光の国の恋物語





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 婚儀前夜 ---------------------- 。

 洸聖と悠羽の婚儀が明日に迫った前夜、王宮内の食堂では家族での晩餐が開かれていた。
本当に身内だけの、温かな夕食。その場で洸聖は一同に向かって、婚儀の後悠羽と旅に出ることを伝えた。
 「え?兄上」
 「供が2人だけ?」
 このことは父にしか伝えておらず、兄弟達には初めて聞く話だろう。どうやら、悠羽はサランには話していたらしく、どんな時にも常
に傍にいることを望んでいるサランは静かに控えていた。
 そして、そんなサランの横顔を見た洸莱も、兄の言葉に反意や疑問をぶつけることはなかった。
 「・・・・・思い切ったことをされるんですね」
 洸竣は呆れたように肩を竦めて言う。奔放な弟の目からしても、今回の自分の決断はかなり驚くようなものだったらしい。
ただ、洸聖にとってはいずれ王となる自分の将来の構想があってのことなので、そういう風に思われることの方が少し心外な気分
もしていた。
 「お前に言われたくはない」
 「洸聖兄様、大丈夫なのですか?」
 莉洸は心配の方がかなり大きいらしく、眉根を寄せながら訊ねてきた。洸竣とは違い、莉洸には甘い洸聖は、随分声音を柔ら
かくして答える。
 「大丈夫だ、莉洸。今回は友好国だけを回るという条件もあるしな」
 「・・・・・悠羽様」
 「大丈夫、莉洸様。洸聖様は私が守るから」
 「何を言う、悠羽。私がお前を守るんだ」
 「洸聖様、私は一方的に守られるだけでは・・・・・」
 「もう良い、お前達がお互いを思う気持ちが強いのは分かった」
 呆れたように言う父の言葉に、洸聖はさすがにハッとして口を噤んだ。
確かに、今の悠羽との言い合いは、単に惚気ているとしか聞こえないだろうとようやく気付き、洸聖は横を向いてコホンと小さく咳
払いをする。
 「そういうことだ。私達が留守の間、洸竣、お前が父上を監視して、しっかりと政を行え」
 「私が?」
その途端、名指しをされた洸竣が情けなさそうな声を上げた。



 「・・・・・」
(皇太子と悠羽が・・・・・)
 杯を傾けながら、稀羅も思い掛けない話に内心驚いていた。
普通、光華国くらいの大国の王子の旅には、少なくとも十数人の供が付くはずで、そこに娶ったばかりの妃も同行するとなればそ
れこそかなりの旅団となってしまうだろう。
それを、いくら友好国だけとはいえ2人しか付けないとは・・・・・。
 「・・・・・」
 そこまで考えた稀羅は、洸聖の隣で笑っている悠羽に視線を向けた。
(多分、あの悠羽の言葉だな)
きっと、悠羽が洸聖に進言し、洸聖がそれをのんだという形だろう。皇太子が小国の出の妻に従う・・・・・ただ、悠羽は大人しい
だけの姫(本当は男だが)ではないので、その関係性は成立しないのかもしれないが。
 「あの、稀羅様」
 その時、莉洸が稀羅の袖を軽く引いてきた。
稀羅の意識を自分に向ける幼い仕草に、稀羅は目を細めて聞き返す。
 「どうした?」
 「あの、洸聖兄様と悠羽様を、蓁羅にご招待いただけないでしょうか?」
 「・・・・・2人を?」
 「洸竣兄様と洸莱は、以前蓁羅に来て、その目で内情を見てくれました。でも、洸聖兄様は話にしか聞かれていなくて・・・・・
もしかしたら僕のことを心配してくださるのも、今までの・・・・・根拠のない噂が原因かもしれませんし・・・・・」
 莉洸の言いたいことは分かる。
稀羅自身、今もって蓁羅が他国にどういう目で見られているか、常々唇を噛み締める場にも立ち会ってきた。
 しかし、莉洸はこれからずっと自分が住む世界のことを、大切な兄にその目で見てもらい、変な偏見など打ち消してもらいたいと
思っているのだろう。
(私としては、反対する意味がないが)
 莉洸を離すつもりのない稀羅にとって、自分や、自分の国がどう見られても構わないが、もちろん、兄弟思いの莉洸の気持ちは
大切にしたい。
見られて困るものもなく、洸聖が訪問したいというのならば受け入れても良かった。
 「構わぬ」
 「本当にっ?」
 「お前の兄は、私の義兄でもあるからな」
(あくまでも、皇太子がどう思うかだが)
 「洸聖兄様っ」
早速、洸聖に自分の思いを伝える莉洸を、稀羅は穏やかな心境で見つめていた。



