光の国の恋物語
14
サランが悠羽の傷の手当をしている間、洸莱はベットが見えない場所で待っていた。
(・・・・・痩せた身体だった)
抱き上げた悠羽の身体はとても華奢で細く、20歳の女とはとても思えなかった。
将来この大国光華国を継ぐ長兄洸聖の妻だとはとても思えないが、2人の婚約ははるか昔に国同士が結んだことなので洸莱
には分からない。
それでも・・・・・。
「・・・・・」
(サランの方が王女のようだ)
醜いわけではないが、そばかすが目立つ貧相な容貌の悠羽とは違い、サランは珍しい銀の髪と蒼い瞳の持ち主で、容貌も人
形のように美しく姿もたおやかだ。
サランが洸聖の花嫁だと言われれば見た目には納得がいくが、心のどこかで・・・・・それは嫌だと思っている自分がいる。
(俺は一体何を・・・・・)
たかが召使いの1人を気にするなど今までに無かったことだ。
洸莱は自分の気持ちに途惑っていた。
「洸莱様」
洸莱の思考は、サランの声で途切れた。
「・・・・・ああ」
「ありがとうございました」
深く頭を下げると、綺麗に結われた髪が乱れているのに気付いた。
「・・・・・悠羽殿は」
「お薬をお飲みになったので、多分今夜はこのまま休まれると思います」
「そうか」
「お茶をお入れいたします、どうぞ」
一瞬、洸莱はその場を辞そうと口を開きかけた。
しかし、じっと自分を見つめるサランの蒼い瞳を見つめ返すと否とは言えず、
「すまない」
短く礼を言うと、洸莱は指されたイスに腰を下ろした。
静かに茶を飲む洸莱の横顔を見つめながら、サランは大切な主人に暴行を加えた男を苦々しく思っていた。
(あれは愛情を確かめ合ったという痕ではない・・・・・っ!)
色白の身体に散っている噛み跡や紫や赤黒い痕、男の身では唯一受け入れることが出来たはずの場所は真っ赤に腫れて少
し切れている。
後始末もしなかったのか、悠羽の流した血と洸聖が吐き出したであろう白いものが混ざり合ってそこから滲んで出ていた。
歳の割にはまだ小さく、可哀想なくらい細い悠羽に、よくもあれほどの暴虐を加えられたと思う。
「・・・・・サラン」
黙っていると、洸莱が言葉少なに口を開いた。
「兄上は悪い方ではない」
「洸莱様」
「ただ少し・・・・・感情の表し方が苦手な方なんだ」
「・・・・・随分他人行儀な言い方をなさるのですね」
実の弟に対しても冷たい男なのかと思ったが。
「仕方がない。俺は兄達とはまだ6年しか一緒に暮らしていない」
「え?」
「知らなかったか?俺は10まで離宮で幽閉されていた」
「・・・・・あ・・・・・」
この地に来ると正式に決まってから、サランもそれなりに光華国のことは調べた。
しかし、それはあくまでも国の情勢と、国王と、皇太子のことで、弟王子の、それもまだ16歳の末の弟のことはほとんど気にも留
めていなかったというのが本当だ。
サランは直ぐに立ち上がると、その場に膝を折って謝罪しようとした。
「何をしようとしている」
「申し訳ありません」
「謝ることはない。今の俺には、あの時間もただ懐かしく思うだけだ」
16歳の少年にしては、洸莱はとても大人びて思慮深い。
しかし、そんな彼にサランも想像出来ない深い闇があったのだと思うと、歳に似合わないその沈着さがなぜかとても痛く感じた。
「・・・・・ん・・・・・」
何時も起きる時間に自然に目を覚ました悠羽は、何時も通り身体を起こそうとして・・・・・直ぐに寝台に沈んでしまった。
「いったあ〜っ」
「悠羽様っ」
その声で悠羽が起きたのを知ったのか、慌てて駈け寄ってきたサランは直ぐに悠羽の身体を楽なようにとそっと寝かせ直した。
「酷く痛まれますか?」
「・・・・・サラン」
「直ぐに痛み止めをお持ちしますから」
「サラン」
再び強くその名を呼ぶと、サランは静かにこちらを向いた。
大好きなその蒼い目が憂いに満ちているのが分かると、悠羽ははあ〜っと大きな溜め息を付く。
(分からないはずがないか)
あんな状態で部屋に戻ってきたのだ。きっと手当てもしてくれたのであろうし、その痕を見ても分かったはずだ、悠羽が洸聖に抱
かれてしまったことを。
(・・・・・いや、あれは愛情の交歓などではなく、ただの・・・・・見せしめだ)
自分に逆らうなと、わきまえろと、洸聖に意見した自分に対する罰なのだろう。
「悠羽様・・・・・奏禿に戻りますか?」
「サラン」
「今帰ったとしても、皆優しく迎えてくださいます」
「・・・・・うん、私もそう思う」
「それならば」
「でも、サラン。私は今逃げるわけにはいかない」
「悠羽様っ」
同じ男の身として、力で征服されたことが悔しくなかったはずが無い。
抵抗出来ない力を思い知らされ、自分も持っている同じ性器で身体の中心を貫かれ、あの熱さと痛みと屈辱は、きっとこの先
も自分の心を苛み続けると思う。
それでも、ここで帰ってしまったら、自分が何の為にこの光華国に来たのか分からない。
「逃げたら、それで終わりだ」
「・・・・・」
「あの皇子は、去る者を追わない。追って来なかったら、私はただ単に身体を弄ばれたという事だけになってしまう」
どんなに貧しい国だとしても、悠羽も一国の王子(名目上は王女だが)だ。
ただ悔しいと、辱められたからと、泣いて逃げ帰ることはしたくなかった。
「考え方を変えよう、サラン。私はこれで名実共に洸聖様の妻となった。正式な式は挙げてはおらぬが、皇太子妃の私の意見
は、ただの奏禿からの客人よりも大きいはずだ」
じっと自分を見つめてくるサランに、悠羽は悪戯っぽく笑ってみせた。
「お金があったらやりたいことは山ほどあった。貧しい村に学校や診療所も建ててやりたかったし、川が遠い村には井戸を掘って
やりたかった。今までは思うだけで何も出来なかったが、今の私の後ろには光華国が付いている」
「悠羽様・・・・・」
「貧しく飢えているのは私の国だけではないよな、サラン。私は偽善者と呼ばれてもいい、一つでも多くの笑顔をこの目で見る為
にも、この国から金を引き出してやる」
「・・・・・ええ、ええ、悠羽様」
サランは、この王子の側で仕える事が出来るのを誇りに思った。
どんなに金があっても、地位があっても、尊敬出来ない人間には誰もついて来ない。
(悠羽様は違う・・・・・。この方は人の上に立てる方だ)
きっと、そう言えは悠羽は笑いながら無理だと首を振るだろうが、周りがきっと彼を押し上げるだろう。
(この国の皇太子に劣るはずが無い)
崇められる立場よりも、共に笑い合える位置に。そんな悠羽がとても愛しい。
「サラン、お腹が空いた。朝食を頼んでいい?」
「ええ」
サランは笑って頷く。
昨夜の洸聖の凶行は、悠羽の人格に少しの傷も付ける事は出来なかったようだ。
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