光の国の恋物語





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(洸竣様・・・・・僕とのこと、悠羽様に言われたんだ・・・・・っ)
 まさか、夕べの行為をそのまま伝えたとは思わないものの、黎は自分と洸竣が何をしたのか全て悠羽が分かっているということに
動揺してしまった。
自分の身体を心配してくれるのはもちろん嬉しいが、そのために、どうして心配なのかというその理由まで知られるのはやはり恥ず
かしくてたまらない。
 「黎」
 黎の戸惑いを直ぐに感じ取ってくれたらしい悠羽は、少し困ったような顔をして笑い掛けてくれた。
 「気にしないで」
 「ゆ、悠羽様・・・・・」
 「私は、洸竣様の黎に対する想いは真実だと分かっているし、黎もそれを受け止めてくれたのならこんなに嬉しいことはないよ」
ただ、帰国早々こうなるとは思ってもみなかったけれどと笑う悠羽に、黎は何と答えていいのか分からなかった。
 確かに、蓁羅から帰国して直ぐ、それも、洸竣はまだ身体が万全とはいえない状態でこんなことになってしまったのだ。蓁羅では
共に洸竣の看病をしてくれた悠羽に洸竣が誤解されないようにと、黎はバッと身を起こして訴えた。
 「ぼ、僕が、お誘いしたんです!」
 「え?」
 「僕が、僕がお願いして、洸竣様に、あの、あの・・・・・」
 「いいから」
 「・・・・・」
 「好き合っていれば時間など関係ない。すまない、黎、私の言葉が無神経だったようだ」
 悠羽は自分の言葉こそ配慮が足りなかったと直ぐに謝罪してくれる。その心遣いに、黎は自分の方こそすみませんと謝り・・・・・
互いに頭を下げた格好で、何時しか笑みが零れていた。



 「黎に?」
 「いけなかったでしょうか?」
 サランは洸莱を見上げながら淡々と言った。
普通の人間が見れば無表情ともいっていい表情だが、洸莱にはその中に僅かな困惑の色が見えた。それが読み取れるくらい、
自分とサランは近い存在になったのだと思うと嬉しいが、洸莱本人も思いが表情に出る方ではないので、見た目は少しも表情
を変えないままいいやと答えた。
 「いずれは伝えることだから」
 「・・・・・」
 「サランは?本当にいいのか?」
 両性具有という自分の身体をずっと後ろめたく思っていたサランは、その身体を人に見せることを極端に嫌っているようだ。もちろ
ん、悠羽や、そしてようやく自分も許された形だが、医師という第三者の目で見られることをもしも苦痛に思っているのならば、洸
莱はもう少し時間を置いてもいいと思っていた。
 「はい」
 しかし、サランの中では既にそれは納得済みのことらしい。
 「私も望んでいますから」
 「望んでいる?」
 「私が子を生むことが出来るのなら、悠羽様や黎にも何も苦慮することはなくなりますし」
 「・・・・・」
(やはり、サランにとっては悠羽殿が一番大切な存在なのだな)
サランの口から悠羽の名前が出るのはもっともで、まだまだ自分の位置は低いと思う。
だが。
 「あなたの御子を生んでみたいとも思っています」
 「・・・・・サラン?」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 その言葉の意味を考えて、洸莱は自分の顔が赤くなったのではないかと内心狼狽してしまった。愛しいと思う相手にそう言われ
て、嬉しいと思わない男はいないと思う。
 「・・・・・私も、サランが生んだ子なら愛せると思う」
もっと、他の言葉を言いたかったが、珍しく混乱してしまった洸莱は、片手で緩みそうになる口元を押さえてそうとしか言えない。
そんな洸莱を見て、サランはゆったりと目元を緩めた。