(兄上の不在か・・・・・かなり忙しくなりそうだなあ)
 生真面目な兄は全ての仕事に目を通さなければ気がすまない性格だが、反対に父は感性で政を行うので、手伝う人間の負
担はかなり大きくなるだろう。
はあと、深い溜め息をついたと同時に、膝の上にそっと柔らかな感触がした。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 そこには、特別に同じ席に黎が座っている。
洸竣が父親にはっきりと黎との関係を告げ、いずれはその伴侶となる・・・・・婚約者のような立場としてそこにいた。
同じような理由で、サランも洸莱の傍に座っているが、こうして改めてその場にいる者達を見ていると、洸竣は思わず頬が緩んで
しまった。
(見事に、男ばかりだな)
 もちろん、サランや和季の身体のことは承知しているものの、性別は男に振り分けられるだろう。
ただ、サランや黎、そして莉洸も和季も、綺麗といっていい容姿をしているので、華やかさが失われるということはなかった。
 「・・・・・洸竣様?」
 「あ、ああ、分かっているよ」
 全く別のことを考えていた洸竣は、今度は名を呼ばれて直ぐに頷く。
兄の留守の間、同じような性格の自分と父だけでは心許無いかもしれないが、きちんとこの国を守っていよう・・・・・そう思う気持
ちを伝えるように、洸竣は黎の手を握った。



 長兄と悠羽の不在。
言葉を聞いただけではサランは同行しないようなので、その間は自分がその存在を独占出来るようだ。
 もちろん、まだ男として未熟な自分が肉欲だけに溺れることは許されないだろうし、自分自身もそうは思っていない。サランも、そ
んなことを考えてもいないだろう。
それでも、悠羽がいるのといないのとではまるで違う。今よりももう少し、サランの眼差しは自分に向けられるはずだ。
(・・・・・しっかりしないといけないな)
 サランに認めてもらえるように、男としての基盤をきちんと築かなければならない。洸莱は改めてそう自分自身に誓うと、まだ途中
の食事を続けた。



(全く、我が子は皆春のようだな)
 洸聖と、悠羽。洸竣と、黎。莉洸と、稀羅。洸莱と、サラン。
洸英は、身分というものは自分が和季を選んだ時から関係ないと思っていたが、さすがに全員の伴侶が男だというのには苦笑が
漏れてしまった。
ただ、サランは懐妊する可能性もあるといい、まだ若いのでいくらでも時間はあるだろうし、ゆっくりと愛を育んでもらえれば、いずれ
よい報告を受けるかもしれない。
 それよりも・・・・・。
(和季め・・・・・もしかして、私を謀っていないか?)
 サランと同じ両性である和季にも、もちろん未熟ながら女性器はある。身体を重ねるようになった当初、和季の全てを自分のも
のにしたくて、誰も押し入ったことのないそこを強引に破瓜したが、かなりの出血と痛みを伴わせたようで、それ以降は何時も男の
部分を可愛がってきた。
 しかし、それは和季の巧妙な誘導からかもしれない。
(もしも、和季も女性の性が強いのならば、私の子を懐妊する可能性もあるのではないか?)
そうだとすれば、もちろん愛する和季には自分の子を生んで欲しい。
 「・・・・・」
 子が欲しいわけではない。自分達の間に子が出来ることによって、和季が二度と自分の傍から離れない・・・・・そんな利己主
義な思いからだ。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 和季を見つめれば、どうしましたかと穏やかな眼差しを向けてくれる。この幸せな時を永遠に続けるためにも、試してみることは
いいのかもしれない。
それは、自分にとっては楽しいものになりそうだなと、洸英はふっと口元を緩めた。