竣!」
「兄上・・・・・っ」
続いて、洸聖が洸竣を抱きしめた。
洸聖よりも僅かながら体格の良い洸竣だったが、髪をくしゃくしゃに撫でられ、帰国の喜びを告げられている顔は、甘える弟のもの
になっている。
次に、洸聖が腕を引っ張って前に押し出したのは洸莱で・・・・・普段はほとんど感情の起伏の少ない洸莱も、さすがに嬉しそう
に洸竣に抱きしめられていた。
「・・・・・」
そんな家族の光景を見て、悠羽は本当に洸竣が無事で良かったと心から安堵していた。もしもこれが、悲しい帰国だったとした
ら、ここにある素晴らしい笑顔は永遠に見られなかったかもしれないのだ。
(稀羅王に感謝をしないと)
洸竣が倒れたのが蓁羅の国境で、本当に良かったと思った。
父や兄弟達の優しい眼差しや言葉はくすぐったくも嬉しく、洸竣は無事に祖国に戻れたことを感謝した。
敵対国に行くわけではなかった今回の訪問も、最後に盗賊とはいえ命を狙われてしまったことをことを考えれば、自分の認識の
甘さを反省しなければならないだろう。
「洸竣様」
「ん?」
「お身体を清めてお休みになられますか?」
「そうだなあ」
正門前での熱烈な歓迎の後、皆はまだ本調子ではない洸竣を気遣って早々に解放してくれた。
洸竣自身、既に自分は万全の体調だと思っていたが、やはり疲れていたのだろうか、先程から腰掛けた椅子から立ち上がること
が出来なかった。
食欲もあまりなく、正直に言えばこのまま寝台に横になりたいが、そうすればそれ程に体調が悪いのかと黎が気にしてしまうだろ
うと思い、洸竣は心の中で勢いをつけて椅子から立ち上がった。
「じゃあ、湯でも浴びよう」
「お手伝いします」
「え?」
「あ、あの、だから、お手伝いを・・・・・」
「・・・・・黎も疲れているだろう?もう休みなさい」
「洸竣様・・・・・」
「湯浴みくらい、1人で大丈夫だから」
(こんな時に黎と2人でなど・・・・・少し、困るな)
体調は万全ではないまでも、洸竣も健康な若い男だ。心底愛しいと思った相手に肌を見せるなど・・・・・それが、色っぽい意
味ではないだけに、結構辛いものがあるような気がする。
「洸竣様、あの、僕・・・・・」
「おやすみ、黎。今回はありがとう」
洸竣は黎の頭を優しく撫でた後、ゆっくりとした足取りで湯殿に向った。
帰国早々、報告やら何やらでバタバタしてしまった悠羽は、夕食後ようやく洸聖の部屋で2人きりになった。
「悠羽」
「あの、ただいま戻りました」
改めて言うのは変かとも思ったが、悠羽はきちんと帰国の挨拶をしたくて頭を下げた。
「お役目を無事に果たしたかどうかは分からないんですけど、でも」
「悠羽」
「え?」
不意に手を引かれた悠羽は、あっという間もなく洸聖の腕の中にいた。
「無事で良かった」
「洸聖様・・・・・」
「ご苦労だった、悠羽」
「・・・・・」
洸聖のその言葉に、悠羽は破願した。誰に言われるよりも、洸聖に労わられたことが嬉しくて、思わず自分からも洸聖に抱きつ
いてしまう。
「ここに、無事戻ってくることが出来て・・・・・嬉しいです」
蓁羅へ旅立ち、洸竣の顔を自分の目で見るまで、悠羽は心配で、不安で、胸が張り裂けそうな気がしていた。
容易に国から出ることの出来ない王や洸聖の名代として、自分が行くしかないと決意はしたものの、もしもということを考えないわ
けにはいかず、そうなった場合の対応やらなにやら考えて、頭の中はずっと混乱していたのだ。
(洸竣様が無事で本当に良かった・・・・・)
「洸聖様も、洸竣様のご無事な姿を見られて安心されたでしょう?」
「ああ。だが、安心したのは洸竣の顔を見ただけではないぞ。お前も無事に戻って来てくれたことがもっと嬉しい」
「そ、そんなこと、洸竣様が聞かれたら泣いちゃいますよ?」
「あ奴が泣くような男か。それに、既に私の中で誰が一番大切なのかは、すでにあ奴も知っているだろう」
「・・・・・」
嬉しいと思ったらいけないのかもしれないが、それでも悠羽はそう言ってくれる洸聖の気持ちが嬉しくて仕方がない。
(本当に・・・・・良かった・・・・・)
悠羽は、今こうして嬉しい気持ちで洸聖と抱き合えることが幸せでならなかった。
世話はいいと洸竣に言われてしまったが、そのまま自室に戻ることも出来ずに、黎は洸竣の部屋から少し離れた廊下に立ち尽
くしていた。
部屋の前に立っていたら、洸竣が困ってしまうだろうと思ったのだ。
(洸竣様が湯殿から戻られたら・・・・・そうしたら、部屋に戻ろう・・・・・)
馬にも乗れ、数日ながら旅もして帰ってきたくらいで、洸竣の身体はほぼ完治しているとは思うが、それでも、もしも湯殿で倒れ
ていたらと不安を考えると、どうしてもこの場から立ち去ることが出来なかった。
「・・・・・黎?」
「・・・・・っ」
どのくらい経っただろうか・・・・・それは、ほとんど時間は経っていなかったとは思うが、不意に名前を呼ばれた黎は慌ててそちらを
振り向いた。
声で誰かは分かっていたものの、それでも静まり返った廊下での遭遇は驚いてしまう。
「サランさん」
「・・・・・洸竣様は?」
黎が1人で廊下に立っている姿に、サランの綺麗な眉が僅かに顰められていた。
黎は、洸竣が悪く思われないようにと、慌てて説明を始める。
「こ、洸竣様は今湯殿に行かれていて、僕には休むようにおっしゃっていただいたんですけど、ただ、僕が勝手にっ」
「黎」
「洸竣様は気遣ってくださっているのに、あのっ」
「・・・・・分かったから、落ち着きなさい、黎」
「・・・・・っ」
「お前が、自分の意志でここにいることは分かった」
「あ・・・・・はい」
(よ、良かった、分かってくれているんだ・・・・・)
自分の拙い説明で大丈夫かと不安でたまらなかったが、サランがそう言葉を返してくれたことで落ち着き、黎ははぁと小さな溜め
息をついてしまった。
「あの、サランさんは?」
「私は洸莱様の部屋へ伺おうと思っていたのだが・・・・・ちょうど良かった。黎に言っておきたいことがある」
「え?」
(僕に?)
改めてそう言うサランの話がいったいどんなことなのか想像が出来ず、黎は戸惑った眼差しを向けた。
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