 「サランが?」
 「は、はい」
 サランが医師に身体を診せるということを悠羽に伝えると、悠羽は目を丸くして驚いていた。
(サラン、さん?)
どうやらサランはまだ悠羽に伝えておらず、先に自分に言ってくれたということがそれで分かった。
もちろん、サランが自分の主人である悠羽に一番にそんな大切なことを伝えるのが本当で、黎もてっきり報告済みだと思っていた
のだが・・・・・。
 「す、すみません」
 「え?」
 「ぼ、僕なんかが、そんな大切なことを先に教えてもらって・・・・・」
 自然と寝台に正座をし、頭を下げてしまう。焦っているせいか、それまで感じていた身体の痛みは、その時は消えてしまっている
ようだった。
 「・・・・・」
 そんな黎の態度を見、悠羽は考えるように空に視線を向ける。
表情豊かな悠羽の考える様を、ただじっと見つめていた黎は・・・・・やがて、にぱっと笑って自分を見つめる悠羽に、えっと身体を
引いてしまった。
 「サランは、黎が好きなんだな」
 「え?」
 「だから、早く黎を安心させたかったんだ」
 どうやら自分の中で納得したらしい悠羽に、黎は不思議に思って聞いてみた。
 「・・・・・悠羽、様」
 「ん?」
 「お、怒らないんですか?」
先ず、主人である自分に報告すべきと、悠羽はそうは思わなかったのだろうか?
 「どうして?むしろ、なによりも早く黎に伝えてくれたサランが立派だと思うよ。うん、良かった」



 何だか嬉しいことばかりだと、悠羽は顔から笑みが消えなかった。
黎と洸竣の恋がうまくいったことももちろんだが、長い間自分自身のことを諦めてしまっていたサランが、一歩踏み出す勇気を持っ
てくれたことが嬉しい。
悠羽の言葉で決心するのではなく、サラン自身が決めてくれたことが大きい変化だ。
(以前のサランにも、私が付いていると思っていたけれど・・・・・今は、私なんかよりももっと大きな存在がいるんだから)
 今のサランには、洸莱がいる。
医師の診断の結果が、たとえ以前と同じものになったとしても・・・・・きっと、サランに絶望が襲い掛かることはないだろう。
 「あー、もう、全てが上手くいった感じがする」
 晴れ晴れとした顔で言うと、黎もはにかんだような笑みを浮かべて言った。
 「悠羽様の婚儀ももう直ぐですし」
 「あ」
 「・・・・・もしかして、忘れてられたのですか?」
 「・・・・・洸聖様と、論議の最中」
 「え?」
 「洸聖様は盛大な式を執り行うとおっしゃって、もちろん、私も大国の婚儀だし異論はないけれど・・・・・」
(洸聖様はどんな立派な式をしてもお似合いになるほど存在感はあるけど、私は・・・・・とても、華美な場に相応しい容姿では
ないものな)
洸聖と共に、この光華国を良くして行こうという強い決意はあるものの、それと、盛大な式の中で各国の要人達と会うために、洸
聖の隣に立つ自分というものは今だ想像が出来ないのだ。
(でも・・・・・洸聖様の隣に、他の姫が立たれるのも・・・・・嫌だし)
 妬きもちと羞恥が入り混じって、まだ式典の細部で洸聖と意見が合わない。
 「・・・・・洸聖様は、悠羽様を皆さんに自慢なさりたいんです」
 「え?私を?」
 「はい」
可愛らしい笑顔で頷いてくれるものの、悠羽はとても黎のその言葉に頷けなかった。
 「自慢というのは、価値のあるものだからこそだろう?私はとても・・・・・」
 「洸聖様にとって、悠羽様はなによりも価値のある方です!」
 「黎」
 「ぼ、僕だって、そう思っています」
 とても失礼かもしれませんがと謝ってくる黎は、どうやら本気でそう言ってくれているらしい。それがたとえ慰めの上の言葉だとして
も、悠羽はくすぐったく・・・・・嬉しかった。
 「ありがとう、黎」
 結婚式まで、もう日はない。
それでも、悠羽はこれからまだ洸聖と意見を戦わさなければならないと、はあと内心溜め息をついた。