光の国の恋物語





143









 サランには申し訳ないが、悠羽はもしかしたら駄目なのではないかと思っていた。
サランが何度も自分自身で言っていたせいということもあるが、悠羽の中では世継ぎ問題でサランだけに負担を強いるのは申し
訳ないという思いが強く、駄目ならばそれでもいいと覚悟をしていた。
 しかし、医師から妊娠も可能という言葉を聞いた瞬間、感じたのは喜びだった。
生きていく価値が無いと言っていたサランの、生きていく価値が新たに見つかったということへの喜び、親がおらず、天涯孤独のサラ
ンにも家族が出来るかもしれない未来。
 もしも、それが結果的に駄目だったとしても、大きな未来が面前に広がった気分で、悠羽は嬉しくて嬉しくてサランを抱きしめる
ことしか出来なかった。
 「良かった!良かった、サラン・・・・・っ!」
 「悠羽・・・・・様」
 「良かった・・・・・っ」
 「・・・・・」
 背中に回ったサランの指先が、強く自分にしがみ付いてくる。普段冷静なサランのこみ上げる歓喜がその力強さでも分かって、
悠羽は知らずに自分もボロボロと涙を流すだけだった。



 「・・・・・」
 黎も、歓喜に涙を流す2人を見つめながら、自分も涙を流していた。この瞬間、黎の頭の中からは、洸竣と自分の未来のこと
は一瞬消えていた。
 穏やかに、冷静に、自分に助言してくれるサランのことを頼りにしていて、何時も頼ることしか出来なかったが、こんな幸運がサラ
ンにやってきたことが自分のことのように嬉しかった。
(サランさん、洸莱様のお子様を産めるんだ・・・・・)
 今まで両性として生きてきた彼がどんな苦労をしてきたかは黎には想像も出来ない。しかし、これでサランの人生は大きく変わ
るということは確実だろう。
(神様・・・・・どうか、サランさんに子供を授けてください・・・・・)
優しい彼なら、きっと素晴らしい母親になれる気がした。



 ひとしきり喜びを噛み締めた悠羽は、ふとあることに気がついて顔を上げた。
 「先生」
 「はい」
医師は黙って3人の様子を見つめていたが、悠羽に声を掛けられて視線を向ける。
 「両性の方は、成長すればどちらかの性が強く出るということですよね?」
 「その傾向が強いということです。もちろん例外はあると思いますが」
 「それならば、和季殿はどうなんですか?」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
悠羽の言葉に、泣いていたサランも黎も、はっと気付いたように顔を上げた。確かに、和季もサランと同じ両性だった。
 「あの方も、もしかしたらどちらかの性を?」
 「ええ、あの方も、女性の性の方が勝っておられます」
 「・・・・・っ、そ、それは、王はご存知なのでしょうかっ?」
 「いいえ、和季殿に口止めをされておりまして」

 洸英の妾妃が洸莱を身篭った頃、和季は心労から風邪にかかってしまい、かなり重い症状になった。
洸英は直ちに何人もの医師を集め、必ず和季を助けよという命令を下したが、この機会に身体の隅々まで検査もすることになっ
た。
 普段、洸英以外には素顔も見せない和季。その時は命の危険は無かったものの、洸英は不安になって医師にそう命令し、身
体が自由にならなかった和季も、否応無く検査を受けることになった。
 その結果、両性である和季が、女の性を強く持ち、もしかすれば懐妊出来るかもしれないという検査結果が出たのだが、和季
はそれを洸英に報告することを拒否した。

 「影である自分は両性という名の無の存在であることが望ましいとおっしゃられて・・・・・。その、王と交渉があることも分かってい
たのですが、その頃妾妃様が懐妊されており・・・・・」
 「和季殿が、その事実を隠せと?」
 「自分は王の妾妃ではないのだから、懐妊出来るかどうかは関係ないと」
 「・・・・・」
(和季殿らしいけど・・・・・)
洸英の女遊びに呆れていたのか、それとも可能性というだけでは言いたくなかったのか・・・・・その時の和季の気持ちは悠羽には
分からないが、洸英の子を抱きたいという気持ちは無かったとは思えなかった。
 「王は今もご存じないのですか?」
 「はい」
 「・・・・・そうですか・・・・・」
 「多分、このことを他の方に知られることも、和季殿にとっては望まないことかもしれませんが、こうしてあの方と同じ両性のサラン
殿の身体を見ることになったのも縁かと思いました」
 医師としては患者個人の秘密を他人に暴露することは倫理に背くことになるだろうが、きっとこの医師は和季のことがずっと気懸
かりだったのだろうと思った。
(今、和季殿が実質的な王の妃という立場だと知ったら・・・・・)
直ぐにでも、洸英にこのことを進言するかもしれない。
 もちろん、とても良いことだとは思うが、和季の気持ちを聞かないままで自分が言うことは少し違うかもしれないと、悠羽は曖昧
な笑みを浮かべてしまった。



 悠羽と共に医師を見送ったサランは、その足で洸莱のいる訓練場へと向かった。
本当は、自分も共に診断結果を聞きたいと言っていたのだが、サランは悠羽と2人でその結果を聞くからと断ったのだ。

 「早く、洸莱様に伝えてこないと!」

悠羽に背中を押してもらい、サランはゆっくりと足を運ぶ。もうそこに、訓練場は迫っていた。



(サラン・・・・・どうだったんだろう・・・・・)
 部屋でじっとしていることが出来なくて、剣を振るうために訓練場にやってきた洸莱だが、落ち着かないままに真剣を扱うのは相
対している相手にとっても危険だと、洸莱はただ素振りを続けていた。
 「・・・・・っ」

 ビュッ ビュッ

 剣が風を切る音がする。
その音を聞きながら、洸莱は考えた。
 自分のために、改めて身体を見てもらうことを決意してくれたサラン。それは彼にとってはとても重い決断だったと思う。
結果が良いのならばまだしも、再び否定する事実を突きつけられてしまえば、彼の悲しみや絶望が深くなってしまうのではないかと
考えた。
もちろん、自分の子供を生んでもらえれば嬉しいが、それが無理だとしても自分の気持ちに全く変わりは無い。欲しいのはサラン
で、この国を継ぐ子供ではないのだ。
 「洸莱様」
 「!」
 いきなり、名前を呼ばれた洸莱は、ハッと気付いて剣を下ろすと振り返った。
 「・・・・・サラン」
ここにサランがいるということは、もう医師から結果を聞いたということだろう。いったいどんなことを言われたのか、洸莱はゆっくりとサ
ランの前に立つと、その顔を真っ直ぐに見つめた。
 「サラン、私は・・・・・」
 「・・・・・洸莱様には、頑張ってもらわなければなりません」
 「え?」
 「この国の未来を継ぐ御子の誕生は、あなたに掛かっているのですから」
 少しだけ綻んだサランの唇から零れた言葉。その意味がじわじわと洸莱の耳から頭へと伝わった。
 「では・・・・・」
 「確実とは言えないとのことですが、それでも、可能性はあると」
 「サラン・・・・・」
 「今度は、私の女の部分も抱いていただかなければなりませんね」
 「・・・・・!」
洸莱はサランを抱きしめた。言葉が、出てこなかった。この気持ちに意味など付けられず、洸莱はサランを抱きしめるしか出来な
い。
 「洸莱様・・・・・」
 「・・・・・煩いぐらい、大勢の子供をつくろう。お前が困って・・・・・困って、笑うくらい」
 「・・・・・ええ」
賑やかな家族の風景を口にすると、サランは何度も頷いて、思わずというように頬を綻ばせてくれた。