光の国の恋物語





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 身体を清めた悠羽は、そのまま宮殿内のある一室に連れて行かれた。
濡れた服のままなのでかなり身体は冷えているものの、悠羽は初めて見る部屋を興味深げに見つめてしまった。
(ここ・・・・・)
 「こちらは皇太子妃のお部屋です」
 悠羽の心の中の疑問に答えるように、同行した神官が答える。
 「本日からあなた様の部屋となる場所です。さあ、身体を温めてからこちらに」
 「・・・・・」
どうやら部屋の中には軽く身を清める場所があるようで、悠羽はそこで濡れた服を脱ぎ、冷えた身体に沸いた湯を何度も掛けて
何とか息をついた。
まだまだ儀式は今からだというのに、既にここまでで疲れてしまった気がする。
 「悠羽様」
 「・・・・・っ」
(あっと、のんびりしていてはいけない)
 数多くの列席者がいる婚儀の時間を遅らせてはならない。
悠羽は慌てて濡れた身体を綺麗な布で拭き、その上に用意されていた薄布を羽織って部屋の中に戻った。
そこには先程まではいなかった女の召使いが数人控えている。
 「今から御衣装に御着替え下さい。仕度が終わられましたら、またお迎えに参ります」
 その言葉に頷いた悠羽は、顔見知りの召使い達ににっこりと笑って頭を下げた。
こんな赤毛にソバカスだらけの顔がどれだけ化けることが出来るのか分からないが、願わくば洸聖が笑われることが無いようにと思
う。
(洸聖様は・・・・・何をされているんだろう・・・・・)



 「立派な花婿さんだなあ、兄上」
 「・・・・・」
 「睨まないで下さい、本当にそう思っているんですよ」
 眉を顰める兄に、洸竣は笑いながらそう言った。
花嫁に比べて花婿の拘束は緩く、こうして準備を終えた洸聖の顔を見るためにやってくることも可能だ。
 濃紺を基調にした衣装は洸聖の凛々しい容貌を引き締め、金の装飾は気高さを演出している。代々の皇太子に譲られてき
た長剣を携えた洸聖は、時折窓の外へと視線を向けていた。
(悠羽殿が心配なんだろうな)
 洸聖も悠羽も、もちろん婚儀を挙げるのは今回が初めてで、それに伴う儀式も同様だ。その上、光華国のような大国は行事も
様々なものがあって、きっと悠羽は今頃大変なめにあっているだろう。
 「悠羽殿なら大丈夫ですよ」
 「・・・・・」
 「きっと、可愛らしい花嫁になるんじゃないかな」
 「・・・・・」
 「また〜、兄上の大切な人に手を出したりしません」
自分の言葉にも一々反応する兄が何だか可愛らしく思える。
(本当に、きっと可愛らしくなると思うけどな)
顔の美醜など関係ない。内面の美しさというものは自然に顔に出てくるというのも分かるので、洸竣は早く悠羽の花嫁姿が見た
いなと思っていた。



 扉を叩くと、見慣れた召使いが顔を覗かせた。
 「あの」
 「御支度はほとんど出来ました。サランも早く御覧なさい」
 「すみません」
奏禿一行の世話をしていたために少し来るのが遅れてしまい、その間に悠羽の仕度はあらかた済んでしまったようだ。
申し訳ないと思いながらサランは部屋の中に入り、そのまま奥に足を進めると・・・・・。
 「悠羽様・・・・・・」
 「!」
 サランの言葉が聞こえたのか、クルッと振り返った悠羽はその名を呼びかけ、慌てて口を閉じる仕草をした。
 「・・・・・」
 「とても可愛らしい花嫁様でしょう?」
 「・・・・・はい」
サランは眩しそうに目を細め、ゆっくりと頷いた。
 純白の花嫁衣裳は、すっきりとした悠羽の身体に合わせたもので、裾の部分が大きく広がっており、性別が分からないように首
筋と胸元は装飾品で隠してあった。
赤毛は綺麗に撫で付けられて上で結われ、白い項が綺麗に見えて、その顔も・・・・・。
 「悠羽様は色が白くていらっしゃるし、普段は白粉など塗られないから、見違えるほどに変わられたわ」
 「ええ・・・・・本当に」
 悠羽が何時も気にしているソバカスは白粉で綺麗に消されている。少し赤くした頬と、赤い唇・・・・・ほんの少し手を入れるだ
けで、悠羽はとても愛らしい少女に変わった。
 「悠羽様・・・・・とてもお綺麗です」
サランがそう言うと、悠羽は照れたように目を伏せる。その表情は何時もの悠羽と変わらず、サランはホッと安心した。悠羽が綺麗
に変貌するのはもちろん嬉しいが、何よりも綺麗な笑顔に変化が無いことが嬉しかった。
 「王達が御着きになられました」
 「・・・・・っ」
 「皆さん、とても喜ばれておりますよ。洸英王もわざわざ出迎えられて、今は王同士がお話をされています」
 「・・・・・」
 両親の無事の到着に、悠羽もうんうんと頷いている。本当なら直ぐにでも会いに行きたいのだろうが、儀式の最中でもある今は
動くことが出来ないのだ。
そんな悠羽に、サランは今会ったばかりの一行の話を聞かせてやる。
まだ途中だった仕度を再開されながら、悠羽はじっとサランの言葉に耳を傾けていた。



 「お時間です」

 再び迎えに来た神官の後に続き、洸聖は大広間へと向かう。
今から親族と主だった臣下達、そして、各国の列席者を前に結婚式が執り行われる。
(悠羽の仕度は無事に終わったんだろうか・・・・・)
 途中、何の連絡も無かったということは無事に済んだのだろうと思うが、この目で見ていないのでまだ安心は出来なかった。
 「こちらへ」
 「・・・・・」
大広間のすぐ隣にある控え室に案内されれば、扉の向こうのざわめきが聞こえてくる。この式に出席する者だけで三百人はいるの
で、悠羽を落ち着かせなければと思っていると・・・・・。

 トントン

 扉が叩かれ、別の神官の姿が現れた。
 「花嫁様の御着きです」
 「・・・・・」
(悠羽・・・・・)
洸聖は振り向き、中に入ってくる悠羽の姿を待った。

 「・・・・・」
(悠・・・・・羽?)
 神官の後ろから現れた、白い花嫁衣裳を着た・・・・・少女。そう、その姿は何時もの明るく朗らかな悠羽とはまるで違う、可憐
でおとなしやかな少女の姿だった。
特徴である赤毛の色はそのままだが、何時もフワフワで飛び跳ねているそれは綺麗に梳かれていて、愛嬌のあるソバカスも綺麗
に隠れてしまっている。
 大きな目はそのまま、ポッテリとした唇は赤く紅をひかれていて・・・・・。
(本当に、悠羽なのか?)
あまりの変貌に洸聖は驚いてしまっていた。
 「間もなく、御入場です」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 じっと洸聖を見つめていた悠羽は、笑みを浮かべたまま手を伸ばしてくる。
その手を反射的に掴んだ洸聖は、馴染みのある肌にようやく安堵して、改めて悠羽をじっと見つめて唇を動かした。

 キレイダ

 声にならないその言葉を、悠羽はきちんと読み取ってくれただろうか・・・・・そう思っていると、悠羽の赤い唇がゆっくりと動く。

 バケタデショウ?

悠羽らしい返答に、洸聖は思わずプッとふき出してしまう。
(全く、見事にな)
それに驚いたらしい神官がこちらを見たのに気付き、洸聖は悠羽と視線を合わせて、共に悪戯っぽい笑みを浮かべた。