光の国の恋物語





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 洸聖と悠羽の婚儀まで、もう10日を切った。
様々な国からの祝いの品は途切れることなく届いていて、中には早めの来国をしてのんびりと国の見物をする使者もいた。
そんな来賓の世話はもちろん、婚儀自体の進行や警備にも全て目を通している洸聖は、ここのところ睡眠時間もかなり少なく、
政務室で少しだけ仮眠を取るという毎日を送っていた。
 唯一、手に入れたいと思った悠羽との婚儀のために、通常の政務と合わせた婚儀の準備は苦痛ではない。しかし、洸聖の表
情は日々浮かないものになっていた。
 「兄上、先日各町から報告が上がった作物の育成状態ですが・・・・・兄上?」
 「・・・・・」
 「兄上」
 「ん?ああ、どうした?」
 「・・・・・疲れているんでしょう?だから、政務の方は私と父上に任せていただいていいのに・・・・・。兄上が手が足りているという
から、父上は和季を連れて、視察という名目の旅に出てしまわれたし」
 呆れたように言う洸竣に、洸聖は溜め息をついた。
確かに、もう直ぐ悠羽を娶るということで、心身共に充実していた少し前まではどんなに多くの仕事量があってもかまわないと思っ
ていたが、今は少しだけそれが憂鬱だった。
大変だからではない、自由になる時間がないからだ。
(悠羽を捕まえて、きちんと話をしなければならないのだが・・・・・)
洸聖の憂鬱の原因は、まさにその悠羽だった。



 「披露宴を5日することは了承しました。衣装も、5着と話し合って決めました。でも、結婚後50日も掛けて各国を回るなんて
非常識です!」
 「何を言う。これでも最少にしたんだぞ」
 「それにしても、私の常識からすれば贅沢過ぎです!」
 頑固に言い返す悠羽は、洸聖がどんなに睨みつけても目を逸らそうとはしない。こういうところが女ではなく男なのだと思い知る
が、もちろん洸聖も引くことは出来なかった。

 婚儀には各国からの使者がやってくるし、光華国の皇太子の結婚ということでそのほとんどが国王や王子など、身分の高い者
達の列席が予定されていた。
 そこでほとんど顔見せという本来の目的は達することが出来るのだが、洸聖は様々な国をその目で見て欲しいと、結婚の披露
目と称して各国を回ることを提案した。
 自ら謎の国とされていた蓁羅へも赴くと言った悠羽だ。きっと洸聖のこの提案を喜んでくれる・・・・・そう思ったのだが、予想外に
悠羽の反発は大きかった。
 披露目や、視察という名目をつけても、しょせん遊びであると言うのだ。

 「私だけそんな贅沢な旅は出来ません!」

民と比べたらおかしいと言うが、自分達は、いや、自分は光華国という大国の皇太子で、悠羽はその正妃という立場だ。このくら
いの旅を贅沢とは言わないと洸聖は説得をするが、悠羽はどうしても頷いてくれない。
 そればかりか、5日間という披露宴も長いのではと言い出して・・・・・洸聖はままならない愛する者の心を、いったいどうすればい
いのだろうかと思っていた。



 「どう思う?」
 「・・・・・どうって・・・・・」
 兄から話を聞いた洸竣は苦笑を浮かべるしかなかった。
(本当に、悠羽殿らしい)
普通の姫ならば、各国を巡る旅など楽しいと喜ぶだろうに、周りの、それも民のことを考えて躊躇する悠羽。
あまり裕福な国ではない奏禿の出だからかもしれないが、その心根は立派だと思うと同時に、洸竣は兄が可哀想だと思った。
(悠羽殿が初めて好きになった相手というくらいだからな)
 それなりの経験は持っているだろうが、真実好きになったのは、いや、心を動かされたのは悠羽が初めてだろう。その悠羽に頭か
ら拒絶され、そうかといって自分の意志を曲げることは出来ず・・・・・兄は身動きが取れない状態のはずだ。
 「兄上のお気持ちは分かります」
 「そうだろう」
 「しかし、悠羽殿がそう言うのも頷ける」
 「・・・・・お前はどちらの味方だ」
 「どちらとも、ですよ」
 これだけ価値観の違う2人だ。結婚してからももっと多くの障害にぶつかるだろうと思うので、今のうちにもっとぶつかったらいいの
ではと洸竣は思った。
いや・・・・・。
(そもそも、どうして兄上の許婚が悠羽殿?)
 今となってはお似合いの2人だと思うものの、当初聞いた時はあまりに格が違い過ぎると思った。光華国の皇太子の許婚なら
ば、他にももっと相応しい(身分が、だが)相手がいたのではないか?
 「兄上、父上から聞かれましたか?」
 「何をだ」
 「悠羽殿を兄上の許婚にした理由です」



