光の国の恋物語





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 青く晴れ渡った空に、青々と茂った草木。
そして、美しい花々を見た瞬間に、莉洸は大好きな祖国に戻ってきたことを実感していた。
 もちろん、想いを交わしている稀羅の国、蓁羅も、今の莉洸にとってはもう一つの祖国として大切な場所になっているが、生ま
れ育った国への愛はまた別のものだった。
 それに、ここには自分の愛しい家族がいる。その中には、もちろん今回長兄洸聖と婚儀を挙げる悠羽も含まれていて、
 「悠羽様!」
太陽の下でキラキラと光る赤毛を見た瞬間、莉洸は嬉しくなってその身体に抱きついてしまった。
 「り、莉洸様?」
 「悠羽様っ、おめでとうございます!こうしてお祝いに駆けつけることが出来て光栄ですっ」
 「・・・・・ありがとう」
 突然の莉洸の行動に驚いたような表情を見せた悠羽だが、自分が告げた祝いの言葉にはくすぐったそうな笑みを浮かべて答え
てくれる。
その表情はとても幸せそうで、莉洸はこの結婚が悠羽にとっても幸せなものであることが自分のことのように嬉しかった。



 柔らかく、甘い香りのする莉洸の身体を抱きしめていると、悠羽は横顔に視線を感じてしまった。
少しだけ顔を上げれば、そこには稀羅が立っており、少し複雑そうな表情でこちらの方を見ている。
(・・・・・困っている稀羅殿の顔、初めて見るかもしれない)
 これが洸聖や洸竣相手ならば堂々と嫌味を言ってきたのかもしれないが、自分相手では何と言っていいのか・・・・・そもそも、
妬きもちをやくということもおかしいだろう。
 「稀羅殿」
 そんな稀羅に、悠羽は自分から声を掛けた。
 「わざわざご足労いただき、ありがとうございます」
 「・・・・・いや、莉洸が帰郷したがっているのは分かっておったし、お前の婚儀にはぜひ出席したかった」
 「ふふ、ありがとうございます」
本来なら、ここは洸聖のと言うべきだろうが、悠羽の名前を前面に出すところが稀羅らしくて思わず笑ってしまう。
そのまま悠羽が洸聖に視線を向ければ、少しだけ眉を顰めた彼は、それでも想像したよりもずっと落ち着いてこちらの方へと歩み
寄ってきた。
 「長旅、お疲れであろう。部屋を用意していますので、そちらに」
 「分かった。莉洸」
 「はい」
 当然のように稀羅が莉洸の名を呼べば、洸聖が動きかけたその腕を掴む。
 「兄様?」
 「この国は莉洸の祖国。滞在している間は自分の部屋の方が気が休まるだろう」
 「・・・・・」
 「に、兄様っ」
 「莉洸、ゆっくり疲れを癒すがいい」
そう言いながら莉洸の肩を抱いて洸聖が歩き出すと、莉洸はどうしようというような視線を向けてきた。
(・・・・・本当に、兄馬鹿)
莉洸がどんな目で稀羅を見ているのか知らない、いや、知りたくないらしい洸聖には、自分の行動が愛する者達を引き裂く真似
だという自覚は無いのかもしれない。
 自分自身も置いていかれた形になった悠羽は呆れたように溜め息をつくと、隣で同じように立っている稀羅を見上げて苦笑まじ
りに言った。
 「私でよろしければご案内しますが」
 「・・・・・頼む」
 「・・・・・」
(本当に・・・・・纏っている雰囲気がまるで違う)
 以前ならもっとピリピリとした殺気を感じたのに、今はこうして莉洸を洸聖が強引に連れ去っても、恐ろしいほどの怒りの気配は
感じない。
きっと、それだけ莉洸の自分への愛情を信じているのだろう。
 「では、どうぞ」
 「・・・・・」
 歩き出した悠羽の後ろを、稀羅は黙ってついてくる。
何だか人馴れしていない獣を従っているような気分になって、楽しくなった悠羽の足取りはとても軽かった。



