光の国の恋物語





142









 「あ、悠羽様っ」
 かなり体力も回復した洸竣は、あまり落ち着きの無い父王の代わりに国政に取り組んでいる兄、洸聖を手伝うため、数日前
から執務室へと向かうことが多くなった。
 その間、黎はこれといってすることが無いので(洸竣専属の世話係なので、他に決まった仕事が無い)、様々な召使い達の仕
事を手伝っていたのだが、今も洗い物を干し終わった帰りに、偶然連れ立って歩く悠羽とサランの姿を見つけた。
 「黎」
 駆け寄った黎に、悠羽は何時もと変わりない笑顔を向けてくれたが、なぜか少しだけ、その表情が硬い気がした。
隣に立っているサランに視線を向けると、サランの方は何時も以上に穏やかな感じで・・・・・。
(どうされたんだろう・・・・・)
 どこか様子の違う2人に戸惑っていると、サランの方から口を開いた。
 「今から結果を聞くところだ」
 「結果?」
 「私の身体の診断結果」
 「あ・・・・・」
そこでようやく、黎は悠羽が固い表情であるわけが分かったような気がした。
そして、自分自身も、その瞬間、トクッと心臓の鼓動が飛び跳ねた気分になる。サランの診断の結果は、悠羽と洸聖にとってだけ
でなく、洸竣と自分の関係にも大きな意味があるからだ。
(お世継ぎのことを、サランさんだけに押し付けるなんて申し訳ないのに・・・・・)
 洸竣の傍から離れることは出来ない・・・・・身体を重ねてからその自覚のある黎は、最終的に洸竣が正妃を娶っても仕方がな
いという覚悟はしていた。
この光華国という大国には、やはり王族の血を引く者が必要で、それが他の兄弟に望めないとしたならば、洸竣しかいないという
ことは分かっているからだ。
 それでも、心のどこかで、洸竣には自分だけを見ていて欲しいという我が儘もあって、それはサランが妊娠可能な身体だとしたら
叶うことで・・・・・。
(僕は、自分のことしか考えていない・・・・・)
そんな自分が、黎は情けなくて、嫌いだった。
 「黎も、来るか?」
 そんな黎に、サランが穏やかに告げた。
 「え、で、でも」
 「私の主人である悠羽様と、友人である黎と。2人に聞いていただいた方がいいと思う」
 「サランさん・・・・・」
 「悠羽様、よろしいですよね?」
 「・・・・・お前がいいのなら」
悠羽は強張った笑みで頷いた。



 本来は、数日前に告げられるはずだった結果。
しかし、医師の方が念には念を入れたいと言ってきて、結局今日まで延びてしまった。この時間の延長が結果的に良いものか、
悪いものなのか、判断のつかない悠羽は落ち着かないままだ。
(なんだか、私が審判を待っているかのようだ・・・・・)
 サランが、改めて医師の診断を受けたことは良いことだと信じている。しかし、その中に自分の利己の心が無かったとは言えない
だろう。
サランが子を生むことが出来るのならば、洸聖が側室を迎えることは無い・・・・・そんな風に考えてはいないだろうか。
(サランにとって、これは大切な身体のことなのに、私の事情を押し付けているような気がして・・・・・)
 サランにも、そして、洸聖にも言えない自分の心のうち。
悠羽はこの自分の心の決着がつかない限り、洸聖のための花嫁衣裳は着ることが出来ないとさえ思っていた。
 「悠羽様」
 「・・・・・」
 「悠羽様、着きましたよ」
 「え、あ、うん」
 サランに声を掛けられた悠羽は慌てて足を止めた。
サランの身体のことという、ごく個人的な、微妙で細心の注意を要する話なので、医師は窓の無い、重要な会議をする部屋へと
通してある。
 「・・・・・サラン」
 扉を開けようとするサランの名を思わず呼ぶと、サランは穏やかな眼差しを向けてきた。
 「悠羽様、ご心配なさらず」
 「・・・・・」
 「私の心は、とうに覚悟は出来ていますので」
そう言うと、静かに扉を開いた。



