光の国の恋物語
16
「黎と申します。本日より王宮で仕えることとなりました」
黎は強張った表情のまま、両膝をつき、深く頭を垂れるという礼を取りながら、なぜ一介の召使いである自分が広間に通され
たのか疑問に思っていた。
大広間には、先日会った皇子達の他にも、数人高貴な雰囲気を纏った人間が立っている。
その中で、イスに座っている怜悧な容貌の男が口を開いた。
「私は皇太子、洸聖だ。お前を呼び寄せたのは私だが、仕えるのは第二皇子洸竣になる、よいな」
「は、はい」
既に決められたことに否ということが出来るはずも無く、黎は慌ててそう返事をした。
父親であるものの、仕える主人としてしか対したことが無い野城に呼ばれ、王宮に上がるように言われたのは一昨日だった。
あまりの急な話に驚いた黎だったが、直ぐに思い当たったのはそれより数日前にあった街での出来事だ。
あの時は連れのとりなしで(黎は悠羽が誰かは知らなかったが)その場はそれで収まったと思っていたが・・・・・急な出仕はそれが
原因なのだろうかと思った。
「い、何時からですか」
「出来るだけ直ぐだ」
「・・・・・」
「京がいれば煩いからな、あいつが屋敷を空けている明後日までに出向きなさい」
「・・・・・はい」
義兄である京は、今朝から母親と共に婚約者のもとへ行っていた。
近々行われる結婚式の打ち合わせと称しているが、内実はなかなか婚約者のもとへ通わない京を何とか懇意にさせる為の、両
家の両親がわざわざ作った時間らしい。
渋々出かけて行った京の機嫌の悪そうな顔を思い出し、黎は俯きながら考えた。
(黙って出ても・・・・・いいのかな)
今の黎の立場は、京の側付だ。しかし、京が結婚して屋敷を出れば、黎の立場は宙に浮くことになってしまうだろう。
「黎」
「分かりました。明日、身の周りの整理をして、王宮に出仕致します」
主人の愛人の子という立場の黎は屋敷の中でも少し遠巻きにされていて、別れを惜しむというくらいの間柄の人間はおらず、
たた唯一、黎のことを心配してくれているのは、実母の奈津だけだった。
「黎・・・・・」
「・・・・・母さん」
「ごめんなさいね」
自分以上にこの屋敷に居辛かったであろう黎の立場を思い、奈津は涙を流した。
しかし、王宮からの命令に背くことなど出来るはずが無い。
「本当に・・・・・本当に、ごめんなさい・・・・・」
ただただそう言って泣き崩れる母を、黎は何と言って慰めていいのか分からなかった。
迎えられた王宮は目に眩しいほど華やかで大きく、黎はまるで場違いな世界に足を踏み入れたような感覚を覚えた。
なぜか広間に呼ばれ、『光華の4皇子』と名高い麗しい皇子達を面前に、黎はただ恐縮して頭を下げることしか出来ない。
そんな黎に笑いかけてくれたのは、先日も助け舟を出してくれた優しい笑顔の主だった。
「先日は名も名乗らなくて失礼した。私は悠羽、これは侍女のサランという」
「よろしくお願い致します」
「は、はい、こちらこそ」
見たこともない見事な銀髪の麗しい相手に微笑まれ、黎はたちまち顔を赤くしてしまった。
しかし、黎はふと悠羽はどういう立場なのかと思った。
光華国の皇子は4人で、彼らは一様に秀でた容姿で目の前に居並んでいるが、悠羽は華奢で男か女か分からないような不思
議な存在ながら、容姿も・・・・・秀でてとは言えない感じだった。
(皇太子のお傍にいらっしゃるけど・・・・・)
黎の視線に気付いたのか、洸聖がチラッと悠羽の方へ視線を向けて言った。
「これは私の妃だ」
「お、妃、様?」
「洸聖様、これというような呼び方はお止め下さい。私には悠羽という名前がありますから」
「・・・・・っ」
(こ、皇太子に意見してる・・・・・っ)
王に続く地位の洸聖に口ごたえするなど黎は考えられなかったが、悠羽の表情からは笑みは消えず、じっと洸聖を見つめている。
その視線を受けて洸聖は眉を顰めたが、やがてゆっくりと口を開いて言った。
「詳しいことは侍従頭に聞くが良い」
「は、はい」
黎が深く頭を下げると、洸聖は無言で立ち上がった。
(兄様、ご機嫌が悪いみたいだな)
広間を出て行く洸聖を見送りながら、莉洸は弾むような足取りで黎に近付いた。
「私は第三皇子、莉洸。よろしくね」
「は、はい、黎と申します」
「この間は街中でごめんね。僕はあまり外に出ないから、突然のことには対処が出来なくて・・・・・」
「いいえ、あれは私の方が悪いのですから」
「・・・・・」
(綺麗な顔・・・・・)
前日会った時も思っていたが、黎は綺麗な顔立ちをしていた。
ただその表情は大人しいというか・・・・・少し憂いを帯びていて、あまり闊達という感じはしない。
(悠羽様と正反対だな)
容姿の美醜で言えば黎の方が勝ってはいるが、悠羽はその生命力に満ちた目の輝きと笑顔で、容姿など全く関係なく惹かれて
しまうのだ。
「黎は幾つ?」
「18、です」
「じゃあ、僕より1つ下だね」
「そ・・・・・なんですか」
黎が驚いたように目を丸くした。
その表情にはあからさまに驚いたという色が浮かんでいる。
「なに?僕の方が年下と思った?」
「い、いえ、あの・・・・・」
病弱だった幼い頃の名残のせいか、莉洸はその年頃にすれば縦も横もかなり小さい。
仕方がないとは諦めているが、やはり少し面白くない莉洸は口を尖らせた。
「もっ、申し訳ありませんっ」
莉洸にとっては軽い気持ちのそれも、黎にしてみれば皇子を怒らせたとして身も震える思いがしたのだろう。
ガバッと土下座をした黎に莉洸は慌てたが、駆けつけて起こそうとした莉洸を止めて黎の肩に手をやったのは・・・・・黎を王宮に呼
ぶことを画策した張本人の洸竣だった。
「黎、莉洸は身長と容貌の幼さを指摘されれば何時も怒っている。それは条件反射なんだ、気にしないように」
「洸竣様・・・・・」
「竣兄様!」
「良く来てくれた、黎。これからよろしく」
「は、はい、私の方こそよろしくお願いします」
つい数日前までは顔を間近で見ることはおろか、言葉を交わすことさえも想像していなかった王族の人間に、これ程慕わしい笑
顔を向けられた黎は途惑うしかない。
それでも、もう、自分には帰る場所は無いのだ。
「竣兄様ずるい!僕も黎と仲良くしたいよ!」
「黎の主人は俺だからな。俺の許可を得てからにしろ」
「なに、それ!」
賑やかに笑い合う高貴な相手を見つめながら、黎はほっと溜め息をつく。
どんな理由にせよ、今日から自分の運命が大きく変わったことには間違いがないと、黎はこれからの生活を想像しながら少し不
安に思っていた。
![]()
![]()
![]()