光の国の恋物語





15









 洸聖はイライラしていた。
昨夜、自分に対して堂々と意見を言ってきた悠羽を、まるで女のように組み敷いたが・・・・・いや、本来悠羽は奏禿の王女と
して自分に嫁いで来たのだが、その身体を完全に支配したと思った洸聖に、悠羽は驚くほど強い意思を見せ付けて立ち去った。
(あれでは意味がないではないか・・・・・っ)
 洸聖にとって、身体を繋げるという行為は、生理的な欲求を解消する為のものだ。
しかし、その解消に、わざわざ男の身体を使う必要などない。
わざわざ悠羽の身体を抱いたのは、自分という人間に従順に従わせる為だったのだが・・・・・その目論見は完全に外れてしまっ
たようだった。
 「洸聖様、野城殿がお見えになりました」
 「・・・・・」
 「洸聖様?」
 「・・・・・ああ、入れなさい」
 洸聖は頭を振って、悠羽のことを振り払った。
わざわざ貴族の野城を呼んだのは、その屋敷に住むという少年の話を聞く為だ。
昨日、街中でなにやら事件があったらしく、その人物は当事者らしい。
(普段、余り人には興味のない洸竣には珍しいことだが・・・・・)
 政事以外全く人間には興味がなく目もいかない自分と、広く浅く付き合い、家族以外には皆平等な思いしか抱かない洸竣
とは、良く似ているようだが全く違う。
洸聖から見れば、もしかしたら、洸竣の方が人嫌いが激しいのかも知れないと思っている。
そんな洸竣が、初めてといってもいいくらい皇太子としての洸聖の力を借りたいと言って来たのだ。出来る事はしてやりたいと思っ
ていた。
 「御前、失礼致します」
 片膝を着き、片手を胸に当てる礼をとった野城に、洸聖はゆっくりと視線を向けた。
役人や官職以外の貴族と話すことはあまりないので野城という男を見るのは初めてだったが、貴族にしては平凡な、大人しそう
な男だった。
 「いきなり呼び出してすまなかった」
 「いえ、皇子の御尊顔を間近に拝見出来て光栄です」
 「回りくどい話は止めよう。野城、お前の屋敷に黎という召使いがいるな?」
 「・・・・・はい」
 洸聖が何を言おうとしているのか分からない野城は、怪訝そうな顔をしながらも素直に答えた。
 「その者、宮に召し上げたいのだが」
 「え?」
驚くのも無理はないだろう。
光華国ほどの大国の皇太子が、たかが一介の貴族の召使いの名前まで知っているとは思わないはずだ。
(昨日のことは、報告していないということか)
確かに、第二皇子に喧嘩を売ったとは父親には言えなかったのかもしれないが、それならばそれでこちらが優位に話を進めれば
いい。
いや、皇子の言葉に逆らうことなど出来ないだろう。
 「私には弟が3人いる。その中の1人、洸竣がその召使いを気に入ったのだ。手が足りなくなるのならば他の者を手配してやっ
てもいい」
 「し、しかし、黎は・・・・・」
 「なにやら、いわくのある者か?」
 「そのようなことは・・・・・」
 「ならば、問題はないだろう。2、3日中に支度をさせて宮に上げるように」
 「・・・・・」
深く頭を垂れる野城の心中など分からず、洸聖は今の言葉を洸竣に伝えてやろうと執務室を出て行った。