 「お前は呪われた子よ、サラン。お前のせいで、私はお父様と離縁しなければならなかったし、こんなにも辛い生活を強いられて
しまった」

 幼い頃、まるで呪いの言葉のように日々向けられた母の言葉。男でも女でもない身体を持つ自分は、このまま生きているだけ
でも罪なのだと思っていた。
 それを、悠羽の母である奏禿の王妃に拾われ、王家の中で温かく迎えられて、それまでの苦しく、色の無い世界が一気に広が
り、サランはそれだけでも勿体無いほどの幸運だと思った。

 「サランの身体は、とても綺麗だと思うよ」

 そして、そう言ってくれる人が現れた。
自分の身体が常人とは違っていても、それでも愛しているといってくれる実直な人。彼のためにも、サランはもう一度自分の身体
と向き合わなければならないと思ったのだ。

 「先生」
 「遅くなりまして、申し訳ありません」
 王室専属の医師は、先ず悠羽に頭を下げた。
腕がよく、そして正直な医師だと、洸聖が悠羽に説明しているのを共に聞いたサランは、悠羽の後ろで深く頭を下げて今回の礼
を述べた。
 「このたびは、お手を煩わせてしまいました」
 「いや、こう言っては失礼だが、私にとっても興味深いものだったよ」
 「・・・・・」
 「先ず、結果の前に、診断の内容を説明いたしましょう」
 悠羽は頷くと、椅子に腰掛ける。その隣にサラン、後ろに黎が座った。
 「幼き頃に一度診断を受けられたという話ですが、確かにその時点での診断は正しかったものだと思います」
 「先生、それは・・・・・」
 「私も、今まで数例ほど、サラン殿と同じような身体を診断してきました。5歳ほどの幼い頃から、今もずっと、経過観察してきて
います。その例からいえば、両性は男と女、同じ程度の機能を持っているので、どちらの性も本来の働きをしないとの結果が出て
います。例外はあるでしょうが、両性という存在は、そういった者達が多いのです」
 「同じ・・・・・」
男でもなく、女でもないと思っていたが、言葉を変えれば、男であり、女でもあるのだろう。ただ、そのせいで機能が相殺されて、結
局は無性ということになったのだと思うと、苦笑しか漏れてこないが。
(・・・・・洸莱様には申し訳ないけれど・・・・・)
 せっかく、この身体を愛してもらったというのに、彼の腕に子を抱かせることは出来ないというのは申し訳ないが、これで一つの区
切りが着いたような気がした。
 「悠羽様、申し訳ありません」
 「サラン・・・・・」
 「せっかく、こうしてお心遣い頂いたのに、結局以前と変わらぬ・・・・・」
 「いや、サラン殿、話はまだ終わってはいないよ」
 「え?」
 悠羽に謝罪しようとするサランの言葉を止めた医師は、手にしていた書類を置いて真っ直ぐにサランを見つめた。
 「確かに、両性というのは、幼き頃は両方の性が同等に機能し、その結果、生殖という機能は相殺されているが、身体が成熟
していくと、そのうちのどちらかの性が強くなる・・・・・そういう結果が出ているんだ」
 「え・・・・・?」
 「サラン殿の場合は、男よりも女の生殖機能の方が強く働いている。必ず、子を生めるということは言えないが、かといって、絶
対に生むことが出来ないとも言えない」
 「先生・・・・・」
 「言い切ることが出来なくて申し訳ないが、サラン、君は子をつくることは出来ないが、生む可能性はある・・・・・診断結果はそう
出たんだよ」
 医師の言葉が、耳に届いているのに意味が分からない。サランは戸惑い、助けを求めるように悠羽を振り向こうとしたが、
 「サラン!」
その前に、悠羽の腕が自分の身体を抱きしめてきた。
 「悠羽、様・・・・・」
 「凄い!凄いよっ、サラン!洸莱様の御子を生むことが出来るかもしれないって!可能性はあるって!」
 「私が・・・・・洸莱様の御子を?」
 何度もその言葉を口の中で繰り返していると、じわじわとした熱い感情が胸の中を満たしてきた。この世に何も残せないと思っ
ていた自分が、自分を愛してくれた人の新しい命を生み出すことが出来るかもしれない・・・・・そう思うと、サランの瞳からは無意
識のうちに涙が浮かび、頬を伝って流れ落ちた。