光の国の恋物語





144









 「そうか、サランは女性か」
 「そういう言い方は変です。サランさんは、サランさんです」
 「ああ、すまない」
 控えめながら抗議をしてきた黎に笑いながら謝罪した洸竣だが、もちろん今回のことを喜んでいた。それは、自分と黎の関係が
これで大きく変わるということだけではなく、それ以上に弟である洸莱のためだ。
 同じ光華国の王子とはいえ、母親が皆違う兄弟。その中でも、洸莱は生まれもっての眼のせいか、1人だけ離れて離宮で暮ら
すことになった。
 その後、洸莱は王宮に引き取られてからも感情の起伏を見せず、同じ兄弟でも莉洸以外には心の底からの笑顔は見せてくれ
ず・・・・・。
 「洸莱に、家族が出来るのか」
 「洸竣様?」
 「嬉しいな、そうなれば・・・・・」
 自分の血が繋がった家族が出来れば、あの頑なな洸莱の心も柔らかく解けてくるはずだ。
(サランと出会ってから、驚くほど人間らしくなったほどだ)
 「黎も喜んでくれるんだろう?」
 「も、もちろんですっ」
 「・・・・・ありがとう」
 洸竣が笑いかけると、黎は顔を赤くして深く俯いてしまう。
身体を重ねてもその性格は変わらないものだなと思った洸竣は、一刻も早く洸莱に祝いの言葉を告げたいと思った。



 「・・・・・そうか」
 自分の報告を聞いた洸聖は、深く安堵し、また、それ以上に喜んでいる雰囲気がした。
サランがこの結果を洸聖や洸竣にも伝えて欲しいと言ってくれ、黎と自分はそれぞれ別れてやってきたが、今頃は洸聖と同じよう
に洸竣も喜んでくれているのではないかと思う。
 それぞれが個性の強い兄弟だが、その結びつきは悠羽が思っている以上に強いのだろう。
(莉洸様が知られたら、きっと驚いてしまわれるだろうけど)
洸莱とサランがそこまで深い関係だとは知らないだろう莉洸は、大きな目を驚いたように見開くだろうが、きっととても喜んでくれるだ
ろうと思う。
(今度の私達の婚儀には帰国していらっしゃるだろうから・・・・・)
 そこまで考えた悠羽は、ふと、自分と洸聖がまだ冷戦中だったことを思い出した。
2人の気持ちをお互い言い合ってから、避けることは止めようということになり、今も同じ部屋で過ごしているものの、心のどこかで
割り切れないものは残っているのだ。
 「・・・・・」
 自然に口数が少なくなってしまった悠羽をじっと見ていた洸聖が、急に椅子から立ち上がって悠羽の前へと立った。
 「悠羽」
 「・・・・・はい」
 「あのことだが」
 「・・・・・」
(洸聖様・・・・・)
いったい、洸聖はどんな決着をつけようとしているのか、悠羽は自然と緊張してしまい、前で組んだ両手を強く握り締める。
 「2人きりというのは、やはり無理だ」
 「・・・・・はい」
 「だが、私とお前、それぞれに1人の護衛をつけるという条件ならば、旅をしても良いという許可を父上から頂いた。悠羽、新婚
の旅に護衛がいるのは無粋だと思うだろうが、どうか、私の気持ちを受け入れてはくれないだろうか」
 「洸聖様・・・・・」
 光華国の皇太子が、たった2人の供だけで旅をすることなどとても信じられなかった。本来なら20人近くの供を連れなければ国
の外に出ることなど不可能だろうに、洸聖は悠羽の我が儘を聞いてくれて、ここまで譲歩してくれたのだ。
 「悠羽」
少しだけ気弱そうな洸聖の声に、悠羽は胸が詰まった。