 唐突な洸竣の言葉に、一瞬面食らってしまった洸聖は直ぐに首を横に振った。
 「・・・・・いや、聞いていない。聞こうとも思っていなかったしな」
結婚というものを、未来の王になる自分の子供を作るという意味に捉えていた洸聖は、その相手が裕福でない奏禿の王女だっ
たとしても何とも思っていなかった。興味がなかった・・・・・その言葉が一番合うのかもしれない。
 まさか、その相手が自分と同じ男で、自分の子を生むことなど出来ないということが分かり、それでもなお欲しいと思うとは思っ
てもみなかった。
 「一度聞かれたらどうですか?もしかしたら、それで悠羽殿を説得出来るかもしれない」
 「・・・・・父上は不在だ」
 「兄上の婚儀に出席するために、ここ2、3日以内には戻られるでしょう?」
 「・・・・・」
 「出来ることはなさったらどうです」
 洸聖は眉間に皺を寄せたまま洸竣を見た。
弟のくせにどうしてこうも分かった風なことを言うのかと思うが・・・・・言い返すことが出来ない。洸竣の言うことももっともだと、洸聖
自身も感じているからだ。
 「悠羽殿は、我が光華国にとっても得難い方です。どうか、くれぐれもお手から逃されないように」
 「分かっておる」
 洸聖はそう言って、先程洸竣が差し出した書類に目を向ける。
気に掛かることがあったとしても、国の責任者としての責務は全うしなければならなかった。



 悠羽は遠駆けに出ていた。
もちろん、その傍にはサランもいる。

 「明日は医師が来られるのだろう?お前は心安らかに休んでいなさい」
 「いいえ、悠羽様の行かれる場所には、ぜひお供させてください」

 サランのためを思えば、王宮内で静かにしているのが一番いいのだろうが・・・・・苛立ちそうになる気持ちを晴らすためにも、思い
切り身体を動かしたかった。
 「はーっ!」
 王宮から少し離れた丘の上までやってきた悠羽は、そのままごろんと草の上に転がった。敷布をしてから寝転がっては、草のよい
香りがしない。
奏禿にいる時は何時も民と同じような暮らしをしていた悠羽にとって、こんな姿勢が一番自分らしいと思えた。
 「気持ちいいな、サラン」
 「ええ」
 「たまには、こうして逃げ出すのもいい」
 「・・・・・悠羽様」
 「ん?」
 「洸聖様とお話にならないのですか?」
 サランの言葉に、悠羽は童顔の顔を顰める。その表情は歳以上に幼く、サランは少しだけ笑みを浮かべた。
 「お誘いを全てお断りしているでしょう?」
 「・・・・・話したら言い合いになってしまう」
 「でも、会わなければ言い合いにもならない」
 「サランは、私の味方じゃないのか?」
 「もちろん、私は悠羽様の味方ですよ」
穏やかに言うサランは、まるで子供の我が儘を諭す親のようで・・・・・。
 悠羽自身、自分が逃げているだけだとは分かっているものの、大切な洸聖とこれ以上険悪になりたくもない(そう思っているのは
自分だけかもしれないが)と思ってしまうのだ。
(それでも、私にも譲れないことがあるのだと・・・・・そう、洸聖様にも分かっていただきたいのに・・・・・)