 落ち着いた莉洸は、改めて父に挨拶をしに行ったが、その隣に当然のように立っている和季の姿に少し戸惑ってしまった。
もちろん、父にとって和季が大切な存在であることは分かっていたが、その反面、父が和季を厭うていたことも知っていて・・・・・。
(どうして?)
 莉洸の視線の意味に直ぐに気付いたらしい和季が、困ったように父に言った。
 「洸英様、私は席を外していた方がよろしかと」
 「・・・・・」
(洸英、様?)
父の名を呼ぶ和季の顔をじっと見つめていると、父が莉洸と名前を呼んできた。
 「お前は今隣国にいるゆえ、我が国の変化に応対しきれないことも分かっているが、この機会にお前にも伝えておこう。ここにいる
和季は今まで我が影して寄り添っていたが、今は新たな正妃として私の隣にいる」
 「・・・・・え?」
 「・・・・・」
 「あ、あの、父上、それでは影・・・・・和季、様は、父上、と?」
 「今までの女達との遊びは、和季との進まぬ関係に苛立ったゆえの私の愚行だ。もちろん、莉洸、子供であるお前達を愛おし
いと思っておるが、私が昔からただ1人求めていたのはこの和季だけだ」
 「・・・・・」
 自分に向かって真摯な想いを告げる父を呆然と見つめた莉洸は、そのままその視線を和季へと向けた。
あまりじっくりとその姿を見たことは無かったが、莉洸の和季への印象は、とても美しいが、その存在は無としか思えないほどで、ど
こか不可思議なものとしか目に映っていなかった。
 しかし、今父の隣にいる和季は、表情こそあまり変化は無いものの、その雰囲気はとても柔らかく、確かに生きている人間に見
えて・・・・・。
(父上のこと・・・・・)
 「莉洸」
 「あ・・・・・あの、ごめんなさい、父上。僕、驚いてしまって、和季様に失礼を・・・・・っ」
 「いいえ、莉洸様」
 「は、はい」
 艶やかな声が自分の名を呼ぶ。莉洸はなぜか緊張して、人形のように美しい和季をじっと見つめた。
 「智(ち)の第一皇子、洸聖様。艶(えん)の第二皇子、洸竣様。楽(らく)の第三皇子、莉洸様。剛(ごう)の第四皇子、洸
莱様。どの御1人が欠けても、この光華国という国は成り立ちません。もちろん、それは洸英様の人生もということです」
 「和季様・・・・・」
 「御自分の生があることを否定なさらぬように、莉洸様。あなた方がいるからこそ、私は今、洸英様のお傍にいることが許される
のですよ」
 欲しかったのは和季だけだと。
他の、関係を持ってきた女性達には愛は無かったと言う父の言葉に、自分の母のことを思ってしまった莉洸だが、和季のその言
葉は母の存在も認めてもらえたようで、何だか胸の底から嬉しさがこみ上げてくるような感じがする。
 「莉洸様」
肩にそっと触れる和季の手が、とても・・・・・とても、温かかった。



(和季・・・・・)
 涙で瞳を潤ませる莉洸の肩を抱く和季を見ながら、洸英は自分の言葉の足りなさを少し後悔していた。
たとえ、子供達の母との関係が愛を伴っていなかったとしても、生まれてきた子供達にはそれぞれに愛情を感じている。そのことを
もっと強く説明してやらなければならなかったのに・・・・・その後始末を和季にさせてしまった。
 「・・・・・」
 「洸英様」
 和季に名を呼ばれて洸英が顔を上げると、美しい青い瞳が優しく細められた。
 「抱きしめて差し上げないと」
 「和季」
 「大切な、愛おしい御子様でしょう」
 「・・・・・」
(情けない)
こんな時にも、背中を押してもらわなければ動けなかった自分がとても情けなく思ったが、洸英はそのまま2人の元へと歩いていく
と、細いその2つの身体ごと自分の腕の中に包み込んだ。
 「父上・・・・・」
 「莉洸、お前を、お前達を愛しているぞ」
 何時もの冗談交じりの言葉ではなく、本気で思いを伝えるように口を開く。
すると、しばらくして小さな手が自分の背中に回ってきて・・・・・強くしがみ付いてきた。その強さが、莉洸の思いそのままのような気
がする。
 「莉洸・・・・・」
 「おめでとう、ございます・・・・・父上・・・・・和季様」
小さな祝福の言葉に、洸英は深い笑みを口元に浮かべて、さらに抱きしめる腕に力を込めた。