光の国の恋物語





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 「本当に・・・・・どうして私が洸聖様の許婚に選ばれたんだろう」
 「・・・・・」
 「光華国と、奏禿。・・・・・違い過ぎると思うけれど・・・・・」
 小さな悠羽の呟きを聞き逃さなかったサランは、目を閉じている悠羽の顔を静かに見つめた。
身も心も結ばれた2人。今更離れることを悠羽が真実望んでいるとは思わないが、それでもそう愚痴を言ってしまうほどに気持ち
が弱っているということは感じられた。
(私が、もう少し機転が利けばいいのだが・・・・・)
 特に、こんな人の思いが係わるような話は苦手というか、自分では理解出来ないことばかりで・・・・・それでも、サランはこれだけ
はと悠羽に言った。
 「悠羽様、人の優劣は国の大きさではありません」
 「サラン?」
 どんな小国でも、たとえそれがただの民でも、立派な者はいるはずだ。そして、サランにとって立派だと思う者は、今目の前にいる
人以外はいないと言えた。
 「悠羽様は素晴らしい方です。どんな大国の王族にも負けないくらい・・・・・心根も考えも、立派だと思います」
 「・・・・・」
 サランがきっぱり言うと、悠羽は目を丸くして下から視線を向けてきた。
(幼い頃と、少しも変わらない)
容姿は成長しても、綺麗に澄んだ瞳の輝きは少しも変わっていないと、サランは嬉しくなってふっと微笑んだ。



(・・・・・あ、笑った)
 普段あまり表情を表に出すことのないサランの笑みはとても綺麗で、悠羽は思わず見惚れ、苦笑してしまった。
 「サランは、変わったな」
 「変わった?」
 「とてもいい方に変化した。洸莱様と出会えたことは、サランにとってはとても良いことだったんだな」
 最近、よく見るこんなサランの表情。
自分や、その家族といる時は、サランも大きな表情の変化はないながらも穏やかな雰囲気を身に纏っていたが、今はその表情に
も大きな変化が見られるようになった気がする。
(綺麗なのは変わらないけれど・・・・・)
 「・・・・・明日、緊張しているか?」
 「いいえ」
 「洸莱様がいらっしゃるから?」
 「それもありますが・・・・・私には悠羽様がいらっしゃいますから」
 「サラン・・・・・」
 「絶対に、私を見放さないあなたがいてくれるから、私は何も心配していません」
 「・・・・・」
(そう言えるのが、洸莱様の影響なのかも)
 「・・・・・悠羽様?」
 「何でもない」
何の迷いもなくそう言い切ることが出来る根本に何があるのか、悠羽は笑ってそれ以上は言わなかった。



 サランと王宮の外に出て気は紛れたものの、もちろんそもそもなぜ自分が煮詰まっていたのかを忘れていない悠羽は、部屋に入
る前に足を止めてしまった。
 「悠羽様?」
 今は洸聖の部屋で共に暮らしているので、彼が政務を終えて戻ってきていたとすればここで会うことになる。
意見の擦れ違いはあるが、洸聖と喧嘩はしたくなく、悠羽はどうしようかと後ろに控えているサランを振り返った。
 「ここで立っていても仕方がありません」
 「・・・・・分かってる」
 どちらにせよ、洸聖と絶対に会わないように出来るはずがなく、悠羽は大きく深呼吸をしてから扉を開けた。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「・・・・・まだ、お帰りじゃないのかな」
部屋の中に洸聖の姿はなく、悠羽は出鼻を挫かれた感じになってしまう。
 「政務が忙しいのか」
 「最近、お部屋にお戻りになるのも遅いのでしょう?」
 「うん・・・・・私も、何かお手伝いしたいのだけれど・・・・・」
 ここ数日は婚儀の件でどうしても反発してしまい、洸聖の仕事を手伝うとは言い出せていなかった。
政治のことを全く知らない自分が、こんな大国の政に協力できるとは思えないが、それでも雑用でもなんでも、自分が出来ること
はしたい。
(洸聖様は、婚儀が近いからゆっくりと休むようにと言われるけれど、私は動いている方が気が楽なのに)
 女扱いをされているとは思わないが、必要以上に気遣われている気がする。もちろん、それが嫌だとは言わないが、もう少し自
分にも苦労の一端を背負わせて欲しいと思っていた。



 「・・・・・」
 洸聖はペンを置き、一息をついた。
結局夕食の時間も惜しんで政務を続けていたが、空腹はほとんど感じてはいない。
(軽いものでも運ばせるか)
 既に日はたっぷりと暮れ、王宮の中のざわめきも小さくなってきているような気がする。
 「・・・・・」
洸聖は立ち上がると、召使いを呼ぶために机上の鈴を手に持った。このままここで食事を済ませ、もう少し仕事を片付けてしまお
うと思った。

 トントン

 「・・・・・」
 その時、扉が叩かれた。
洸聖は鈴を置き、そのまま扉へと向う。
 「誰だ」
 「私です」
 思い掛けない声に洸聖は一瞬目を眇めたが、直ぐに気を取り直して扉を開いた。そこには、サランが、両手で籠を持って立って
いた。
 「どうした」
 「夕食を摂られていらっしゃらないので」
籠の中には、パンに肉を挟んだ軽食が綺麗に並べられていた。これは、悠羽が外に遊びに行く時によく作って持っていく物で、洸
聖も初めてそれを食べた時は気軽に出来る食事に驚いたものだった。
(では、これは・・・・・)
 洸聖はちらっとサランを見る。サランは黙ったまま洸聖を見つめていた。
 「・・・・・ありがとうと、伝えてくれ」
 「はい。・・・・・洸聖様、これと共に、伝言もお預かりしていますが」
 「伝言?」
サランは頷き、ゆっくりと口を開いた。
 「私も言い過ぎた、ごめんなさい」
 「・・・・・」
 「でも、洸聖様も頭が固過ぎる」
 「・・・・・それは、本当に悠羽の言葉か?」
 「少し、私の思いも加わっていますが」
 表情の無いサランの気持ちは見ただけでは分からないはずだが、今はその目が少し楽しそうに細められているのが分かった。
悠羽の伝言を伝えると言っているが、もしかしたらそれよりも、もう少しだけ言葉は悪いのかもしれない。
 「・・・・・それで」
その先を教えろと促すと、サランは直ぐに言葉を続けた。
 「話し合いましょう。眠れずとも、食事をせずとも、2人共に納得出来るまで、話し合いたい・・・・・とのことです」



 「これを、洸聖様に」

 夕食の席にも現れなかった洸聖の身体を気遣って、サランに軽食を持っていって欲しいと頼んできた悠羽。その気持ちが微笑
ましく、サランは直ぐに了承をした。
出来れば、自分が行きたいのだろうが・・・・・やはり気まずいのだろう。
 「お仕事は、まだお済みではありませんか?」
 「・・・・・」
 「戻られるまで、待たれるそうです」
 「・・・・・分かった」
そう応えた洸聖に、サランは一礼してから部屋を出る。あれ以上言わなくても、洸聖はもう間もなく自分の部屋に戻るはずだ。
(ゆっくり、お互いに理解出来るまで・・・・・話し合いをされたらいい)