光の国の恋物語
131
大きな目を不安そうに揺らしたまま、黎がじっと視線を向けてくる。
彼がどんなことを考え、不安に思っているのかサランには分からないが、今から言うことは少しでも黎の肩の荷を下ろすのではない
かと思えた。
「私は、王家専属の医師に検査をしてもらうつもりだ」
「・・・・・検査?」
「そう。私に身体が、子を身篭ることが出来るかどうか・・・・・。幼い頃、母に町医者に連れて行かれ、そこで私は男としても女
としても生殖機能が無いと言われ、それきり、自分のことは諦めていた」
自分の家族は悠羽が、その家族が周りにいる・・・・・そう思っていた。
しかし、洸莱に求められ、自分自身も年下の男に常に無い思いを抱くようになり、実際に身体を重ねて・・・・・その気持ちの中
に変化が生まれた。
「また、子を生すことは無理だと改めて言われるかもしれないが、少しでも可能性があるのならば診ていただこうと思っている」
思い掛けないサランの言葉に、黎は大きく目を見開く。
「サランさん・・・・・」
「私の子がというよりも、洸莱様の子が王座に就くのも悪くは無いだろう?」
「あ、はい」
「だから、お前は躊躇わなくてもいい。強引に求められているわけではなく、お前も洸竣様を想っているのなら、素直にあの方に
身を委ねてもいいと思う。あの方は遊び人らしいが、真実はとても誠実な方だそうだ」
洸莱様がそうおっしゃっていたと言うサランの表情は、何時ものようにあまり動きは無い。
それでも、表情自体が柔らかくなっているような気がして、黎はサランが本気で洸莱のことを想っているのだということが分かった。
一番初めに思ったのは、いいなということ。
誰かを想い、その相手に想われるということが、どれ程奇跡に近いことだろうか。
「・・・・・黎」
黙り込んでしまった黎に、サランは静かに声を掛けてきた。
「洸竣様がご無事で良かったな」
「・・・・・はい」
「少し、考えてしまっただろう?」
「・・・・・」
「今回は良かったが、もしもの時・・・・・お前は後悔しないか?」
淡々としたサランの言葉は、激しい感情が込められていないだけにシンと黎の胸に響いた。
サランの言った通りだ。もしも、今回洸竣の命がもっと危ないということだったとしたら・・・・・自分は、今まで自分がとった行動を必
ず後悔したはずだ。
「サランさん・・・・・」
「私も人のことを言えないが」
そう言ったサランは、今度こそその口元に笑みを浮かべる。その綺麗な微笑みは性別を超越したもので、黎は思わず見惚れて
しまっていた。
私室に戻ってきた王、洸英は、自分の後ろを黙って付いてきていた和季を振り返ると強くその身体を抱きしめた。
「洸英様」
「・・・・・」
「洸竣様が無事に戻られて、本当に良かったですね」
口調だけ聞けばそれ程嬉しいといった雰囲気ではない。それでも和季がそんな言葉を言うこと自体珍しく、洸英は和季も今回
の洸竣の無事を共に喜んでくれているのだと覚った。
幼い頃の洸聖や洸竣の親代わりとなって育ててくれた和季だ。洸英が思っている以上に、自分の子供には愛情を抱いてくれ
ているはずだった。
ただ、両性という性を持つ者はそうなのか、感情の起伏はほとんど見受けられず、どうしても表面上は冷淡に感じられた。
「・・・・・我が子が、自分よりも先立つのは辛いことだからな」
「ええ」
「もちろん、お前もだぞ、和季。私よりも1日だけでいい、お前の方が長く生きろ」
「難しいことをおっしゃる。私は、あなたと同時に命を終えたいと思っているのに」
「・・・・・そうか、それも良いな」
「そうでしょう?」
和季は目を細めて、洸英の背中に手を回した。
「生意気なことを言うな」
「それが、私ですから」
洸英がはっきりとした思いを伝えてから、和季は言動も表情も遥かに素直になったように思う。
万人には分からなくても、洸英だけには分かる変化。それが誇りに思えて、洸英はそのまま和季の唇を唇で塞いだ。
「お背中をお流しいたします」
「大丈夫だ」
「洸竣様」
「構わないでいい。ゆっくり浸かりたいだけだ」
世話をする為に控えていた召使いにそう言うと、洸竣は湯殿の中を人払いした。
「この肌を見られるわけにはいかないからな」
呟くように言った洸竣は、湯に浸かりながら肩に掛けていた薄布を取った。
もう少し下・・・・・背中のその部分には醜い傷が残っているはずだ。召使いはもちろん、この傷を見たらきっとまた心配するだろう黎
の気持ちを思って、湯殿には連れてこなかったのだ。
「・・・・・っ」
ほとんど痛みは消えていたと思っても、熱い湯に浸かるとピリピリとした痛みが背中に走る。それでも、苦痛の声は洩らさずに(外
で待っている者にこの声は聞かせられない)いた。
男の身体に傷が出来てもたいしたことではない。むしろ、油断していた自分の気持ちを今後戒めるためにも必要だった傷かもし
れない。
ただ、蓁羅にいた時にこの傷に薬を塗ってくれていた黎の顔は何時も苦痛に歪んでいて・・・・・さすがに洸竣も、この光華国に戻っ
てきてまで黎のそんな顔は見たくなかった。
簡単に汗と砂埃を流した洸竣は、夜着に着替えて部屋に戻る。蓁羅から持って帰った化膿止めの薬は部屋で自分で塗れば
いい・・・・・そう思っていた
しかし・・・・・。
「・・・・・?」
部屋の近くの廊下の隅に、誰かが立っているのが見えた。
「・・・・・黎?」
小柄な影の主は黎だ。
(休んでいいと言ったんだが・・・・・)
黎の身体を気遣ってそう言ったつもりだったが、生真面目なこの少年はどうしても主よりも先に休むということが出来なかったのだろ
う。
「黎」
「洸竣様」
洸竣は黎の肩を抱き寄せた。どのくらい待っていたのだろうか・・・・・多分、自分が湯殿に向っているその時から、ここにいたので
あろうと想像出来る冷えた身体。
そのまま自室に黎を連れて入った洸竣は、椅子に無造作に掛けてあった自分の上着をその身体に掛けてやった。あまりにも大き
さが違うものの、これで少しは温まれるだろう。
勝手に待っていた自分を怒ることはなく、迷惑そうな顔をするでもなく、洸竣は私室に招き入れて服を着せ掛けてくれた。
その気遣いに、黎はじっと洸竣の顔を見上げる。
「洸竣様、あの・・・・・」
「温かい物を用意させよう」
「い、いいえっ、大丈夫です。これ、とても温かいしっ」
「・・・・・黎は無理をするからな」
「無理なんて・・・・・洸竣様、だって・・・・・」
「私?」
「お背中の傷・・・・・本当は痛まれるのでしょう?」
帰国して、王や、兄弟達、そして召使い達に囲まれても、洸竣はにこやかな表情を崩さずに応対していた。身体から毒素は消
えたとはいえまだ背中の傷が痛むであろうと、傷口に薬を塗る役割をしていた黎は感づいていたが、洸竣が隠していることを自分
が言うことは出来ないと口を噤んでいた。
しかし、ここにいるのは自分と洸竣だけだ。黎は心配でたまらなかったことを口にする。
「痛みがあるのなら、おっしゃってください」
「黎」
「僕には・・・・・隠さないで下さい」
「・・・・・」
訴える黎に、洸竣は少し困ったというような笑みを浮かべた。
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