 「悠羽」
(これでも、まだ駄目なのか・・・・・?)
 悠羽の望む2人きりの旅行はどうしても許可が下りなかった。
それぞれに1人ずつ、光華国でも指折りの護衛兵をつけること。
友好国だけを回ること。
旅行の期間は、50日以内とすること。
 これだけでも、国王である父が、次期王位に付く皇太子である洸聖に許せる最大の譲歩だと思い、洸聖も、これで悠羽には
納得をしてもらおうと思っていた。
 「悠・・・・・」
 「・・・・・っ」
 再び名前を呼ぼうとした時、洸聖はドンッという衝撃と共に悠羽に抱きつかれていた。
 「悠羽?」
 「洸聖様・・・・・っ」
眼下にある赤毛が揺れている。ふわふわと、柔らかく揺れているそれごと強く抱きしめてやると、悠羽はますます強く自分にしがみ
付いてきた。
 「う、嬉し・・・・・っ」
 「・・・・・これで、許してくれるのか?」
 「洸聖様が、私のことをそこまで・・・・・そこまで考えて下さったことが、とても、とても嬉しくて・・・・・っ」
 「お前のことを考えるのは当たり前だろう。お前は私の大切な伴侶で、私と共にこの光華国を更なる繁栄へと導く者だ」
 それでも、多分悠羽に出会う前の自分だったならば、自分の伴侶に対してももっと高圧的に支配していたかもしれないが、悠
羽と出会って自分は変わった。
そして、変わった自分が気に入っている。
 「たくさんの世界を共に見よう」
 「・・・・・はい」
 「どんなに大変な旅になったとしても、お前ならば笑って私の傍にいてくれるだろう。悠羽、王宮の中に居座り、贅沢な装いをし
てただ笑っているだけの妻よりも、泥まみれ、草まみれになっても笑ってくれるお前の方がずっと美しい」
 「・・・・・っ」
 どんなに言い合っても、癇に障ることがあったとしても、悠羽とならば何度も話し合い、言葉をつくして、共に成長出来るはずだ。
そんな相手に出会えた自分が、洸聖はとても幸運に思えた。







 「洸聖兄様!洸竣兄様!洸莱!」
 そして、洸聖と悠羽の婚儀が二日後と迫った日の午後、隣国にいる莉洸が帰国してきた。もちろん、その後ろにはやがて莉洸
の夫ともなる蓁羅の王、稀羅がいる。
 「莉洸!」
 「洸聖兄様っ、お元気そうで何よりですっ」
 「お前も・・・・・」
 ぎゅっと強く抱きしめてくる洸聖の腕の中でくすぐったそうに笑った莉洸は、その後ろにいる洸竣へと視線を向けた。
死にそうなくらい弱っていた洸竣からは、想像出来ないほどの元気さだったのだろう。
 「洸竣兄様、お身体はどうですか?もう、大丈夫なのですか?」
 「お前の婚約者の国の薬はよく効いた」
 婚約者と言われ、莉洸は真っ赤になりながらも後ろにいる稀羅を振り返っている。
その、莉洸の視線に返す稀羅の眼差しは驚くほどに甘くて・・・・・。

 「・・・・・何だか、あちらの方が新婚みたいだ」
 思わず呟いた悠羽に、サランが穏やかに言葉を挟んだ。
 「蓁羅の王は随分莉洸様を可愛がっておられるようですね。・・・・・しかし、あいも変わらず、この国のご兄弟は仲がおよろしい
ようで・・・・・」
今、目の前では、莉洸と洸莱が抱擁している。どちらが兄か弟か分からない2人・・・・・悠羽はちらっとサランを見た。
 「妬ける?」
 「・・・・・そうですね」
 「えっ?」
 自分で聞いたことだが、悠羽はサランの素直な返答に驚いてしまった。まさか、サランの口から妬くという言葉が出るとは思わな
かったからだ。
サランの表情はほとんど変わらないままだが・・・・・目元はやはり少しだけ笑っていた。
 「サランも・・・・・妬くのか」
 「悠羽様も、でしょう?」
 「・・・・・ん〜、まあ、少しだけ」
(家族愛だとは分かってるんだけれど・・・・・)
 ほんの少し、仲間外れにされているような気がして、妬くというよりは寂しいと・・・・・。
 「悠羽様!」
そこまで考えていた悠羽の思考は、嬉しそうな莉洸の声と、抱きついてくる柔らかな身体の感触のせいで途切れてしまった。