光の国の恋物語
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洸竣の帰りを待ち、その無事な顔を確かめてから直ぐに和季と旅立った父、洸英は、洸聖と悠羽の婚儀が5日後と迫った時
に帰国してきた。
ようやく手に入れた初恋の相手との旅はとても充実したものだったらしく、洸聖が政務を放り出して出かけたことを諌めても、笑
いながらすまぬと言うだけで、とてもその様子から反省しているとは思えなかった。
「父上・・・・・」
「洸聖、申し訳ありません。私が洸英様をお止めしなければならなかったというのに」
洸英を名で呼び、継子達のことを敬称で呼ばなくなった和季だが、慣れてしまった丁寧語だけは変えることが出来ないままに、
洸聖に謝罪した。もちろん、悪いのは父だと思っている洸聖は、和季に謝られてしまうと申し訳なく感じてしまう。
「和季・・・・・殿、あなたが頭を下げられる必要は無い」
正式に式を挙げてはいないが、事実上の洸英の伴侶となった和季を呼び捨てには出来ず、洸聖は戸惑ったように敬称を付け
て呼ぶ。
そんな洸聖に、和季は目を細めた。
「では、洸英様に頭を下げていただこう」
「おい、和季」
「よろしいですね?」
「・・・・・すまなかったな、洸聖。式の準備で忙しく、洸竣もまだ完全な身体ではないというのに、お前にだけ無理をさせてしまっ
た、申し訳ない」
今度の謝罪は、初めよりもかなり実感がこもっている。
既に和季に尻に敷かれている様子だが、ふわふわと落ち着きの無い父にはそれぐらいがちょうど良いように思えた。
「父上、お帰りでしたか」
洸竣が洸聖の執務室を訪ねると、そこには父と和季の姿があった。
「ああ、身体も完全ではないというのに、お前にも迷惑を掛けた」
自分に向かって直ぐにそう言った父に驚いて兄を見ると、兄は呆れたように肩を竦めるだけだ。
傍にいた和季は何時もと変わらず無表情だったが、その目だけは少し楽しそうに緩んでいて、洸竣はああと直ぐに分かった。
(どうやら、和季に意見をされたらしいな)
「あ」
ようやく父の伴侶になった和季のことを考えると、そのまま兄の伴侶になる悠羽のことが思い浮かんだ。
「兄上、いい機会ではありませんか」
「何?」
「父上にお聞きになられたらどうです?理由を」
「・・・・・ああ、そのことか」
洸聖はあまり興味がなかったようだが、洸竣は違う。父がどういう理由で貧しい国の王女である悠羽を皇太子である兄の許婚に
したのか、この機会に聞いてしまおうと思った。
「何だ?」
兄と自分の会話の意味が分からないらしい父は、直ぐに何事かと訊ねてくる。洸竣は兄が話し出さないのを見て、自分から切
り出してみた。
「父上が、悠羽殿を兄上の許婚にした理由です」
「理由?」
「悠羽殿が素晴らしい方であるというのは分かりますが、生まれて直ぐの赤ん坊の頃では全く分からなかったことでしょう?光華
国と奏禿の国力を考えても、あまりに不釣合いな縁組です。父上、何か理由があるのでしょう?」
「・・・・・」
洸竣の言葉を聞いて、なぜか洸英は苦々しく眉を顰めた。それとは反対に、和季の口元が緩む。
その様子を見逃さなかったのは洸聖もだったらしい。
「・・・・・父上」
怪訝そうに言う兄に、父は口を引き結んだまま話さない。
「父上」
どんな秘密を隠しているのだろうか・・・・・そう思った洸竣も名を呼ぶと、なぜか、和季がそっと父の肩に手を置いて静かに口を開
いた。
「諦めて、話された方がよろしいのでは?」
「諦めて、話された方がよろしいのでは?」
少しだけ楽しそうな和季を、洸英は恨めしく思ってしまった。
(誰のせいだと思っているのだ・・・・・っ)
元々の発端は和季で、そのことは和季自身も知っているはずなのに、自分にとっては面白くない話を子供達にしろと促すのが憎
らしい。
それでも、それがただの興味本位ではないということも洸聖の眼差しからは感じとれ、洸英はコホンと咳払いをして言った。
「それは、奏禿の現王妃、叶(かなえ)殿が原因だ」
