光の国の恋物語
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「おはようございます、兄上」
「・・・・・洸竣?」
洸聖は視線を落としていた書類から顔を上げると、にこやかな顔で入口に立っている洸竣を見た。
「お前、大丈夫なのか?」
朝食の時間にも、黎と揃って食堂に姿を現さなかった洸竣。その後、調理番から部屋に運ぶようにと申しつけられたと聞いた洸
聖は、まだ洸竣の体調が思わしくないのだと思っていた。
出迎えた時、にこやかな表情をしていると思ったが、あれは自分達を心配させないための偽りの姿だったのかもしれない・・・・・そ
う思い、後で様子を見に部屋まで行こうとさえ思ったのだ。
しかし、こんなにもにこやかな表情をして執務室にやってきた姿は、自分の心配はいったいなんだったのかとさえ思えてしまうほど
の元気の良さだった。
「・・・・・食事は家族でとるものではないのか?」
暗に、不精を責めるように言うと、洸竣はすみませんと素直に謝ってくる。
「どうしても部屋から出られなくて」
「何故だ?」
「黎がいましたから」
「黎?」
「負担を強いたので、その世話を」
「・・・・・」
じっと洸竣を見つめていた洸聖は黙って立ち上がると、そのまま洸竣の前まで歩いた。自然と眉間には皺が寄ってしまうが、今か
ら言うことの意味を考えれば消す方が無理だろう。
「お前、もしや黎を抱いたのか?」
「・・・・・はい」
「洸竣っ、あれはまだ子供だろう!そんな相手に、お前は欲望をぶつけたのかっ?」
18歳という年齢自体は、実際子供とは言えないということを洸聖も分かっている。しかし、黎の見た目や言動は、彼を歳以上に
幼く見せ、洸聖は思わずそう言ってしまったのだ。
「ん〜・・・・・同意があっても、兄上はそう思われるでしょうね」
「同意があったというのかっ?」
「私が欲しいと思って、黎も、欲しいと思ってくれた。兄上、信じられないかもしれないけど、私は改めて思いましたよ。私にとって
今回の黎への想いは、やはり初めての恋に近いと」
「初めて・・・・・あれほどに遊んでいたお前が言うか」
町で身体を売っている女達や、若い貴族の令嬢、それだけでなく、人妻とも浮名を流していた洸竣が、初めての恋というのは
あまりにも可愛過ぎる。
「兄上に嘘はつきません」
しかし、そう言って少し気恥ずかしそうに笑う洸竣の表情は、余裕のある遊び人の顔ではなく、歳相応の弟の顔をしている。
それは、以前黎のことを好きだと自分に向かって言ってきた顔以上に・・・・・幸せそうに見えた。
わざわざ兄に言うことではないと黎は怒るかもしれないが、洸竣は自分にとって一番身近な尊敬する相手に(父はどうも同類の
ような気がしている)、自分の気持ちをきちんと伝えておきたかった。
なにより、もう直ぐ結婚する兄は、近い将来この国の王になる人で、後継者や諸々の問題も共に考えていけると思ったのだ。
「私は、黎と結婚しますよ」
「・・・・・」
「他国の姫は娶りません」
「・・・・・本気か?」
兄には悠羽という許婚がいたが、第二王子である自分にはそんな相手はいなかった。しかし、光華国という大国の王子である
自分には、かなりの縁談が持ち込まれているということは知っている。
いずれは、国の為になる相手との結婚を覚悟し、それまでは自由に(結婚してからも、だ)しようと思っていたが、黎という存在は
そんな洸竣のたてた身勝手な計画を全て壊してしまった。
「国の利にならない相手ですが・・・・・お許しいただけますか?」
「父上にではなく、なぜ私に言う」
「父上よりも兄上の方がしっかりしていますから」
「・・・・・」
洸聖は溜め息をついた。明らかに呆れている・・・・・ようだ。
「全く、お前は父上と同様、身勝手な心根の男だな」
「・・・・・はい」
「だが、子をつくる前に気付いたお前は、父上よりも誠実な人間かもしれない」
「兄上・・・・・」
(それは・・・・・?)