 「・・・・・?」
 廊下を歩いていると、庭から笑い声が聞こえてきた。
(莉洸?)
その楽しそうな声の主は直ぐ分かり、洸聖は一声掛けようと庭に足を向けた。
 「では、悠羽様は木登りもお出来になるのですか?」
 「川で泳ぐことも出来ますよ。サラン、私は早いよね?」
 「ええ、悠羽様はまるで生きのいい魚のように早く泳げますね」
 「魚とは酷い」
 莉洸が可愛らしい笑顔を向けていたのは、昨夜洸聖がその身を蹂躙した悠羽だった。
(・・・・・起き上がれるのか)
悠羽は何時ものように簡素な服を着(温かい日差しながら首元が隠れるようなものだ)、化粧気もないまま(男が化粧するの
は想像するだけで気色が悪いが)笑っている。
その顔には昨夜見せた涙の後はない。
さすがに草の上に直に腰を下ろしてはおらず、下には柔らかな敷物を敷いてはいるが、全く苦痛の表情は無かった。
(何とも思ってはいないというのか)
 洸聖は眉を顰めた。
自分が悠羽に与えた行為が、悠羽にとっては少しの痛手にもなっていないのがなにやら悔しかった。
まるで、洸聖の存在がとても軽いものだとでもいうように、あの行為は全てなかったことにしようとでもいうように笑っている悠羽の
顔色を変えたくて、洸聖はわざと足音を立てながら3人に近付いた。
 「・・・・・悠羽様」
 位置的にサランが一番最初に洸聖に気付き、悠羽に知らせる。
その瞬間、悠羽の顔色が僅かながらも変わったのを見て取った洸聖は笑みを浮かべた。



 悠羽は顔を上げ、洸聖を確認すると、ゆっくりと居ずまいを正して頭を下げた。
 「悠羽、身体は痛まぬのか?」
 「・・・・・っ」
サランや莉洸がいる前で、恥ずかしげもないことを言う洸聖を悠羽は睨んだ。そんな悠羽の顔を洸聖は笑みを浮かべながら見
つめている。
意地悪そうなその顔は、初対面で会った時の冷たい無表情を浮かべていた人物と同じだとはとても思えなかった。
 「おかげさまで、ぐっすりと眠れました。洸莱様のおかげで」
 「・・・・・洸莱の?」
 思い掛けなく出てきた末っ子の名前に、洸聖の笑みが消える。
悠羽と、洸莱と、全く繋がりがない2人に昨夜何があったのか、直ぐにでも問いただしたいのだろうが、傍には可愛い弟が不思
議そうな顔をして自分を見つめているのだ、さすがの洸聖もあからさまに問い詰めることが出来ないようだった。
 「悠羽、私の部屋に」
 そう言った洸聖に、悠羽はにっこりと笑みを向けた。
 「洸聖様はこの後もお仕事がおありでしょう?」
 「・・・・・」
 「私は莉洸様に美味しい木の実の場所を教えて頂く約束をしておりますので。そうですよね、莉洸様」
 「ええ!兄様、悠羽様は木登りもお出来になるんですよっ。凄いですよね!」
 「・・・・・王家の姫らしからぬな」
 「役に立たない踊りよりも、食べれる木の実を取る技術の方がよほど役に立つと思いますけれど」
腕力では勝てないという事は、昨夜の出来事で身に沁みて思い知った。
それならば、言葉ぐらいは洸聖に負けたくないと思った。頭の固そうな洸聖よりは、自分の方がはるかに語彙は多いはずだ。
 「・・・・・」
 悠羽の思い通りにか、洸聖は次の言葉が出ないようだ。
それを確かめてから、悠羽はまだ痛む身体を、そうとは洸聖に知られないようにゆっくりと起き上がらせながら莉洸を振り返った。
 「何時までもここにいたら洸聖様のお邪魔になってしまうようです。莉洸様、行きま・・・・・っ」
 「!」
 不意に、膝に力が入らなくて、悠羽はガクッとその場に崩れそうになった。身体の重心がずれてしまったような感覚だ。
その悠羽の身体をとっさに支えたのは、近くにいたサランではなく・・・・・。
 「・・・・・ありがとうございます」
自分の腰を抱いている逞しい腕の主が洸聖だと知って一瞬途惑った悠羽だったが、直ぐに頭を下げて体勢を整え直した。
軽く足踏みをして確かめると、今度はちゃんと歩けるようだ。
 「悠羽様っ」
 「大丈夫だ、サラン。では、行きましょうか、莉洸様」
 直ぐに背を向けた悠羽は気付かなかった。
後に1人残された洸聖が、悠羽を抱きとめた自分の腕をじっと見つめていたことを・・・・・。