「奏禿の・・・・・悠羽の母上?」
「そうだ」
洸聖の生母だった王妃が亡くなった時、洸聖は3歳で、洸竣はまだ話も出来ない年頃だった。
そのすぐ後に和季が光華国の影として現れ、美しく、神秘的な和季に惹かれた洸英は、直ぐに彼を欲しいと告げたが、彼は身
体を与えてくれても、その心だけは明け渡してくれなかった。
どんなに愛を乞うても応えてくれない和季に焦れてしまい、それから洸英はかなり派手な女遊びをするようになったのだが・・・・・
その頃、第三国の即位式に招待された洸英は、そこで偶然夫妻で参加をしていた奏禿の王妃、叶を見初めたのだ。
まだ子を生んでいないせいか初々しく、それでいて毅然とした態度の彼女に好感を持った洸英は、彼女が1人の時を狙って一
時の遊びに誘った。
それまで、光華国の王という立場と、若く美しいといわれる容貌で、一度も誘いを断られなかった洸英は、呆気なく叶に断られ
てしまった。
その国に滞在している間、何度も誘っても、断られ、結局そのまま別れてしまったのだが・・・・・その数年後、奏禿に王女が生ま
れたとの報告を受けた時、その時の無念を晴らすというわけではないのだが、自分の思いを息子に投影させて叶えさせようと思っ
てしまったのだ。
「叶殿はとても美しく、賢い方だったからな。その娘である悠羽殿も、きっと将来はそうなるだろうと思った。人格というものは、国
の大きさでは測れぬということは感じておったしな」
「・・・・・悠羽と王妃は、似ておりません」
「ああ、外見はそうだが、その心根は通じている。悠羽をお前の許婚としたことを私は後悔しておらぬぞ」
「父上・・・・・」
自分の求愛があっさり拒絶されたことはあまり楽しい話ではなかったが、洸英としても心のうちにしまっていたことを話したことで気
持ちが軽くなった。
・・・・・しかし。
「洸英様、もう一つ、お話されないと」
「もう一つ?」
「あなたが求愛し、断られたのは叶王妃だけではなかったでしょう?あの時の王妃の侍女、確か・・・・・小夏(しょうか)という方
にも、あっさりと断られてしまったではありませんか」
「和季・・・・・」
(今頃、恨み言を言うのか?)
洸英にすれば、もう20年ほど前の話で、こうして訊ねられなければ頭の片隅に追いやってしまっていたはずの話だ。
「お前があの時、私の手を取らなかったことが悪い」
「・・・・・しかたのない方」
自分の方こそ、今頃何をと文句を言いたいが、くすくす笑いながらそっと手を握り締めてくる和季の行動に免じて、この思いは忘
れてやることにした。
(父上の遊びの意趣返しだったのか・・・・・)
もちろん、報復という強い調子のものではなかったと思うが、それでも、受け入れてもらえなかった思いを晴らすという気持ちが全
くなかったとは思えない。
無軌道な父の、あまりにも私的な感情で自分の将来が決まっていたことには呆れてしまうが、その相手が悠羽だということは洸
聖にとってはこのうえもない幸せだった。
「父上の行動には色々と進言したいことはありますが、それは和季殿から言っていただいた方が効き目があるでしょう。よろしい
か?」
「ええ、もちろん」
和季は口元に笑みを浮かべたまま頷いてくれる。それを見届けた洸聖は、これがいい機会だと父に伝えた。
「父上、婚儀の後のことですが」
「なんだ?」
「お願いがあるのです」
「・・・・・無茶なことではないだろうな?」
用心をして言っているのだろうか、そう言う父が子供っぽく思えてしまう。そう思えるようになった自分は、多少、大人になったのだろ
うかと洸聖は思った。
「・・・・・それは、父上に判断していただくしかありませんが」
洸聖はにっこりと笑った。
今自分はあくまでも王である父の代理で、まだ即位をしたわけではない。父にはまだまだ雑務をしてもらわなければと思いながら、
洸聖は自分の願いごとをゆっくりと口にした。
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