光の国の恋物語





132









 じっと見つめていると、洸竣は口元に困ったような笑みを浮かべて近くの椅子に腰を下ろした。立っているのはまだ辛かったのかと
思い、黎は慌てて駆け寄った。
 「だ、大丈夫ですかっ?」
 「・・・・・あまり、大丈夫でもないな。苦しいし」
 「あ、あの、あっ、医師をっ」
 「黎」
 直ぐに部屋の外へと飛び出して行こうとした黎は、いきなりその腕を掴まれてそのまま引き寄せられてしまう。
(え・・・・・?)
いったい、自分の身に何が起こったのか分からないまま、何時の間にか黎は洸竣の膝の上に子供のように座る体制になってしま
い、改めて自分の姿を見下ろした黎は顔を赤くして直ぐに謝罪した。
 「も、申し訳ありませんっ」
 大切な王子の膝の上に座ってしまうなど、召使いとしてあってはならない失態だ。それが、洸竣からの行動だったとしても、まだ
身体が万全ではない洸竣の負担になってはいけない。
直ぐに立ち上がろうとした黎だったが、洸竣の腕の拘束は簡単には解けなかった。
 「こ、洸竣様、早く医師を・・・・・」
 「違う」
 「え?」
 「苦しいのは、私の心だ」
 「・・・・・洸竣様?」
 洸竣が何を言いたいのか、直ぐにくみ取ることが出来ないのが悔しい黎は、その苦しみを少しでも自分に分けて欲しいと思って
一心に洸竣を見つめ続ける。
その視線に負けたのか、それとも・・・・・。
 「・・・・・!」
 戸惑う黎の気持ちを更に揺さぶるように、洸竣は膝に乗っているせいで少し目線が上になっている黎の唇に、下からすくうように
口付けをした。



 一度は、死をも意識した。
その時、もちろん家族のことを思ったが、その中で一番大きな存在として頭に思い浮かんだのは黎のことだった。
まだ性的に幼く、義兄のこともあり、そして、なにより黎の主人である自分の立場を考えて、彼の気持ちがもう少し育つまで何も
しないでおこうと大人の態度を取っていたが、死ぬという時、後悔したのは黎の全てを自分のものにしていないことで・・・・・。
(欲望を押し殺していた自分が愚かにさえ思えた・・・・・)
 今、こうして生きて国に戻ることが出来、また、らしくもなく臆病な気持ちが黎を遠ざけようとしていたが、こうして華奢な身体を
抱きしめると・・・・・駄目だ。
 「・・・・・んっ」
 黎は、口付けを拒まなかった。無理も無い、自分の主人に逆らえる召使いなどいない。それに、自分はこの光華国の王子と
いう立場でもあるのだ。
 「私は、お前に無理を強いることになるが・・・・・」
 「・・・・・」
 「黎、私は・・・・・」
 「洸竣様」
 「・・・・・」
 不意に、黎は洸竣の言葉を遮った。大人しく、従順な黎にしては珍しいことで、洸竣は眉を潜めたままその顔を見つめた。
(普段取らない態度を取ってまで・・・・・やはり、私を受け入れることは出来ないか・・・・・)
それを、恩返しだとして受け入れるか。それとも、どうしても我慢出来ずに嵐が過ぎ去るのを待つか。
 どちらにせよ、自分がしようとしていることは黎にとっては苦痛なことでしかない・・・・・そう思った。
 「・・・・・すまない」
身体を抱きしめていた腕を解いた洸竣は、そのまま黎を膝の上から下ろそうとしたが、
 「洸竣様は、勝手ですっ」
いきなり、そう叫んだ黎は洸竣の首にしがみ付く。
 「・・・・・黎?」
 「僕、僕・・・・・何が大切なのか、ちゃんと分かったんです」
 「・・・・・」
 黎が何を言いたいのか、少しも予想が出来ない洸竣は自然と不思議そうな表情になったのだろう。察してやれない洸竣に焦れ
たかのように顔を歪めた黎が、そのままぶつかるように唇を合わせてきた。



