光の国の恋物語





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 父と和季のことに驚いていた莉洸だったが、更なる驚きがその先に待っていた。
 「え?」
 「・・・・・そういうこと」
 「そういうこと、って、え?洸莱?」

 父の部屋から出た莉洸は、そこで待っていた洸莱に促されて部屋を訊ねた。
本当は、置いてきてしまった稀羅のことが気になって仕方がなかったが、洸莱のこともまた気になっていたことは確かなので、少し
話をしようと思っていた。
 しかし、訪ねた洸莱の部屋には、既に思い掛けない先客がいて・・・・・。
 「莉洸、私はこのサランと結婚するつもりだ」
 「え?」
 「・・・・・そういうこと」
 「そういうこと、って、え?洸莱?」
たったそれだけを言って、全て終わったかのような顔をしている洸莱を呆気に取られたように見つめ、莉洸はその視線をそのまま、
洸莱の隣に静かに佇んでいるサランへと移した。
(洸莱が、このサランと?)
 確かに、とても美しい人だとは思っていた。
初対面では奏禿の姫だと思い込み、悠羽に申し訳ないことをしてしまったのだが・・・・・それほどに美しく、気品のあるサランに洸
莱が好意を持つこともありうるかもしれないが・・・・・。
(で、でも・・・・・)
 洸莱よりも年上で、さらにどこか人間嫌いのような冷めた感情の持ち主であるサランを、愛情に飢えているだろう弟が選ぶとはと
ても想像が出来なかったのだ。
しかし・・・・・。
 「サランは、和季殿と同じ、両性具有なんだけど」
 「え・・・・・」
 「医師に見て頂いて、妊娠する可能性はあるという言葉を頂いた」
 「い、医師って、あの」
 「兄上達は皆同性を伴侶に選ばれただろう?だから、光華国の洸聖兄上の次・・・・・未来の王は、私の子供がなると思うんだ
が、莉洸は許してくれるだろうか?」
 「・・・・・」
 私の子・・・・・そう言う限りは、洸莱はサランと閨を共にする覚悟もしているのだろう。いや、もしかして・・・・・。
 「こ、洸莱、あの、もう?」
 「?」
 「あ、あの・・・・・」
何と切り出していいものか、莉洸は困ってしまった。



 何かを聞きたそうにしているのになかなか言葉を切り出さない莉洸を、洸莱は黙ったままじっと見つめていた。
自分よりも年上の兄を可愛らしいと言ってはおかしいのだろうが、蓁羅へ行ってからこうして再び会った莉洸は、とても綺麗になっ
ていた。
国としては、遥かに光華国よりも劣っている蓁羅だが、莉洸はきっとそんな国情など関係ないほどに愛されて、今の状況に満足
しているのかもしれない。
 「莉洸」
 ふと、そのことを兄に確かめたくなった。
 「な、なに?」
 「稀羅王に愛されて幸せ?」
 「・・・・・!」
 答える前に、真っ赤に頬を染める莉洸を見れば、答えなど聞かなくてもいい。洸莱が思っている以上に、莉洸は今が本当に幸
せなのだ。
洸莱は兄の顔から、自分の傍にいるサランに視線を向ける。黙って佇んでいるサランだが、その雰囲気の中には冷たさも虚無感
もない。莉洸ほどではないかもしれないが、確かな温かさも感じ取れた。
 その思いに、洸莱は自然に口を開いていた。
 「私も、サランを莉洸のような顔が出来るほどに愛したいと思ってる」
 「こ、洸莱」
莉洸が慌てたように名を呼ぶが、洸莱はそのまま言葉を続ける。
 「よろしく、サラン」
 「・・・・・はい、洸莱様」
 「・・・・・」
 「私も、あなたの顔を稀羅様のように変えたいと思います」
サランは、それは無理だとは言わない。共に前に進もうと言った言葉通りの答えに、洸莱も思わず頬を緩めていた。



 部屋に戻ってきてから、莉洸の様子が少しおかしかった。
それは、自分とのことを家族に責められたりしたというわけでもなさそうな、辛いというよりは戸惑った、迷うような幼い表情だ。
(何があったのか?)

 悠羽に部屋に案内された稀羅は、

 「莉洸様はこちらに来られますからご心配なく」

と、いう言葉を信じて大人しく待っていた。その言葉通り、莉洸は以前の自分の部屋ではなく、稀羅の通された客間にやってきて
くれたのだが・・・・・何時まで経っても直らない表情に、稀羅は立ち上がってその身体を抱きしめた。
 「え・・・・・稀羅様?」
 ようやく、莉洸の眼差しが自分に向けられた。それに満足して、稀羅はさらに腕に力を込める。
 「何があった?」
出来るだけ、優しく訊ねたつもりだった。
 「・・・・・」
 「莉洸」
自分の中だけで抱え込まず、自分にもその心のうちを吐露して欲しい。それが新しい家族となる証ではないのかと思っていると、
まるでその心の中の訴えが聞こえたかのように莉洸が切り出した。
 「僕の知らない間に・・・・・色々あったのだなと思って・・・・・」
 「色々?」
少し、考えるように言葉を止めた莉洸は、少しずつ胸の中に抱えている言葉を吐き出した。



 たった今経験したばかりのことだというのに、改めて稀羅に話すために言葉を切り出せば、先程よりもずっと落ち着いて物事を見
ることが出来るような気がした。
 「・・・・・なるほど」
 稀羅は感心したように頷いた。莉洸が最初に感じたような衝撃は無いようだ。
 「驚かないんですか?」
 「驚くことは無い。光華国の影が王と一心同体だという噂は聞いたことがあったし・・・・・その2人が結ばれてもおかしくは無い。
お前の弟とサランのことは、多少意外な取り合わせとも思うが、歳以上にしっかりしているような男ならば、少々年上の相手でも
いいのではないか」
 「・・・・・それは、僕がしっかりしていないということでしょうか?」
 少しだけ拗ねてみたくなってそう言い返せば、稀羅は声を上げて笑った。
 「お前は、そのままがいい」
 「それでは、答えになっていません」
 「しっかりしている、ぞ」
笑みを含んだ声で言われても信憑性は無いが、莉洸は何時の間にか自然に笑っている自分に気がついた。
(稀羅様・・・・・)
 嫌なことではなく、むしろ喜ばしい出来事とはいえ、自分がいない間にこれだけ劇的に人間関係が変わってしまっては、何だか
取り残されたようで寂しく思っていた。
それが、こうして稀羅と共に気持ちを分かち合えば、素直に祝福したいという思いになれる。
 「・・・・・稀羅様が一緒に来てくださって良かった」
 莉洸はその背に腕を回し、すりっと厚い胸に頬を寄せた。
 「私が一緒で?」
 「驚くのが、僕だけじゃなかったから」
 「ははは、そうか」
稀羅の笑い声が心地良く耳に響く。莉洸は抱きしめてくれる腕の温かさにゆっくりと目を閉じた。今の自分にとって、一番に考え
るのはここにいる相手のことだろう。
 「・・・・・いい式になるといいですね」
 「・・・・・それは無理だ」
 「え?」
 「一番良い式は、私とお前の婚儀だからな」
 「稀、稀羅様っ」
普段の稀羅からはとても考えられないような軽口に、莉洸は呆気に取られて・・・・・次の瞬間、パッと顔を綻ばせた。
 「はいっ、そうしましょうっ」