自分達兄弟の母親が違うということを皮肉んでいるのかと思ったが、洸聖は洸竣の表情に気付いたのか直ぐに違うと否定してく
れた。
「私は3人の弟を持てたことは嬉しく思っている。ただ、それぞれの相手に愛情を全う出来なかった父上は・・・・・情けないと思っ
ているが。洸竣、本当に愛する相手ならば、どのような結末があろうとも守り通せ」
「・・・・・はい」
真面目な兄の誠実な言葉に、洸竣はしっかりと頷く。
それを見た洸聖が、ふと気付いたように言った。
「黎はどうしている?」
「まだ私の部屋で休ませています。本人は大丈夫だからと働きたがっているんですが、さすがに足腰が立たなくては無理のようで
すし」
「・・・・・悠羽に行かせよう。あれなら、細やかな気遣いも出来るであろうし」
ありがとうございます・・・・・兄の気遣いに、洸竣は深く頭を下げた。
「いいかい、今日はこの部屋から出ないように。無理して動けば、明日も立てなくなってしまうかもしれないぞ」
部屋を出て行く時、洸竣はそう言って黎を脅かした。
病気ではなく、ただ少し身体が痛いというくらいで、皆が働いている時に休むなど申し訳なくてたまらないが、洸竣の命令に背くと
いうことはしたくないし、なにより本当に下半身に力が入らないのだ。
(身体を合わせるっていうのは・・・・・大変なんだな)
あれだけ大きな洸竣のものを身体の中に受け入れたのだ、いや・・・・・多分、受け入れることが出来たと思う。最後に気を失っ
てしまう時、確かに中に熱いものを吐き出された感触はあったのだが、全てを完全に覚えているとは自信がなかった。
「・・・・・」
黎は溜め息をついた。
こうして1人でいると、色々なことを考えてしまうので、どんなに身体が痛くても働いていた方がいいのだが・・・・・。
トントン
そう思った時、扉が叩かれる音がした。
黎は反射的に顔を上げるが、どうぞと言っていいのかと躊躇ってしまう。ここは自分の部屋ではなく、洸竣の部屋だからだ。
(洸竣様に用がある方だったら・・・・・)
それよりも、洸竣の部屋にこうして自分がいることを知られても困る。部屋の掃除をしていると言ってごまかせるほどに身体は回復
していないので、直ぐに立ち上がることも出来ない・・・・・。
「ど、どうしよう・・・・・」
「黎、黎?いる?私だ」
「!」
(悠羽様?)
なぜ、悠羽が自分がここにいることを知っているのか不思議に思うことも忘れ、黎は思わずどうぞと声を掛けてしまった。
黎の様子を見てやってくれと洸聖に言われた時、悠羽は黎が洸竣の看病疲れで倒れてしまったのかと思って焦った。
しかし、その場所が洸竣の部屋で、なんと、洸竣が黎を抱いたということまで聞いてしまい、違う意味で心配になって慌てて駆け
つけたのだ。
「黎っ」
「悠羽様」
さすがに部屋の中に入る前は声を落としたものの、扉を開けて中に入った途端、思わず声を上げてしまった。
「・・・・・」
黎は、寝台の上にいた。夜着は着ているようで、枕元には水や果物も置いてあり、洸竣が気遣った様子は垣間見える。
それでも、自分を見つめてくる黎の顔色は青白くて、悠羽はそっと手を伸ばして頬に触れた。
「大丈夫?」
「・・・・・あ、あの」
悠羽の気遣う言葉に嬉しそうに頬を緩めた黎だったが、直ぐにはっと気付いたようにその笑顔を強張らせ、恐る恐るというように
小さな声で訊ねてきた。
「悠羽様・・・・・どうして?どうして、僕がここにいるって・・・・・」
「・・・・・あー、あのね、様子を、見て欲しいと頼まれて」
「よう、す?」
「洸竣様、心配されているようだよ、黎の身体のことを」
「!」
その瞬間、黎の青白かった頬に、ぱっと赤みがさしてしまった。
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