 本当はもっと色っぽく洸竣を誘いたかったのに、どうやら自分は色気というものには無縁の人間のようだった。
それでも、少しでも洸竣に自分の気持ちを分かって欲しいと・・・・・自分のこの行為が犠牲的な気持ちからでもなんでもなく、純
粋に洸竣を想っているからだということを知って欲しいと思った。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 自分からは洸竣の口腔に舌を入れる濃厚な口付けはとても出来ず、合わせた唇は直ぐに離してしまった。それでも、驚いたよ
うに自分を見つめてくる洸竣の眼差しから、頑張って顔を逸らさないでいた。
 「・・・・・お前は、少しは私のことを好いてくれているのか?」
 普段余裕のある、遊び慣れた第二王子とはとても思えない気弱な言葉。それが、洸竣のこんな姿はもしかしたら自分しか見
れないと思うと嬉しくて、黎は頬に笑みを浮かべたまま頷いた。
 「少しなんかじゃないです。とても・・・・・大切に想っています」
 「黎・・・・・」
 「義兄から・・・・・あの家から救い出してくれたことには、本当に感謝しています。でも、でも、僕は、感謝だけで、男の人に身を
委ねようなんて・・・・・思いません」
 「・・・・・」
 「どうか、僕の気持ちを疑わないで下さい。あなたが好きだと思う気持ちを、そのままお耳に入れてください」
 余計な思惑は一切挟まずに、ただ好きだという言葉だけを聞いて欲しい。真っ直ぐに目を見つめながら祈るような気持ちでそう
言った黎は、やがて先程よりも強く身体を抱きしめられた。
 「こ、洸竣様」
 「お前を欲しいと言ってもいいのか」
 「・・・・・はい。僕も・・・・・洸竣様が、ほ、ほし、い、です」
 「このまま、私の部屋で夜を明かしても?」
 「お傍に、いたいです・・・・・」
強く、強く抱きしめられ、黎は嬉しくて涙が浮かんでしまう。洸竣もそれに気付いたようだが、以前の時のように気遣って拘束を解
くことは無く、そのまま宥めるように何度も優しく髪を撫でてくれた。



 欲しいと思った自分の気持ちを受け入れてくれ、黎もこのまま・・・・・と、いう雰囲気ではあるものの、洸竣には今だいいのかとい
う躊躇いが残っていた。
(後で、黎を泣かさないようにはするつもりだが・・・・・)
 しかし、皇太子である兄洸竣は、男である悠羽を娶る。真面目な兄は、きっと悠羽だけを愛し、妾妃など受け入れるつもりは
無いだろう。
 下の弟莉洸は、隣国蓁羅の王、稀羅に嫁ぐことになっている。独占欲の強そうな稀羅王が、莉洸に他に目をやる余裕など与
えるわけが無いはずだ。
 末の弟の洸莱もまた、両性具有とはいえ、子が出来る可能性の低いサランと恋仲になった。頑固で、排他的でもあるあの弟
が唯一欲しいと思った相手だ、これもまた、他の女になど目を向けないだろう。
 父王にしても、やっと手に入れた最愛の伴侶を泣かすようなことを・・・・・いや、和季は泣くことは無いだろうが、身を引くというこ
とをさせないためにも、今後遊びを再開するとは思えない。
 そうすると、この光華国の未来は、一応まだ独身で妾妃もいないとされている自分に掛かってくるはずだ。今までの遊びで付き
合ってきた相手とは違い、子を生すだけにそれなりの身分の女を抱く日が絶対に無いとは言い切れなかった。
その時、黎はどう思うだろうか?身体まで許した男の裏切りをどう受け止めるだろう?
(もしかしたら、このまま抱かずに・・・・・)
 淡い恋の今の状態で、黎を手放してやるのも優しさではないだろうか。
 「・・・・・黎、私は、兄弟皆が幸せになって欲しいと思っている」
 「・・・・・」
 「もちろん、お前もだ、黎。だが・・・・・もしも、将来・・・・・」
 「構いません」
 「黎」
 「もしも、将来・・・・・洸竣様が妃様を娶ることになったとしても、僕は今の自分の気持ちも、行動も、絶対に後悔しないと思い
ます。洸竣様・・・・・僕を、少しでも思っていてくださるのなら、どうか、僕のためにこの手を離すということだけはしないで下さい」
お願いしますと、黎は洸竣の腕を震える指先で掴みながら訴えてきた。
これ程に想われ、求められて、もう躊躇ってはいられない。
 「黎・・・・・」
 「洸竣様」
 目を閉じて、洸竣の口付けを待っている黎。
 「・・・・・あっ」
 洸竣はその黎の身体をそのまま抱き上げて寝台まで運ぶと、そっと横たえてやりながら先程の口付けよりももっと濃厚な・・・・・
舌を絡める愛撫のような口付けを与えた。